第127話 康太は公安と仲良くなる:その31「とある愚か者、または正義厨」
「死刑! 死刑! 死刑! オマエら全員死刑! 俺が政権を取ったら全員死刑にしてやる!」
「論破! 論破! 論破! 俺が絶対正しいんだ! オマエらこそ間違っているんだ!」
「俺は天才、悠々自適に自営業で儲けているんだ。オマエら社畜とはオオチガイなんだよ!」
沢山のゴミ袋、ペットボトル、雑誌等が床一面に広がる一室。
ゴミ袋に入れていないスナック菓子の袋に、山のような丸められたティッシュペーパ。
ペットボトルも「飲みかけ」のもあれば空のも、そして明らかに飲料水とは「別の液体」が満タンになっているものすらある。
そんな汚部屋の中、大分古くなったモニター画面を覗き込みながら、悪意に満ちた言葉を吐く男。
身長は160cm強、醜く太りおそらく体重は100kg近くある。
近視用の眼鏡はかけているものの、老眼の進行もあってマトモに見えていない風。
眼を凝らしてモニターとにらめっこをしている。
この男、名は佐沼 晃、54歳。
引きこもりになって40年程立つ。
彼は中学校時代、学校の勉強についてゆけず友達も作れない性格だったため、不登校となる。
その後、高校も通信制すら長続きできず、もちろん就職も出来ない。
そして彼は、一度も社会に出ないまま、部屋に閉じこもっている。
アキラは、母親との2人暮らし。
一家は80代になった母親の年金と生活保護等で生活してはいるが、アキラはいまだに母親に小遣いを強請っている。
「こんな社会、俺が王様なら変えてゆけるんだ! オマエらは、全部俺に従えばいいんだよ!」
「俺に投資しろよ! そうしたらいっぱい儲けてやる。そして政治資金にして国会にうって出るんだ!」
日夜、大型掲示板と自分のブログで怨嗟と妄想を撒き散らしているアキラ。
もちろん誰も同意者なんていないから、普段使用している固定回線からではなく、誰からも電話がかかってこない携帯回線から、さも同意者がいるように自演を行う。
ただ、あまりに稚拙な演技と書き込み内容で、アキラ以外の誰も自作自演と分かっているのだが。
「俺こそがリブラ。正義の審判員だ。俺が『世界の王』になれば、何もかも旨く行くんだ! 裁判なんてしなくてイイ、俺が死刑を与えるんだ! だから俺に国政に出られるように出資しろよ!」
「リブラさんの言う通りです。なんでみんな彼の事を認めないんですか? 出資してあげればイイのに」
そのあまりに「腐った」魂が、這い寄る混沌『アル』のターゲットとなった。
「なんだ、このメールは?」
それはブロクに書いてあった連絡先のフリーメールアドレス宛に来た。
「貴方に出資しますだって? 今までこんな事無かったぞ。また、俺を騙すつもりだな」
嫉妬深い上に疑い深いアキラはメールを無視した。
しかし、翌日再びメールは来た。
「なになに? 出資する証拠にプリペイドギフトカードの写真を送りますだって?」
メールに添付された写真には1万円分のプリペイドギフトカードのコード番号が写っていた。
しかし、冗談で自分を騙すつもりなんだろうと疑うアキラだったが、念のためにコード番号を入力すると、それは実際に使えた。
「コイツ、本当に出資してくれるのかよ。なら、もっとせしめてやろう」
アキラは感謝の言葉と更なる出資を願うメールを書いた。
「おい、今度はモノ贈るから住所教えろだって? そんなの信用できるかよ!」
怖がりなアキラは、住所は教えられないと返事をした。
そして返信されたメールには、
「うん? それなら郵便局留にすればイイだと? そんなの面倒くさいわ。ナニ、代わりに50万円送るって? これが証拠写真だと?」
50枚のプリペイドカードの写真を見たアキラは、悪魔な誘いにマンマと嵌る。
ウマイ話にはウラがある、タダより高いものは無いのを、社会経験が全く無く幼稚なままのアキラは気が付かない。
目の前の現金に飛びついてしまったのだ。
そして郵便局に届けられた小包には、宣言通り50万円分のプリペイドカード、虹色の石がバックル部に数個付いたベルト、そして数枚の紙が入ってあった。
紙には、ベルトの使用方法が書かれており、そのベルトを使えばヒーローに変身できる事、そして指定する日時に指定する悪人をアキラが代理処刑をするように書かれていた。
1人処刑する毎に50万円の成功報酬を送る、毎回の連絡は郵便局留で行うとも書かれていた。
なお、小包に書かれていた住所はレンタルオフィスで、社名はメールにも書かれている「ナイア商会」であった。
