第172話 康太は冒険者になる:その21「地獄の四丁目! タクトの覚醒」
「アイツはナンだ! なんでアイツはショゴスに飲まれない?」
タクト君が叫ぶ。
普通なら人間の言う事をショゴスが聞くはずは無い。
「薔薇十字騎士団」の男が使っていた「笛」のような魔術的アイテムが必要だろう。
それも無くショゴスの群れをあやつる「禿げ頭の男」。
俺は「ソレ」に心当たりがある。
「チエちゃん、アイツまさかショゴス・ロード?」
俺はチエちゃんにアイツの正体を聞く。
「うむ、おそらくそうじゃ。コントロールしていたアイテムが破壊されたので、今まで操られていた恨み返し辺りが真相じゃろうて」
チエちゃんは、ショゴス津波を見ながら言う。
因みに、「ショゴス・ロード」とはショゴスの上位種。
脳や各器官を生成、人間に擬態出来るほどの高度な知性を持つに到ったショゴスの王とも言える存在。
何故か、禿げ頭の巨漢の形状を取る事が多いとか。
余剰質量を収納する為に肥満体になったとか、髪の毛の形成が難しいからとか言う理由があるそうな。
とある別世界線では、無害で天然なメイドさんになっているとも後日聞いた。
「這い寄る混沌」といい、美少女萌え世界線の邪神なら会ってみたい気もしないでも無い。
まあ、今はそれどころでは無いのだけれども。
「それよりも、避難が先じゃ。一旦、ここより高い場所に移動じゃ。平地じゃ、あっというまに飲み込まれてしまうのじゃ!」
実際の津波でも同じだけれども、水害から逃げるのは水平方向よりも垂直方向への避難が大事。
「じゃあ、あそこに逃げよう。皆、急ぐよ!」
俺達は今まで休憩していた小屋のすぐ前にある巨石作りの高層建築物へと逃げた。
◆ ◇ ◆ ◇
「一旦は大丈夫じゃが、時間の問題じゃな。結界もそう長時間は保たん。ここはボス退治をするしか無いが、あそこまでは遠すぎるのじゃ。ワシと朧、母様以外は飛行は出来ぬし、飛行中だと母様も全力では攻撃できぬ。一旦ポータルで逃げる以外詰んでおるのじゃぁ」
チエちゃんが屋上から下界の「ショゴス津波」を見ながら悔やむ。
俺達が非難した建物の周囲には、不動火界呪結界による火炎結界が張られているが、ショゴスの圧力で軋んでいる。
シンミョウさんが踏ん張っているけど、おそらく後15分とは保持できまい。
逃げる事は可能だけど、このバケモノを退治しない限り調査の続行は不可能だろう。
くそう、俺が飛べていたらもう少し手が増えるのに。
再び「トリガー」が引かれながらも何も出来ない自分を責めてしまう俺。
〝オマエらが、俺の笛を壊すのが悪いんだ。せっかくコントロールして無害にしていたのに台無しだ!〟
さっきまで気絶していた騎士団の男は、念話で愚痴る。
今は男の仮面を取り払っているので、顔かたちが分かる。
おそらくドイツ系に見える、若いがややゴツ目のメリハリのある顔かたちと青緑の目に色薄めの茶髪。
「ふん、オマエらが先に悪させねば起きなかった事態じゃ。あのまま放置してショゴス津波に飲み込まれなんだだけでも感謝するのじゃ!」
チエちゃんは、念話込みで男に高圧的に話す。
「さあ、ポータル起動じゃ! う? 作動せぬ? どうしてじゃ?」
チエちゃんがポータルを起動させようとするも、うんともすんとも動かない。
え、何があった?
