第116話 康太は公安と仲良くなる:その21「コトミちゃんの過去」
俺はマユ姉ぇ達がいるテントに戻った。
そこでは、コトミちゃんが満面の笑みをして、パーカーを脱いで傷一つない綺麗な肢体を見せつけていた。
「先輩、お帰りなさい。もし良かったら一緒に泳ぎませんか? アタシ、最近泳いだこと無かったんです。先輩なら浮き輪代わりになりますよね?」
その笑顔は、さっきまでとは大違いだ。
マユ姉ぇの方を見ると、マユ姉ぇも満面の笑み。
俺に頷き、「いってらっしゃい」と言ってくれている。
その上、なぜか吉井教授もご機嫌そう。
「じゃあ、行こうかな。では、お嬢様、こちらへどうぞ」
俺は腕を伸ばし、エスコートをするようにコトミちゃんを誘った。
「はい、宜しくてよ」
◆ ◇ ◆ ◇
そこは込み合った砂浜より少し離れた人気の少ない岩場。
そこにある窪みで俺はコトミちゃんの両手を掴み、彼女の泳ぎのサポートをしていた。
「コトミちゃん、最近泳いでいないって嘘だよね。これ殆ど泳いだ事が無い人の泳ぎだよ」
俺はあまりにヘタな泳ぎをするコトミちゃんに突っ込む。
彼女はバタ足レベルがやっとで、水に顔をつけるのにも慣れていないっぽい。
「あら、バレちゃいましたか。アタシ、実は小学校以降、全然泳いでいなかったんです」
コトミちゃんは水面から顔を上げ、俺に白状した。
「先輩、チエお姉様にアタシの傷跡を治すの頼んだでしょ?」
コトミちゃんは岩場に座って俺に話しかける。
そして、すぐ横に座れと指で指示した。
「え、一体何の事だい?」
俺はコトミちゃんの横に少し離れて座り、とぼけてみる。
「分かっているんですよ。先輩の態度、マユお姉様から飲み物受け取ったあたりからおかしいんですもの。その時見ちゃったんですね、エッチな先輩。その後先輩がチエお姉様のところに行って、直後にチエお姉様が来るんですもの。バレバレですよ」
「何言っているんだろうね。俺は何もしていないし、何もできなかったんだよ」
俺はコトミちゃんの顔から眼を離した。
しかし目線を下げたのは失敗だった。
う、意外と胸あるし、肌も白くて綺麗だぞ。
やばい、そっち見るのもマズイ。
「あら、先輩赤くなっちゃって。アタシの胸今見たでしょ? カオリちゃん程は無いけど、そこそこあるんですけど」
そう言って腕を組んで胸を強調するポーズを取るコトミちゃん。
「ちょっと目のやり場に困るからやめてよ!」
う、すっかり遊ばれている俺。
「先輩、本当にありがとうございます。アタシなんかの為に色々してくれて」
急にシリアス風になるコトミちゃん。
「だから、俺は何もしていないんだって」
「もー、照れなくて良いんですよ、先輩。まあ、そういう事にしてあげましょうか。じゃあ、代わりに可哀そうな女の子が救われた話をしましょうか」
コトミちゃんは上を見上げてぽつぽつと話し出した。
◆ ◇ ◆ ◇
「おら、何生意気言ってんだよ! このメスブタが」
「そうそう、こんな奴シメちゃったら良いんだよ」
アタシは数人の女子中学生に囲まれていた。
座り込んだアタシを上から舐めるようにして見ている彼女達。
その表情は、とても10代前半には見えないくらい醜くゆがんでいる。
「なんだよ、その顔は。お前なんてアタシ達の靴舐めてりゃいいんだよ」
そしてアタシは彼女達に蹴られる。
今から6、7年前になるんだろうか。
その頃、中学生のアタシは今とそう変わらない身長だったけど、結構太っていた。
決して美人じゃなかったし、性格もネクラ、趣味が読書とくれば集団から浮いてしまうのも今になれば分かるの。
けど、その頃のアタシはそこまで気が付かず、イジメられる毎日だった。
その頃、アタシの両親は共働きで忙しく、いい加減大きくなった娘のアタシに構っている時間が少なくなっていた。
それでも時間を無理やりにでも作ってアタシに接してくれていたので、家は安心できる場所だった。
しかし、学校は酷いモノだったわ。
とある有名女子大学の付属校、お嬢様グループと成金グループに内部は分かれ、どっちでもない普通な家庭に育った私は、どこのグループにも入ることが出来なかった。
そのうち、同じくグループに入れなかった者達が派閥を作ろうとしたんだけれど、そんなのには興味が無い私は派閥に入るのを拒否した。
そこからイジメが始まった。
どこの派閥にも加わらないアタシは、全ての派閥からイジめても良い「生贄」のヤギになった訳ね。
女子校に近いくらい女の子が多い学校だったのに、イジメは熾烈だった。
物を隠して捨てる、壊すなんてのは当たり前。
顔は目立つからと腹を殴る、蹴る。
服の下をカッターで切りつける、マチ針を刺す、押しピンを刺す。
目立たないところに煙草の火を押し付ける。
もう酷いったらありゃしなかったわ。
先生達も二大派閥には寄付金の事があって放置状態。
こんな酷い事が世界にはあるんだな、とぼんやりと思っていたの。
酷過ぎて、こんな事高い学費を払ってまで学校に通わせてくれている両親には事実なんて言えないし。
もうアタシは死ぬまで、こんな感じなんだろうかって、半分諦めていたの。
たぶん、あと一押しで自殺も考えてたかもね。
