第118話 康太は公安と仲良くなる:その23「アラクネ」
「では、第4回捜査会議をするのじゃ!」
毎度チエちゃんの掛け声で始まる会議。
いつも通りアヤメさんからの報告からなされる。
「『アル』周辺の捜査ですが、彼の足跡を追跡していて女性の遺体が発見されました」
くっそー、まだこっちは後手になっているのかよ。
「あるキャバレーに勤務していました女性が無断欠勤をしていたとの事で、オーナーがマイナンバーカードに記載されていました住居に行ってみると郵便物や新聞が溜まっており、明らかに異常だったので警察・大家同行の元部屋に入ると、中にはミイラ化した女性の遺体があったそうです」
「それが『アル』の仕業なのじゃな?」
チエちゃんの問いにアヤメさんは答える。
「はい、その女性ですがDNA鑑定によりキャバレー勤務の女性と確認されました。死亡推定時期・死亡原因なのですが、ミイラ化が強度に進行しているため司法解剖では外傷が死亡原因でないこと以外は不明でした。ただ、放置されていた郵便物・新聞、冷蔵庫の遺留物、繁殖していたニクバエ・カツオブシムシの成長具合よりおそらく死後2ヶ月以内との事です」
「それは不思議じゃな。この高温多湿の時期の日本でたかが2ヶ月でミイラ化するかのぉ。冷房は止まっておったのか? 余程死ぬ前に水分や胃腸内の内容物を減らさねば液状化してしまうぞ」
結構グロい話ではあるけど、遺体の死後変化は法医学において死亡推定時期を確かめるのに重要だ。
遺体を食べる昆虫を利用した法医昆虫学なんかは、海外科学捜査ドラマとかで有名になった覚えがある。
仏教関連では、自発的にミイラとなる即身仏があるけど、その場合僧侶は腐敗の原因となる体内脂肪と水分・胃腸内の内容物を生存限界ギリギリまで減らしてから最後の「行」を行う。
それでも高温多湿の日本では失敗してしまう例は多いのだ。
なにせ消化器官内にはタンパク質分解酵素がいっぱいある。
死後に内臓の自己消化分解と体内細菌の増殖から腐敗が始まるから。
俺は、自身の研究の専門分野とは少し違うけど、お手伝いで同行した遺跡の発掘時に遺骨を発見する事が多々あり、警察への届出や市からの「行旅死亡人」(身元不明遺体の事)申請とかで、遺体に纏わる話を色々聞いた。
また、身近に医療関係者は多いから医学系の話は元々良く聞くし、仏教関係は言うまでも無い。
「ええ、そこが科捜研でも疑問だそうです。確かに空調は動いていましたが、28℃程度で遺体の腐敗を防ぐものではありませんでした。まるで即身仏の様に、彼女が死ぬ前に既に体内が空っぽになっていたのではという事です」
「で、その遺体と『アル』が、どう繋がるのじゃ? まさか『アル』がその女性を文字通り『生贄』にして『喰ろうた』のか?」
「それですが、『アル』の足取りを繁華街で追っているうちに、その被害者と『アル』が接触していた痕跡がありました。被害者宅内の指紋を確認しましたが、そこからも『アル』の指紋が検出されましたので、ほぼ決まりです」
一体、「アル」はどんな魔物なんだろうか?
まさか邪神級の大物なのか?
