第167話 康太は冒険者になる:その16「いよいよ剣山へ!」
「では、気をつけていってらっしゃいね」
「はい、お母さん。お姉ちゃんもキチンと挨拶しないと」
マヤちゃんがカズミさんをせっ突いて挨拶をさせる。
「もう! 母さん、行ってくるね。タクだけじゃ皆さんやマヤが危ないもの」
カズミさんは、ぶーたれた顔ながらもお母様に挨拶する。
そう、これから剣山遺跡への出発シーンなのだ。
なぜ、タクト君の姉妹が俺達についてくるようになったのか、それは昨晩に遡る。
◆ ◇ ◆ ◇
姉弟喧嘩の後のドタバタ騒ぎがあった後、俺達はタクト君で夕食をご馳走になった。
広間の大きな机の上に並べられた食材は、とても新鮮そうに見える。
「これは美味しいのじゃ! 豚にしてはコクがある。まさか猪の肉か?」
チエちゃんが肉鍋に舌鼓を打つ。
朧サンも、さりげなくチエちゃんの横で上品に食事している。
味噌仕立ての肉鍋なんだけど、俺の舌では美味しい豚肉としか分からない。
なお、運転手さんも気絶から復活後、美味しそうに食事を取っている。
今日は運転手さんもタクト君の実家に宿泊するそうな。
「ほう、さすがは知恵を司る悪魔だな。ご名答!」
もうチエちゃんの正体を知っているタクト君のお父様が鍋の肉について答える。
「このあたりは一応銃での禁猟区なんだが、猪による農作物被害は多くてね。しょうがないのでワナで捕まえているんだ。で、そのまま殺して廃棄ではもったいない上に、命を奪った猪にも悪いから美味しく頂いているんだよ」
お父様は、箸を持ったまま合掌をした後、再び肉鍋を食べる。
「そうじゃな。命を奪って喰らうのは生き物では当たり前の『原罪』じゃ。ならば少しでも美味しく食べて、我らの命の一部としてもらうのは当然、かつ大事な事じゃ!」
うん、俺もチエちゃんと同意見。
確か、リタちゃんと最初にあったときの夕食も同じ会話だったね。
「あー、良かった。私、こんな美味しいものにありつけるなんて。ありがとう、ナナちゃん」
「うん、ボクも沢山の人と一緒に食べたいし。マサト兄ちゃんも食べてる?」
「うん、僕も嬉しい誤算だったね。猪肉がこんなに美味しいなんて」
『門』を通って一旦四国へと来たマサトとルナちゃん。
遠藤家の方々から、一緒にご飯食べてねという事で、ご相伴している。
もちろん食事後は「門」を通って関東へ帰還、マサトがルナちゃんを自宅まで送り届ける予定だ。
「ああ、仏教徒で良かった。食材に罪は無いですもん。ね、シンミョウ」
「はい、カレンお姉様。お仏陀様も言っています。断食修行なる苦行は、悟りに繋がらないと」
2人の尼僧も美味しくご飯中。
仏教においても一応殺生は禁で、肉食は一時仏教界では禁じられていた時期もあるけど、現在ではごく一部、菩薩戒(菩薩が持つべき戒律)の修行で精進料理や木喰(五穀、肉類、野菜を絶って木の実や草のみを食する修行)を食するくらい。
仏陀の時代においては、与えられた食に肉が入っていた場合食すべしとある。
食べ残したりする方が、罰当たりだよね。
断食に関しても、俺達が係る真言宗と並ぶ密教、天台宗の千日回峰行とか即身仏になるのに行うが、あまりに荒行だ。
即身仏になるための断食は、死後の遺体保存の意味もあるけど、断食は食の大事さを実感する事以上の意味は無いように俺は思う。
自然は俺達に恵みを与えてくれる。
また、その恵みは必ず「死」を何かに与えてのもの。
たとえ植物でも、食べる為に種子や葉、芋を「殺す」。
魚や家畜なら、はっきりと殺す。
だからこそ、その「意味」を考えて、美味しく頂く事こそが「悟り」のような気はする。
まあ、これは俺自身の考えで、仏教界からすれば異端かも知れないけどね。
「教授、猪って古代から食べられてきたんですよね」
「ああ、コトミ君。洋の東西を問わず、猪は食材として扱われてきた。そして猪を飼育して特殊な亜種にしたのがブタだよ」