後、この頃にアイツらから逃げるために気配の消し方や察知の方法を独学で学んだわ。
「君、大丈夫かい? 最近ここでよく見るけど、なんか思いつめた顔しているよ」
そんな頃、アタシは逃げ場所の一つ、市立図書館でとあるオジサマに出会った。
そのオジサマは、両親以外で初めてアタシの事を本気で心配をしてくれた大人だったの。
オジサマはアタシに色んな事を教えてくれた。
世界の事、歴史の事、社会の事、そして戦い方を。
オジサマのおかげでアタシは情報を取り扱う事に才能が有る事を知ったの。
そして、その情報が武器になる事も教えてもらった。
後は、もう大逆転の嵐ね。
悪事の証拠を掴んで、アタシをイジメ抜いた生徒、先生、学校。
全部酷い目にしてやったわ。
彼女たちがその後どーなったかは知らないし、知りたくもない。
もしかしたら何人かはこの世にいないか、塀の中、閉鎖病棟の中かもね。
その後、普通の高校に入りなおして、ダイエットして今の体型になって、図書館で好きになった歴史系の勉強をしたくなって、オジサマの斡旋で今の大学に入った訳なの。
◆ ◇ ◆ ◇
あまりに壮絶なコトミちゃんの半生を聞いて、俺は何も言い出せなかった。
そういえばコトミちゃんが話していた時期に、とある女子大学が廃校寸前になった事案があったけど、そういう事だったのね。
「先輩、引いちゃいましたか? アタシ、残酷でしょ。でもね、許せなかったの。人をイジメておいて、のうのうと暮らしているバカ共が」
「いや、俺でも同じ立場ならコトミちゃんと同じことしたと思うよ。第一、コトミちゃんは正当な方法で戦った訳だし」
「うーん、情報収集方法は正当というか法的に問題が無かったかというと微妙ですけど。あ、因みに方法はナイショですよ。それと傷跡なんですけど、働き出したら美容整形でキレイにするつもりだったんです。バカ共のしでかした跡なんて早く消したかったし。今回、キレイにしてもらったからその分お金が浮いて助かりました」
いつものナイショポーズでおどけてみるコトミちゃん。
そうでもして誤魔化さないとやっていられないんだろう。
「コトミちゃん、無理に自分を誤魔化さなくても良いよ。キミは十分戦ったし、ソイツらに勝ったんだよ。もう、そんなバカ共に引きずられて生きる事は無いんだ。傷跡も無くなったんだしね」
俺のその言葉が突き刺さったのか、コトミちゃんは大粒の涙をこぼした。
「先輩、……。うわぁーん」
コトミちゃんは俺に抱き付いて泣き出した。
えーと、水着姿で大きな胸押し付けられては困るんだけど。
柔らかいし、暖かいし、女の子の汗って良い匂いなんだ。
・
・
しょうがない、泣き止むまでは、このままにしておこう。
俺はそっとコトミちゃんを抱いて、左手で背中をぽんぽんとしながら右手で頭を撫でてていた。
コトミちゃんが泣き止むまで5分程、俺はそっとコトミちゃんをハグしていた。
「先輩、それ恋人にするハグじゃないですぅ。アタシ、子供じゃないんですから」
お、やっといつもの調子に戻ったか。
「おや、いつ俺がコトミちゃんのカレシになったんだい?」
「違ったんですか? 水着の女の子を抱いておいてそれは無いんじゃないですか?」
と、言い合った後、2人して笑いあうのはいつもの事。
やっと俺から離れ、涙を拭うコトミちゃん。
「先輩、本当にありがとうございました。おかげでバカ達に最後の復讐が出来ました。アタシ、こんなにカッコいいカレシ出来たって」
「あのね、それはどういう意味なんだい?」
「えへ、冗談ですよ。先輩は既にお手付きですものね。アタシが先輩と出会うのが遅かっただけですから。でもね、本当に先輩に会えて良かったですよ。おかげで一杯良い事あったし」
うーむ、結構スゴイ事言われているんだけど。
まさか、コトミちゃんまで俺の「ハーレム(女難)」候補になろうとは。
「まー、しょうがないので先輩みたいなイイオトコ見つけるまでは先輩の近くに居させて下さいね。オトコを見る目を鍛えたいですし」
「見つけるまでとは言わずに、ずっと近くに居てよ。俺、コトミちゃんとは男女関係なく友達でいられそうだし」
「えー、友達から始めるんですかぁ?」
「もうとっくの昔に友達でしょ」
後は2人して笑い話になった。
「そういえば途中で出てきたオジサマってまさか?」
「ええ、御察しの通り、吉井教授です。教授は色んな意味で恩人なんですよ」
教授は前からコトミちゃんを妙に気遣った行動が多かったし、今日も将棋そっちのけでコトミちゃんを見ていた。
コトミちゃんの傷の事も知っていただろうから、ハラハラものだったんだろう。
「まー、過去は過去、今のコトミちゃんとっても素敵だよ。俺なんかよりもずっと強いしね」
「えー、悪魔倒せる先輩よりも強いってなんか複雑ですねぇ」
「そうかい? だって俺の近くの女性って大抵俺よりも強くて戦略兵器級なんだけど」
「そうでしたね。マユお姉様、チエお姉様にナナちゃん、リタちゃん。確かに戦略級ですね」
そう笑いあった俺達だった。
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