第115話 康太は公安と仲良くなる:その20「傷」
俺は動揺を見せぬよう、何食わぬ顔でコトミちゃんからスポーツドリンクを数本受け取った。
「じゃあ、俺はナナ達の処に持っていくね」
そう宣言して俺は、足早にコトミちゃんから離れた。
コトミちゃんのラッシュパーカーの袖から見えた彼女の腕。
そこには何本もの切り傷の跡、そして円形の傷跡があった。
あれはリストカットの跡か?
円形の傷、あの形ってまさか煙草を押し付けられた火傷の跡か?
俺はナナ達の元へとぼとぼと歩きながら考えた。
たぶんあの傷跡の事で、マユ姉ぇはコトミちゃんを水着になる海水浴に誘うのを躊躇したんだ。
おそらく先日の浴衣の着付けの際に、コトミちゃんがマユ姉ぇに事情を話していたんだろう。
どうしても着付け時に腕の傷跡に気が付くだろうから。
それで、今日はマユ姉ぇはコトミちゃんから離れず、気を使ってあげていたんだろう。
そういえば、俺はコトミちゃんの半袖姿を今まで一切見ていなかった事にも今さら気が付いた。
あれだけの傷の数、あれが自傷によるリストカットだとすれば余程精神を病んでいたのではないか?
しかし、今のコトミちゃんにはそんな素振りは全く見られないし、逆に強気に俺を弄るくらいだ。
となると他の要因で傷がついたと考えるのが普通だ。
また煙草を押し付けた、俗に言う「根性焼き」による火傷を自分でしたというのはあまり聞いたことが無い。
ならば、イジメという事なのだろう。
イジメと言えば大した犯罪には聞こえないが、それは他人の精神や身体を踏みにじる卑劣な行為。
コトミちゃんの傷がイジメによるものなら、それは傷害、いや殺人未遂ともいえよう。
確かに心身ともに幼い子供が集団生活をすれば、目立つ子は突かれる。
突かれた子が強気ならそこで終わるけど、弱気な子が突かれれば、そのままイジメはエスカレートする。
イジメる側も大体両親の不和や本人の問題等が原因で、自身の溜まったフラストレーションのはけ口としてイジメをする。
実に悲しい事は絶えず発生する。
集団生活をしていて、団体の枠に嵌らない異物は攻撃されやすいのだ。
俺も幼少期には色々やられた口だ。
なまじ霊能力があって、そこそこ学力が優秀だったから目立ってしまい、周囲から、やっかみや恨みをえらく買ったものだ。
俺が周囲に合わせるというのが苦手だったのも原因だろう。
まあ、中学校時代マユ姉ぇに色々鍛えてもらった後は、バカ共は全部撃退してやったけど。
と、色々考えている内に俺はナナ達のところへ到着した。
「おーい、皆飲み物持ってきたよ。水分・塩分補給ちゃんとしないといけないぞー」
「お、コウ兄ぃ。いいとこに来たよ。チエ姉ぇ、リタちゃん、ショウタ君、一休みするよー! マサトお兄ちゃんも来て!」
俺は、皆にそれぞれスポーツドリンクを配る。
その時、俺はチエちゃんに聞いてみた。
「チエちゃん、つかぬ事を聞くけど、チエちゃんは怪我を綺麗に治せるよね。それは古い傷跡も消せるのかな?」
「なんじゃ、急に変な事を聞くのじゃな、コウタ殿。うむ、よほど酷いケロイドにでもなっておらねば綺麗にできるぞ」
「ちょっと気になったことがあってね。あまり他の人に聞かせたくないから、接触念話して良い?」
「コウタ殿がそこまで言うのなら余程の事情じゃな。うむ、乙女の柔肌に触る許可を出そうぞ。ただし腕までじゃぞ。胸や変なところを触ったら永遠に落ち続ける奈落の穴に放り込むのじゃ!」
チエちゃん、ニッコリ笑いながら冗談を言う。
俺が深刻そうなのに気が付いて冗談で紛らわせてくれたのだ。
ホント、ありがたい事だよ。
俺はチエちゃんの手を握り、記憶イメージ付でコトミちゃんの事を念話で送った。
「なるほど、それは深刻な訳じゃ。そういえば着付けの際にコトミ殿だけ別室だったし、今日の着替えも母様と一緒で一番遅かったのぉ」
やはりマユ姉ぇはコトミちゃんの事情を知っているわけね。
「うむ、では一休み前に少々仕事をするかのぉ。コトミ殿には何かと世話になっておる。ワシが治せるのならやらぬ訳にはいかまい。まあ、もちろん本人の了解はいるがな」
「そこでなんだけど、チエちゃんがコトミちゃんの傷に気が付いたという流れにしてもらえない? 男の俺が気が付いたという事になると何かとややこしいでしょ?」
コトミちゃんに、これ以上精神的負担はかけたくないし。
「うむ、それは構わぬというか、それが良いじゃろうて。いらぬ心配はさせぬ方が良いわい。ナナ殿、少し母様の処にいってくるので、ショウタ殿達を宜しくな」
「うん、良いよ。そうだ、コウ兄ぃ、暇なら一緒に遊ばない?」
ナナは俺を子守役にするつもりらしい。
「ああ、良いよ。マサトは少し休んでいなよ」
「うん、そうさせてもらうよ。やっぱり中学生パワーには負けるね」
ちょっと見には高校生に見えちゃう童顔なマサトが根を上げるとは余程だ。
「じゃあ、チエちゃん、後は宜しくね」
「うむ、任せておけなのじゃ!」
俺は、手を挙げて宣言するチエちゃんの歩く後ろ姿を見て、コトミちゃんの悩みが無くなることを祈った。
◆ ◆ ◇ ◆ ◇
いかん、俺ここまで体力落ちているのかなぁ。
ナナやリタちゃん、翔太君に引っ掻き回されて、ヘトヘトになってしまった。
今は代わりに休んでいたマサトが復活して皆の面倒を見ている。
一休みにと砂浜に寝転んでいいると、「大丈夫?」という表情でマリちゃんが見下ろしてきた。
「心配させたね。俺は大丈夫だよ。皆元気だねぇ。俺、まだ若いつもりでいたけど子供達のパワーには勝てないや」
俺は起きだして、マリちゃんの頭を撫でた。
マリちゃんはくすっぐたい風だけど、俺の撫でている手に頭をこすりつけてた。
尚、マリちゃんは「見えるヒト」にしか見えないので、普通の人からすれば俺は空気を撫でている様に見えるんだろうね。
そこにチエちゃんが満面の笑みをしながら帰ってきた。
「コウタ殿、子守お疲れ様じゃった。作戦は無事成功じゃ。後はお主自身の目で確かめてみるのじゃ!」
良かったよ。
コトミちゃんを無理やり海水浴に引き出したんだ、せっかくだもの楽しめるようにしてあげなきゃダメでしょ。
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