吉井教授とコトミちゃんも肉鍋を突きながら歴史談義中。
「え、猪ってブタと種が違うんじゃないですか? 大きく姿が違うのに」
「私は生物学はそう詳しくはないんだけど、ほぼ同じ種だよ。ほら、イノブタって雑種があるでしょ。雑種ができるという事は、実質同じ種なんだ。犬だってチワワから柴犬、レトリバーまで大きく違うけど同じ『犬』でしょ。あれは亜種以下品種だね。いうまでもなく人間は大きく肌の色が違っても全部亜種以下の同一種だ。まあ、リタさんは、別の星生まれだから亜種かも知れないけどね」
そりゃリタちゃんは異星人だもの。
亜種程度の違いで済むなら良いよ。
「おにいちゃん? せんせいって、わたしのことを なに はなしているの?」
美味しくご飯中のリタちゃんは、俺に教授の話を説明するように聞く。
「そうだね。リタちゃんと俺達は別の星で生まれた命だけど、殆ど変わらないよって話なんだ。まあ、ウチには悪魔サンとかいるから今更だよね」
「うん、ちえおねえちゃん ってすごいもん!」
同じ命だもの。
俺が守るべき大事な命だよね。
「この味付け、教えて頂けませんか? ウチでもこれ再現したいんです」
「はい、良いですよ。猪は中々入手できないでしょうが、良い豚肉の方がもっと美味しいかも。猪はどうしてもクセや匂いが出ますし」
こちらではマユ姉ぇがタクト君のお母様と奥様会議。
これは帰ってからのマユ姉ぇの料理が楽しみだね。
「こら、タク。肉全部とるんじゃねー」
「姉ちゃんこそ、がっちりガードしてるんじゃねーかよ」
「2人とも仲良く食べてよー」
遠藤3姉弟妹は、仲良く喧嘩(笑)しながらご飯中。
「あらあら、こうやって見たらタクト君もまだまだ子供ね」
タクト君達の様子を見ながら、肉鍋を肴に日本酒を嗜むアヤメさん。
ほんのりピンクな頬が色っぽい。
「教授も一杯どうぞ」
「あ、僕も頂戴!」
「お、ワシも貰うぞ。母さん、もう一本熱燗追加じゃ!」
ウチの酒豪共とお父様が宴会モードへ突入の模様。
「貴方、皆さん明日があるのですから、程ほどにね」
ジト目が怖いお母様である。
「は、はい。そこは気をつけます」
シュンとするお父様。
「まあ、後一本くらいは大丈夫ね。そうそうカズちゃん、マーちゃん。貴方達も程ほどにね。貴方達も明日は大変なんだから」
なんか突然言い出したお母様。
「え、なんだよ。母さん?」
「何なの、お母さん?」
不思議がる姉妹。
どうも彼女たちも寝耳に水らしい。
「貴方達、修行が足らないから、タっくんと一緒に遺跡攻略を手伝いなさいな」
「え――!」
「え――!」
「え――――!」
ここでハモる驚きの声。
因みに一番大きくてびっくりしているのが、お父様。
「なんでウチの娘達を危険な場所に連れて行かなきゃいけないんだよぉ!」
お母様に食って掛かるお父様。
「それはね、少しでも経験を積ませたいからなの。もう実戦なんて人間相手にする時代じゃないし、バケモノもこのあたりには出たりはしないわ。今回はちょうど良い機会なの。凄腕の方々が一緒だから危険性も単独よりは低いし、同じくらいの女の子もいるんですもの」
淡々とお父様に説明するお母様。
「でも、カズミならいざ知らずマヤまでとは?」
尚も食いつくお父様。
「あら、貴方ご存じないの? マーちゃんの方がカズちゃんよりもずっと『力』持ちよ」
「え――!」
「え――――!」
再び親娘でハモるお父様とカズミさんの2人。
「マヤ、それは本当なの? ウチよりも上なんて」
カズミさんはマヤちゃんに聞く。
「上かどうか分からないけど、私って不死鳥と契約しちゃったの」
「え――!」
またも叫ぶカズミさんであった。
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