第16話 康太の家庭教師:4日目「退治した後」
話が長くなりそうになったので、一旦俺達はリビングに入った。
カオリさんのお母様が紅茶を入れてくれたので、一息。
リタちゃんはマグを両手で握って、ふーふーして砂糖たっぷりの熱い紅茶を冷ましながら飲んでいるのが可愛いね。
カオリちゃんの横には、ご機嫌そうな「ぐっちゃん」サンも居る。
この紅茶は「ダージリン」かな、この間のコーヒーもそうだけど、お母様良い趣味をなさっている。
「蒼井さんが犯人だとおっしゃられていますが、その証拠はあるんでしょうか。いくらなんでも、そんな事はあり得ません」
カオリちゃんがそう言うのも分からないでもない。
まさか呪物を作ってまで人を呪うというのは普通の人間では考えない。
普通無視するか、直接話をするなり陰口言ったり、悪くて虐めを行うくらい。
知識があっても最悪自分にも呪いが返ってくる可能性のあるものに手を出すのはよっぽどだ。
殺人を行いたいと思うのとほぼ同じ恨みでしかあり得ない。
蟲毒の場合は、毒虫をいっぱい集めて閉じ込めた容器の中で戦いあって生き残ったものを呪物とする気味が悪いもの。
女子高生が好んでする手法とも俺でも思えない。
「今のところ、その蒼井さんから贈られたペンダントが呪物だったという状況証拠しかありません。ただ、ずっと身に着けていてと言われていたのなら、犯人の可能性は十分あると思います」
俺の推理を聞いてもまだカオリちゃんは納得できない。
「私にあんなに親切にしてくれたケイコちゃんが犯人な訳ありえません。絶対別の犯人がいるに違いありません」
「では、今回の事件が呪いで起こったことまでは理解して頂いたんですね」
「はい、先生の事やそこの女の子を見て、私の知らない不思議な事があるのは分かりました」
カオリちゃんはリタちゃんを見るが、リタちゃんはカオリちゃんを見てブスっとしている。
何怒っているのかなと思い、リタちゃんの視線を見るとカオリちゃんの豊かな「ふくらみ」に行っている。
そういう事ね、と俺が思った思考が読まれたのか、リタちゃんは俺を見て、
「えっち」
う、リタちゃんの前では変な事考えちゃダメだ。
「ごめんなさい、リタちゃん」
一度もう一度最初に話を戻してと。
「うぉほん」
さあ、仕切りなおしだ。
「さて、蒼井さんが犯人なのかは彼女が明日登校してくるかどうかで分かると思います。呪物の製作者であれば呪詛返しで学校には来られないでしょう」
最悪の事例から俺は報告する。
「また呪いを依頼していたら大変な目にあった術者から連絡があるでしょうから、学校に来ないか来てもカオリさんには積極的に接触してこないでしょう。全くの無関係なら、学校に出てきてカオリさんと普通にお話もしてくると思います」
俺は想定される推理結果をカオリちゃんに報告した。
「では、明日になれば全て分かると」
「はい、ほぼ間違いなくそうです」
「そういえば、先生は呪詛返しと言われましたが、それは一体何ですか?」
「呪いというものは呪うモノが自身の存在をコストにして他人を貶める行為です。なので、昔から『ヒトを呪わば穴二つ』と言います。この場合の穴とは墓穴の事で、つまり一緒に死ぬぞという事です」
よく言われる事だけれども、人を呪って何も良い事は無いね。
「呪いは破られた時、その術者に跳ね返ってきます。これが呪詛返しと言って、大抵相手を呪った時よりも強い呪いになって術者を苦しめます。だから、蒼井さんが呪いの術者だった場合、大変な事になるはずです」
「じゃあ、もうケイコちゃんには会えないという事ですか?」
「呪詛返しにあっていれば、そうなっていても不思議ではありません。すいません、もっと俺に実力があれば呪詛返しに注意して対応できたのですが、かなり強力な呪いだったので倒すのが精一杯でした」
俺にもっと力があれば悲しませる女の子が少なくなるのに、と悲しそうなカオリちゃんの顔を見て俺は思った。
「そういえば、名前で、それもちゃん付けで呼んでしまってごめんなさい」
俺はつい頭の中で呼んでいる風にカオリちゃんに呼びかけた事を謝った。
「いえ、先生には助けてもらいましたし、私もそう呼んでくれるのは嬉しいです」
カオリちゃんは少し顔を赤らめて許してくれたのは嬉しい、痛!
なんで、そこでリタちゃんが怒って俺を抓るんだよ
「こうにいちゃん、ちゃんは、わたしだけ!」
こんなところで張り合うっていうか嫉妬しなくても良いんだけど。
でもこれがリタちゃんの「地」なのね。
リタちゃんの嫉妬を見たカオリちゃんは、
「仲がよろしいんですね。リタさんとおっしゃられましたね。事情がかなりあるようですが、大事になされているのは良く分かります」
そういって、リタちゃんに微笑んでくれる。
「うん、こうにいちゃん、おんじん、だいすき」
リタちゃん、こんなところでそこまで言わなくていいですから。
これを聞いたカオリちゃんやお母様は笑ってくれた。
「子供の言う事ですので、お許しください。」
「いえいえ、大丈夫ですから」
〝コウタお兄様が恩人なのは確かです。異世界から来た私を助けてくれました〟
あー、とうとう念話しちゃったよ。
多分日本語では言いたいこと言えないからキレちゃったのね。
「今の声は一体? まさかリタさんが」
「うん、そうだよ」
もうどうにでもなれだ。
しょうがないので秘密にしてもらう約束をしてリタちゃんの事情を二人にある程度話した。
「なら、そこまで慕われるのはしょうがないですね」
「大変だったのね、でも助けてもらえてよかったね、リタちゃん」
カオリちゃんとお母様から慰めてもらったリタちゃんは、えっへんといった感じだった。
「うん、りた、えらい」
脱線しすぎたので、ここいらで話を本題に戻しましょうか。
「とりあえず、明日の結果を待ってから今後の事を決めましょう。呪いがこれで終わってくれれば良いですが、根本的解決をしないと今後もカオリさんの安全が保たれるかどうかは分かりません。呪いの発生源を絶つ必要がありますから、それまでは俺はカオリさんの守護を続けたいと思います」
俺は重くなってしまった話を軽くするつもりで続ける。
「あ、バイト代は今後は普通の家庭教師分で良いですよ。流石にもう戦闘は無いですから、前の分は貰いすぎですし」
美味しいバイトだとは思うけど、仕事内容以上に貰うのは俺のプライドが許さない。
だって、カオリちゃんの横に居られればそれだけで、あの「ふくらみ」が......
いかんリタちゃんに思考を読まれる。
そう思ってリタちゃんの方を見ると夜遅いせいか大分眠そうで、俺の思考に気がついてない。
よし、セーフ。
「今日のところはもう遅いですし、連れがこうなので失礼します」
俺はそう言って、眠そうなリタちゃんを連れ出そうとするが、すっかり船を漕いでいる状況なのでバイクでは無理だ。
「申し訳ありませんが、タクシーでも呼んでいただけますか。これじゃバイクで帰れませんので」
結局、リタちゃんはカオリちゃんのお母様の車でマユ姉ぇの家に送ってもらった。
もちろんマユ姉ぇには大百足退治の件とリタちゃんの正体がバレた事を報告したが、
「やっぱりね」
と、まるで想定内だって感じだった。
うーん、なんか全てマユ姉ぇの手の中で廻されている様な気がする。
どこまで完璧超人なんだろう、マユ姉ぇ。