第17話 康太の家庭教師:5日目「呪詛返し」
大百足に襲われた翌日、蒼井恵子さんは学校には来なかった。
カオリちゃんが蒼井さんと同クラスの子達に聞いたところ、急な体調不良だとの連絡があったそうだ。
これをその日の夕刻の家庭教師で聞いた俺は、彼女が犯人であった事を確証した。
しかし、これ程大規模な呪いを女子高生が独学で作れるとは思えない。
誰か黒幕が後ろに居る可能性が高い。
「カオリさんの話を元に考えるに、やはり蒼井さんが主犯だったのは間違いないと思います。しかし、彼女一人で呪物を作れるとは思えないので、黒幕なり呪う方法を教えた人がいると思います」
普通の女子高生がバケモノ化するような呪いを作れるはず無いしね。
「カオリさん、蒼井さんの家庭の事ご存知ですか? 例えば血筋に拝み屋がいるとか、知人に呪い屋がいるとか」
俺の質問にカオリちゃんは、
「私はケイコちゃんのお家の事は詳しくは知りません。ただ、いいところのお嬢様で小学校から今の付属学校に通っていて、お友達も多くて一人で居るところを見た事はありません」
ふむ、情報が足りないなぁ。
ただ、蒼井って子は小学校時代からチヤホヤされていただろう事は想像できる。
じゃあ、高校から入ったカオリちゃんが人気者になったのを逆恨みしたのかな。
「それと先生、私の事を『ちゃん』で呼んでいただけませんか? 今日ならリタちゃんも居ないですし」
もしかしてそれって、「そういう」意味なの?
不安とか恐怖とかにあったカップルは結ばれやすいって確か「吊り橋効果」っていうのがあったけど、それかよ。
そりゃ、カオリちゃんみたいな綺麗で「水密桃」持ちの女の子に好かれるのは悪くないというかイイけど、今はそれどころじゃないし。
後、何故かナナやリタちゃんの怒った顔が思い出されてしまった。
うむ、どうしてだろう?
「えーと、とりあえず話を戻すね、カオリちゃん」
「はい」
ハートを目に浮かばれても困るんだけど。
「今回の件を解決するには蒼井さんをどうにかするしかないんだ。そこでカオリちゃんはどうしたい? このまま放置して蒼井さんが勝手に滅びるのを待つ、又は蒼井さんに接触して倒す、それとも蒼井さんを許して救う? どれでも俺はカオリちゃんの意思に従うよ」
女子高生には厳しい決断を迫ったと俺は思うが、ここで決めないと今後の動きに差し障る。
しばらく考え込んでいたカオリちゃんは、涙ぐみながらだけどはっきりとした声で意見を言った。
「先生、ケイコちゃんを助けたいって私が言ったら笑う? 呪ってきた相手を許すって言うのおかしいよね。だってもう少しで殺されるところだったのに」
キラキラとした涙を目に浮かべてカオリちゃんは話す。
「でもね、先生。私が困っていた時にケイコちゃんがさし伸ばしてくれたあの手を私は忘れられないの。もしかしたらケイコちゃんは、他人を助ける自分に酔っていただけかもしれないけれど、それでも私にとっては先生と同じ救い主だったの」
そしてカオリちゃんは決意を話す。
「だから、大変かも知れないし、逆にまた恨まれるかもしれないけど、ケイコちゃんを助けたいの。良いかな、先生」
カオリちゃんの考えはすっごく甘いし多分逆恨みされるだろうね。
でもね、俺そういう考え大好き。
甘い? 世の中全ての罪が許されなかったらしんどいよ。
それに今回は被害者出る前に阻止できたし。
逆恨み? 上等、そんなの何回でも叩き返してあげる。
そしてその性根を叩き治してやる。
一人でも救える人が増えるのなら、なんだってやってやる。
蒼井さんって子もまとめて救ってやるさ。
そして裏側に居る黒幕を一発ぶっ飛ばさないと気がすまないよ。
「じゃあ、早速蒼井さんのお家に行く準備しないとね」
「え、先生良いの?」
「さっき、カオリちゃんの意見に従うって言ったでしょ。それに俺も甘い考え好きだから」
俺はカオリちゃんを安心させるべく笑顔で言ったが、
「はい」
あかん、また目がハートしてるよ。
「うぉほん」
仕切りなおし、仕切りなおしっと。
「さて、どうやって行こうか? 家の住所はカオリちゃん知っているの? 今の情報保護だと学校の名簿には住所とか普通に書いていないだろうし」
個人情報保護は俺も賛成だが、こういう場合は少し困る。
学校に忍び込んでハッキングするなんてやりたくないし、出来る自信無いぞ。
「一回だけお家にお伺いした事があるので住所は分かります」
「なら後はお伺いする理由だよね。生徒会とかで理由作れない?」
「でしたら近日中に会議があるので、その資料を持っていくので如何ですか?」
「うん、それなら大丈夫だね。俺も一緒に行くからその時に状態を調べよう。家の外から分かるほどの呪詛なら早く解呪しないと蒼井さん死にかねないし」
最悪、家に突撃する準備もしないとね。
またマユ姉ぇと作戦相談だ。
「じゃあ、生徒会の日程とか決まったら教えてね。では、今日のこれ以降は普通の家庭教師するね、カオリちゃん」
「はい、先生」
だから目をハートにするんじゃないって。
◆ ◇ ◆ ◇
あれから数日後、蒼井さんのお家にお伺いする事になった。
やはり大百足撃退以降、蒼井さんは学校どころか家から一歩も出ていないようだ。
なお、「甘い」作戦をマユ姉ぇに言ったら、
「大納言餡子やイチゴ大福くらい甘いわよ!」
うん、マユ姉ぇならそう言うと思うよ。
「甘すぎる対応は自分だけでなく他の人も傷つける事もあるのよ、分かっているの、コウちゃん!」
はい、その通りです。
「でもね、そういうコウちゃん好きよ」
え、どういう事?