「うむ、それなら間違いないのじゃ。ならば早う『アル』を発見せねば犠牲者は増えるばかりなのじゃ!」
俺はグロい話を聞きながら、「アル」に対しての怒りがこみ上げていた。
そして、こんな話を聞いている妹達が心配になって彼女達を見た。
「グロいし、女の子の敵なんてイヤだね。チエ姉ぇ、ボクこいつ見つけたら最初から手加減無しに最終兵器で消滅させてもイイ?」
「うん、わたしも、さいだいわざで、ぶっとばしたいの。ちえおねちゃん、おかあさん、いいよね」
「ええ、こんな女性の敵、一切手加減は要らないわ。無限地獄に叩き落しましょ」
「そうじゃな。アヤメ殿、すまぬがワシも我慢ならんのじゃ。無限回廊で永遠に消滅させても良かろう?」
う、ウチの女性陣って逞しいのね。
「まあ、警察・公安としては逮捕して裁判にかけたいのですけど、人外の魔神とか邪神とかなら人権もありませんから、ご自由にどうぞ。室長、かまいませんよね」
「うむぅ、私の立場ではOKとは言えないよ。今の皆さんの発言は聞かなかった事にしますから、後は良い様にお任せします」
「手加減を出来るような手合いじゃないのは最初から承知じゃ。こんなヤツは初手で倒してしまうに限るのじゃ! うん? コウタ殿、顔色が良くないのじゃが大丈夫かの?」
またチエちゃんに心配されちゃったよ。
「うん、大丈夫。俺も油断や容赦も無くヤルよ」
人間の姿をしていようと悪鬼羅刹で許せないヤツだ。
妹達の手を汚させる前に俺が決着をつけないと。
「さて、所轄の方はどうじゃな、ナカムラ殿?」
チエちゃんから指名された中村警視、
「今のところですが、繁華街の聞き込みで例の犠牲者のところに2ヶ月程前まで居たのは確認済みです。その後ですが、犠牲者が勤めていたキャバレー周辺では一切姿が確認されておらず、別の繁華街等へ移動したのではないかと思われます」
地味な捜査を頑張ってくれてはいるんだけど、どうしても後手になってしまう。
捜査を頑張ってくれている人が一番焦っているんだろうけど。
今までのパターンだと被疑者の所在さえ分かれば、「朧」サンが動ける。
ただ、今回の「アル」相手では「朧」サンの身が危ないかもしれない。
「じゃあ、後はコトミ殿から世間の噂話をお願いするのじゃ」
「はい、チエお姉様!」
今日はノースリーブで腕を顕わにした格好のコトミちゃん。
そういえば先日の海水浴以降、コトミちゃんは半袖とかの姿が増えている。
傷が消えて良かったね、コトミちゃん。
「『アル』関係の情報ですが、あれから新規情報はありません。他ですが、巷では中学生の間で蜘蛛女の話が噂になっているそうです」
「うん、ボクも聞いた事があるよ。イジメっ子をやっつけたとか」
「アタシが聞いた話もそんな感じなのですが、今回その蜘蛛女の映像が入手できましたので、報告します」
コトミちゃんが提示した動画には、遠景ながら女郎蜘蛛風の大きくて黄色と黒の縞模様の足を仰向けの姿になった裸体の女性の体側から4本生やしていて他にも人間の手足を持つ異形の蜘蛛女が映っている。
女性だと分かるのは、裸体には立派な乳房がはっきりとあるから。
フィクションで見る蜘蛛の下半身と人間体の上半身というステレオタイプのクモ女とは大分違う。
「ギリシャ神話のアラクネーじゃな。ステレオタイプとは随分違うのじゃが、確かダンテの『神曲』にあるアラーニェがこういった姿じゃったな」
うむ、エロいけどグロイよね。
「イジメっ子達や先生達を糸で巻いて学校の屋上から吊るしていたんだという話です。これが一校だけなら被疑者が分かりやすいのですが、多くの学校で起こっているらしく、中学生の間で話題になっているんだとか。ただ、学校側も後ろめたい事情があるようで警察に届け出た事案はまだ無いようです」
「そうですね、こちらにもまだ情報は上がっていません」
アヤメさんは真剣にアラーニェの映像を見ている。
「アタシのカンですが、これは『石』がらみでは無いでしょうか? 怨恨とか悩みを増幅させてして異形化しているのが今までのパターンですし」
「そうじゃな、ワシもそう思うぞ。映像が遠景じゃから『石』の光は見えぬが、おそらく当りじゃな。では、次の仕事は仮称アラーニェの確保じゃな」
「はい、それで行きましょう。室長、かまいませんよね」
「ああ、おそらく被疑者は未成年者の女子だろうから慎重に捜査をお願いします」
中学校で起こっている事件なら、被疑者が中学生若しくは高校生くらいだろう。
「まずは、最初の事件の発生現場の確定じゃな。そこが被疑者の居場所じゃ。後は、SNSを調査じゃ。口コミでイジメっ子を通報している可能性が高いのじゃ」
「はい、その方向で捜査を開始いたします。では、皆様宜しくお願い致します」
今度は蜘蛛女、早く確保してこれ以上悲しい事が起こるのを阻止しなきゃ。
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