第13話 康太の家庭教師:1日目「呪詛」
「はじめまして、功刀康太と申します。男の先生なので緊張するかと思いますが、宜しくお願い致します」
「はい、宜しくお願い致します」
そういって少女、松坂香織は俺に挨拶をしてくれた。
彼女は近郊の私立大学付属高校の2年生17歳、如何にも清楚なお嬢様といった感じ。
長い髪を後頭部で結い上げて目元麗しく、可愛いより美人系。
身長160cmくらいで、スタイルも出るところ出ていて引っ込むべきところは引っ込んでいる。
特に胸が圧倒的サイズ、これが俗に言う「水蜜桃」とかいうヤツなのか。
彼女はタイプで言うなら身近の人間で考えればマユ姉ぇ系かな、少なくともナナ系ではない。
しかし、親子でここまでタイプが違うのも珍しい。
まさかマユ姉ぇの本性がナナだったり......、普段の暗躍具合考えれば否定できないなぁ。
お姫様のリタちゃんは最近ナナの影響なのか、「地」が出たのかお転婆風味。
まー元気になったのは良いことだ。
さて、カオリ嬢、学校の成績は学年で上位5位以内と優秀だし、部活はテニスだそうで運動能力も高い文武両道。
更に生徒会役員までやっているそうだ。
なぜこんな完璧な「お嬢様」を俺が家庭教師する事になったのかというと......。
◆ ◇ ◆ ◇
「実はね、その知人のお嬢さんに怪奇現象が沢山起こっているらしいの。夜中部屋の中がポルターガイストするとか、誰もいないはずの屋上から物が落ちてくるとか、無人のトラックに撥ねられそうになるとか」
マユ姉ぇはそういって彼女、カオリちゃんの身に起こった事を俺に説明してくれた。
「それは大変だけど、それと家庭教師と何が関係するの? まさかそのお嬢さんの家庭教師を俺がやるって事?」
「察しがいいの嬉しいわ、コウちゃん。そのとおりなの」
「怪奇現象専門なら俺以上の実力の人、例えばマユ姉ぇとかがやったほうがいいんじゃないの?」
聞いた感じでは俺の実力以上の案件のような気がするし。
「実はそのお嬢さん、松坂香織さんというんだけど怪奇現象を認めていないのよ。だからお祓いとかを親御さんが提案したんだけど、頑として聞き入れなかったそうなの」
なるほど、科学バンザイ、オカルト無視のお堅い人なのね。
「それで親御さんが困り果てて、吉井先生と私に頼み込んできたの。誰か秘かにカオリさんを守ってくれる人がいないのかって。そこで家庭教師なら本人に警戒させずに接近できるし、もし何かあっても守れるんじゃないかって」
ふむ、それで霊能力者かつ大学院生という最適な人材である俺に白羽の矢が当たったという事か。
「分かったよ、そういう事ね。で、マユ姉ぇは何が原因だと思う?」
「私が聞いた話だけでは判断材料が少ないからあくまで予想だけど、誰かからの呪詛でしょうね」
それには俺も同意見。
個人的に被害が集中しているなら、個人に対する呪詛だろう。
「その親御さんは誰かから恨まれるような事していないの? そっちからだと根本的解決は難しいと思うけど」
「松坂さんは普通のサラリーマンで奥様は専業主婦。勤めていらっしゃる会社は大会社じゃないけれど、業界では中堅処でそこの課長さんなの。だから恨みを買うような事は多分無いと思うわ。それに本人じゃなくて娘さん専門の攻撃というのも考えにくいし」
本人に恨みが有る場合、家族を襲うのはよくある話だけど本人にも大抵それなりの呪いが向くはずだから、俺はマユ姉ぇの推理は当たっていると思う。
「じゃあ、そのカオリさんの学友が犯人だと?」
「ええ、ちょっと呪いの規模が大きいのは気になるけど、たぶんそうだと思うの。呪詛を別の専門家がやっているかも知れないけど」
「じゃあ、迂闊に呪詛返しもやりにくいね」
呪詛と言うものは、払ったりしたら呪いが術者に返って大変な事になるのが普通だ。
「それは仕方が無いわ。人を呪わば穴二つですし。やられるよりはやるしかないの。少なくとも何の罪もない娘さんが傷つくのを放置できないし」
という事で、俺はカオリちゃんの家庭教師兼ボディーガードを受諾した。
まー、バイト代が普通の家庭教師の倍額くらいあったのはありがたいけどね。
◆ ◇ ◆ ◇
今、俺はカオリちゃんの部屋で二人きり。
女の子の部屋というのは実に緊張するもので、見てはならないだろう処には視線をやらないようにしている。
タンスとか引き出しとかね。
多分、緊張しているのはカオリちゃんも一緒だろう。
いくらご両親からの紹介だといっても見知らぬ男性を部屋に入れるのは普通嫌だろうし。
「先生、これで良いのですか?」
カオリちゃんは回答が終わった数学の問題集を俺に提示する。