正義厨とも言えるアキラ、いまだに新作を追い続ける変身ヒーローになりたい夢を適えられる上に現金が入るとあって、アキラは簡単に「罠」に飛びついた。
一般的な科学的知識があれば絶対あり得ない、また社会通念上もあり得ない事に全く気が付かずに。
そしてアキラは変身する、3つの黄色な眼とクリーチャーじみながらもどこかヒーロー風な異形に。
「これから俺が正義の天秤、リブラだ! 俺こそが正義だ!」
アキラ、いや異形のヒーロー、リブラが吼える。
そのあまりに愚かで哀れな姿を霊視する「アル」。
「ここまでバカですと、コントロールが楽で助かりますね。普通、こんな手に引っかかるはずないですもの。後、コイツ案外『石』との相性もイイですから、これでアイツらへぶつけるイイ駒が出来ました」
ククと嘲笑する「這い寄る混沌」であった。
◆ ◇ ◆ ◇
「お母さん、ちょっとテレビ見て! なんか大変な事になっているよ!」
ナナがマユ姉ぇを呼ぶ。
昼食後、俺と修行の打ち合わせをしていたマユ姉ぇは、娘達が居るリビングへ向かう。
ナナの声が普通じゃないから心配になって、俺も一緒にナナのところへ向かう。
姦しかった4人の娘達、3人は顔を青くして、1000歳越えの乙女は真剣な顔でテレビを見ている。
テレビに映っているのは、地方裁判所前。
ワイドショーが、とある凶悪犯罪者の第一審判決を生中継していた。
その凶悪犯、子供2人を含む一家4人全員を虐殺した強盗殺人犯、ほぼ確実に死刑判決が出ると誰もが思っていた。
当の本人もそれは分かっていて、弁護士が後に語るに即日控訴するつもりだったらしい。
しかし、その機会は永遠に得られなかった。
そう、彼は公衆の面前で首を蹴り飛ばされ殺されたのだから。
◆ ◇ ◆ ◇
判決後、裁判所から拘置所への送致を行うべく、拘置所職員や警察官に押さえつけられていた被告、彼が裁判所の裏口から顔を出した瞬間、異形の者に拉致された。
その異形の者、警護する警察官達をものともせずに蹴散らし、被告の首を片手で掴んで、そのまま4階建ての裁判所屋上まで一気に飛び上がった。
そして異形の者は周囲のマスコミに向けて叫ぶ。
「俺こそは、正義のヒーロー、世界の『王』、リブラだ! この男、死に値する犯罪を犯した。しかし、日本の司法はなまぬるい。こんなヤツを長く生かしておく価値なんて無いのだ」
「リブラ」を名乗る異形の男、一見どこかの特撮ヒーロー風なのだが、端々が生々しい上に妙に不快感を示すデザインだ。
そして眼は額にもある3眼、その眼は黄色く濁っている。
リブラは、片手で首を掴んだ被告を屋上から突き出す。
もちろん落ちたくないが、呼吸が苦しい被告は騒ぎ大暴れする。
そしてリブラが、宣言する。
「よって王様の俺が判決する。死刑だ!」
そしてリブラは、被告を片手で上に放り投げると、被告が落ちてきた所に蹴りを打った。
その蹴りは、被告の頭部を直撃し、頭部はぐしゃりと熟した柿のように潰れ更に首から離断した。
首から大量の出血をしながら地上に落ちていく被告。
地面に激突し、更に血を撒き散らす被告、いうまでもなく即死である。
その後、リブラは高笑いをしながら屋根から跳躍し、あっという間に画面から消え去った。
◆ ◇ ◆ ◇
悪夢のような惨劇がテレビ中継を通して、全国の家庭に生放送された。
これを直視してしまったルナちゃんは、かわいそうに気絶をしてしまった。
少しは耐性のあるナナとリタちゃんは眼を背けながらも、じっと耐えていた。
チエちゃんは、その大きな眼をはっきりとし、食い入る様にテレビ画面を凝視していた。
そしてマユ姉ぇは、普段は決してしない厳しい表情をしていた。
アイツ、一体何者なんだ。
アイツは、リブラ、てんびん座を示す名前を名乗っていた。
天秤はその選別する特性から、裁きのイメージが古くは古代エジプト以降ある。
裁判所に天秤を持つ正義の女神像がある事も多く、星座のてんびん座もそれをモチーフとしている。
リブラを名乗るという事は、様は自己中心的な「正義厨」と自己紹介しているようなものだ。
ただ、あの膂力、跳躍力は、もはや人類の範疇では無い。
そしてリアルでライダーシステムが開発されたとも、俺は聞いては居ない。
まあ、そんなものが実際に作られていたのなら軍事機密で、一般には簡単に知れ渡らないだろうけど。
「皆の衆、アレは『アル』、這い寄る混沌の尖兵じゃ!」
チエちゃんが悲痛な表情で叫ぶ。
ブックマーク、感想、評価・レビュー等を頂けますと、とても嬉しいです。
皆様、宜しくお願い致します。