「多分、コウちゃんならそう言うと思っていたわ。優しすぎるのよ、コウちゃん」
マユ姉ぇは、さっきまでの厳しい表情から笑顔になって話す。
「でもね、その「優しさ」は弱点でもあるし力でもあるの。その点を弁えていれば、その力は全てを守り慈しむ力となってコウちゃんが望む結果を出せると思うわ。だから一生懸命やってみなさい。私はできる限り援助するから」
いつもこうやってヒマワリの様な笑顔で後ろから押してくれるから、マユ姉ぇ大好きだ。
「ありがとう、無理言っているのは俺も十分承知していたけど、マユ姉ぇにそう言って貰えたから頑張るよ」
「コウ兄ぃ、涙ぐんでるよ」
ナナ、折角の感動シーンを邪魔しないで。
「こうにいちゃん、かっこいい。でも、ちゃん、はわたしだけ。おっきなむね、だめ」
リタちゃんってば、俺を「おっぱい星人」って見ているのかなぁ。
「え、そのカオリさんて人、巨乳なの?」
「うん、すっごくおおきいよ」
そこの「貧しい」お二人は、そんな話題で盛り上がらんでいいから。
とまあ、色々あったけど、作戦は決まった。
まず蒼井さんのお家に伺い、近所からサーチをする。
呪物を確認し、あったら遠距離からでも破壊する。
本人に会えたら、呪詛具合を確認し出来れば解呪。
会えないなら、お母様に状況を聞いて、最悪の事態にならないように説得する。
とりあえず、後は出た処勝負。
◆ ◇ ◆ ◇
ぴんぽーん。
妙に歪んだ音がするインターホンを押したカオリちゃん。
お嬢様と聞いていた通り、結構大きなお家だ。
番犬がいるのか、犬の吼える声も聞こえる。
俺は少し離れたところからサーチしてみたが、大きな呪物の気配は幸い無かった。
というか、術者対策が全く採られていなくて家の中が全部サーチできる。
術者がアジトにしている場所には通常探知対策の結界を張っているし、サーチされたら逆サーチしてくるのも普通、それどころか攻撃もあり得る。
しかし何の反応もないし、蒼井恵子さんらしい気配も見える。
因みにに俺は身代わり護符を作っていて、逆サーチ・攻撃対策はバッチリしている。
蒼井恵子さんだが、普通の女子高生くらいのオーラ量しか感じられないから、あんなに凶悪な呪物作れるのが不思議だ。
彼女が呪いにかかったような気配は少し感じる、たぶん身体に異常が出ているタイプだな。
ん? 小さいけど妙な気配放つヤツが彼女の近くにいるな。
この気配、覚えがあるんだけど、何だったっけ?
俺がサーチに必死になっていた頃、カオリちゃんは玄関に出てきた蒼井恵子さんのお母様とお話していた。
「いつも恵子さんにはお世話になっております。生徒会で一緒に仕事をしています松坂です。恵子さん長い間お休みされていますが、御身体よろしくないのですか? お渡ししないといけない資料を持ってきたのですが、もし良かったらご本人にお会いしたいのですが」
「態々ありがとうございます。恵子ですが少し前から家族にも顔を見せてくれないんですよ。病院にも行ってくれないし、ただただ近づかないで、って言うばかりで私共家族も困っているんです」
お母様、声が憔悴しきっていて本当に困っているらしい。
「こちらからもお願いするのですが、もし良かったら松坂さん、会って頂けませんか? それで何か分かれば私共も安心するのですが」
盗み聞きしちゃ悪いけど、事態解決の為だ。
どうやら顔とかのすぐ見える処に異常が起こっているらしい。
呪いで顔が爛れたとかは良く聞くし。
念のために「ぐっちゃん」サンを手持ち袋に入れて連れてきているから、彼に護衛を頼みましょ。
俺はカオリちゃんに念話で、ぐっちゃんサン込みならOK、と連絡した。
一瞬こちらを見たカオリちゃんは「うん」と仕草をして、
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
そう言ってカオリちゃんは蒼井宅へ入っていった。