「はい、では間違いがないか確かめますね。しかし想定時間よりも早く回答できるとは、松坂さんは優秀ですね」
俺はあまり使い慣れないお世辞を言う。
だって警戒されたままでは嫌だし、かといって抱いていない下心見透かされるもの嫌だし。
しかし目線をカオリちゃんの胸元に下ろしちゃうと豊かな「ふくらみ」が見えちゃうわけで、下心を抱かないようにするのも必死。
マユ姉ぇは最早神聖なものとして俺の中では分類されているので、その胸はもう意識しないけど、それ以外の身近の女性は申し訳ないけど「貧しい」。
だからカオリちゃんの、若さで張り裂けそうな「ふくらみ」は俺の目には猛毒としか言えない。
と、こんな思考を100ミリ秒以内で終えた俺は問題集に目を通す。
「はい、全問正解です。この問題とかは難しかったと思うけど、大丈夫だった?」
「この公式と、この公式の組み合わせで解けました」
なかなか優秀で宜しい。
さて、ではそろそろ本題の調べを入れますか。
「じゃあちょっと休憩しましょうね。どうしましょうか?」
「では、母に頼んでお茶を入れてもらってきます。先生はここでお待ちください」
「はい、ではお願いします」
そしてカオリちゃんが部屋から出た後、俺は力を全開にして探知をした。
目を瞑って自分から気を放ってその反射と周囲からの気配を感じてみる。
要は、気によるアクティブレーダーだ。
「ん?」
俺に対して強い視線というか殺気を感じる。
俺は目を開けてその方向を見ると、タンスの上のぬいぐるみと目が合った。
「こいつ? 確か怪獣映画のヤツだったよね。女の子の持つぬいぐるみじゃないような気がするけど」
ソイツは3つ首で金色をしており、背中に羽を生やしているドラゴン(?)の姿をしていた。
確か、「ぐどら」だったっけ?
大分昔の怪獣映画に出ていた怪獣で、俺も姿形と名前くらいしか知らない。
その「ぐどら」は明らかに俺を睨み付けている。
しかし、この殺気は俺に対してだけの様な気がする。
だって先ほどまで何も感じなかったし、カオリちゃんへの呪いとは違う気がする。
他には......、うーんカオリちゃんの座っていた椅子の辺りに何かの残渣を感じるけど、椅子自体は普通の学習机用のものだからコレじゃないね。
だとすると、カオリちゃん自体か彼女が持っているものに何かあるのか?
とりあえず「ぐどら」には「話」をしないと。
あまり得意じゃないけど念話しましょ。
俺もナナに先を越されたけど念話覚えました。
〝すいませんが、俺に何か恨みでもあるんですか、ぐどらサン〟
〝オレ、カオリ守る。敵、倒す〟
ふむ、この子はカオリちゃんの守護九十九神なのね。
あんまり知性が高くないっぽいけど、がんばっているんだ。
〝俺はカオリさんを守る為に来ています。ぐどらサンの味方です〟
〝それ、本当か? ウソついていたら倒す!〟
〝はい、本当です。必ずカオリさんを守りますので、出来ればお手伝いしてくれませんか?〟
〝わかった。オレ、仲間〟
〝ありがとうございます。ぐどらサンは何が原因か知っていますか?〟
〝オレ知らない〟
まあ、そうだろうね。この子じゃ近くで守るのが精一杯だろうし。
じゃあ、なんだろうね。
そうこうしている間にカオリちゃんがコーヒーとクッキーをお盆に載せて運んできてくれた。
「先生、どうぞ」
「どうもありがとう」
ふむ、モカ強めのブレンドかな、美味しいね。
じゃ、この間にカオリちゃん自身をサーチしましょ。
彼女自体は普通の女の子のオーラだね。
うん? 胸元に変な感じがするぞ。
どうやって確かめようかな。
「とても美味しかったよ。もう休めましたか? 良かったらさてそろそろ次の勉強をしますね」
「はい、では片付けますね」
机の上から食器を片付ける際、カオリちゃんがしゃがんだ時胸元が少し見えた。
本当は乙女の胸元を見るのはダメだろうけど、今回は特例。
覗き込んだ胸元には洒落たペンダントらしいものが見えた。
「ごめんね、ちょっと見えちゃったけど綺麗なペンダントしていらっしゃるんですね」
「はい、親友からもらったものです。気に入っていますし、いつも身に着けていてって言われたので」
そう言ってカオリちゃんはペンダントを胸元から取り出して俺に見せてくれた。
ペンダントは2cmくらいのドロップ型のラピスラズリ製。
なんか二つの石を張り合わせたような形に見える。
「そうですか、親友さんとは」
「蒼井さんと言って生徒会で一緒にお仕事もしているんです。私は高校からの編入だったので学校には詳しくなかったのを彼女が助けてくれたんです。それから仲良くさせてもらっています」
「それは良かったですね」
いや、良くねーよ。
その蒼井って子が今回の犯人だよ。
さて、どーしましょうかねぇ。