〝エモノを簡単に逃がす訳無いじゃないかよ! 襲う前にテレポート封じはさせてもらった。後、1時間は無理だね〟
「くそう、この愚か者め! オヌシも道連れじゃぞ。うむぅ、しょうがない。やるしかないのじゃ。朧、母様、行くのじゃ! 他の皆も出来るだけ群れを薙ぎ払うのじゃ!」
「ええ、行くわ! コウちゃん、ナナ達をお願いね」
マユ姉ぇは「ひまわり」の笑顔を一瞬した後に、キリっと表情を変えて真剣モードに入る。
「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ! 孔雀明王光翼呪!」
マユ姉ぇは、光で出来た翼を生やして飛び上がる。
チエちゃんと朧サンも、一瞬俺達の方へ挨拶してから背中に悪魔の羽を生やし飛び立った。
「よし、皆攻撃開始だ! 少しでも削り倒すぞ!」
「おー!!」
◆ ◇ ◆ ◇
それから俺達はショゴス達に対して攻撃を繰り返す。
化学弾も併用して攻撃をするが、津波に例えられる程の圧倒的物量。
焼け石に水レベルなのは、誰もが承知していた。
しかし、やらねば己に訪れるは「確実な死」。
「死」に足掻くべく、戦う俺達。
〝ナニやってもムダなのに。バカかよ〟
騎士団の男は悪ぶく。
「おい、オマエ! 名前は? 愚痴る暇あったら、オマエも攻撃に参加しろや! この際、元敵でも元凶でも構わない! 生き残る為に手を貸せ!」
俺は念話込みで叫びながら、男の拘束を解く。
〝何で俺を助けるような事をする? 俺は敵だぞ!〟
男は、不思議そうな顔をする。
「そんなのとっくの昔に知っているさ。今はそれどころじゃねーんだよ。ムダ口言う前に、俺に撃ったガントでもショゴスに撃ちやがれ!」
〝なんでそう言える? 敵は滅ぼすものだろう?〟
男は、尚も不思議そう。
あー、忙しいんだよ。
攻撃しながら話すのは!
「あー、そんなの知るかよ!呉越同舟とか、敵の敵は味方、とか知らねーのか! グチグチ言う前に攻撃しろ、名無しのJohn Doe!」
ジョン・ドゥーとは、英語圏での「名無しの権兵衛」。
身元不明遺体の識別名とかにも使う。
因みに女性の場合は、Jane Doe。
「My Name is Franz! Franz Wuttke!」
男、フランツは下に向けてガントを撃ちだした。
「やれば出来るじゃないかよ、フランツ。細けー事は後だ。マズは命大事だ!」
「Shitt!」
さて、砲台は1人増えたけど、焼け石に水には違いない。
この時間稼ぎが間に合えば良いのだが。
〝ワレらを、操リしモノは、そこカ? 許サぬ!〟
強烈な念話が聞こえてくる。
くそう、これがショゴス・ロードかよ。
圧倒的な物量を操り、不敵な笑みをしながらチエちゃん達の攻撃をあしらっている。
どうする、この事態の打開策は!?
◆ ◇ ◆ ◇
「お姉ちゃん、怖いよぉ」
マヤがカズ姉ちゃんに弱音を吐く。
「マヤ、こんな事で弱気になるんじゃねぇ。考えてみろや、こいつら全滅させたら一気にレベルアップじゃ! ウチよりも高位精霊の持ち主じゃろ? ここが女の意地の見せ所じゃ!」
姉ちゃんがマヤを励ましている。
「そうそう、マヤちゃん。ボク達には無敵のお母さんやチエ姉ぇもいるんだ。頑張るよ!」
「うん、まやちゃん。がんばるの!」
ナナちゃんやリタちゃんも、マヤを励ましながら攻撃を続けている。
「そうそう、アタシも頑張るわ!」
「いきましょう! 女と舐める敵を粉砕よ!」
「ええ、ここぞ女の正念場よ!」
コトミ姉さん、カレン姉さんに姉御も吼える。
その横でコウタ兄貴は、敵だった男を励まして攻撃に参加させていた。
そう、以前敵だった俺を立ち直らせたように。
金子とかいう先生や吉井先生も助手たちと一緒にランチャーで化学弾を撃っている。
「くそう、俺がモット強けりゃ!」
俺の「爆裂」はショゴスの表面を少々吹き飛ばすだけ。
マヤや姉ちゃんの攻撃程の威力も出ない。
もっと修行して居たら良かったのか?
もっと言うなら、里から逃げずに真面目にしていたら良かったのか?
俺に兄貴やお母様くらい力があれば、姉妹や女の子達を守れるのに。
誰でもいい、俺に力を貸してくれ!
そう、まだ姿を現さない俺の守護精霊!
頼む、今こそオマエの力が欲しいんだ!
もう人を無闇に傷つける力なんて欲しくない。
今みたいな中途半端じゃ、何も出来ないんだ!
頼む、俺に、俺に皆を守る力をくれぇ!
〝ようやく、その境地にたどり着いたのか。我が友よ!〟
俺に突然聞こえる声。
その声は威厳ありも優しい男の声。
〝我こそは、お主の契約先じゃ。今こそお主に力を貸そうぞ!〟
俺の横に現れたのは火炎を纏い、にこやかに微笑む和装の男だった!
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