第113話 康太は公安と仲良くなる:その18「馬頭、逮捕される!」
時間は既に早朝と言える午前4時、すこしづつ白みつつあるグラウンドは穴だらけ。
ナナの砲撃とリタちゃんの土砂「打ち上げ」呪文でガタガタな状態である。
もし、今日このグラウンドを使う予定の人がいるなら、ごめんなさいとしか言えない。
その荒れ果てたグラウンドの中心にいる毛布を被った男、元馬男の萩原 和夫氏。
すでに変身を解除しており、しょんぼりと観念している。
彼の周囲には、彼に繋がれた手錠から伸びる縄を持つ制服警官と機動隊のおじさん達が数名、そしてナナ、リタちゃん、マユ姉ぇがいる。
座り込んで号泣し後悔している萩原氏を妹達とマユ姉ぇが慰めている状態だ。
「もう俺には娘に会わす顔なんて無いんだぁ!」
「だいじょうぶだよ、ちゃんとあやまったらいいんだよ」
「親子だもの、大丈夫。奥さんにもちゃんと謝って仲直りしたら良いんだよ。ボクだってお父さんの事、大好きだもの」
「そうねぇ、まずは奥様や娘さんに会ってお話しましょ。そうしないと何も始まらないわ」
「二人は俺がやった事を許してくれるのかなぁ?」
「うーん、許す許さないと家族である事は、また別の話なの。許してもらおうとする事はあまり良くないわ。相手に無理やり自分の考えを押し付けてはダメよ。相手の事を考えて動くの。今度の事も自分の都合を押し付けた結果でしょ?」
あらあら、すっかりマユ姉ぇ達によるお悩み相談室になっているよ。
まあ、殺人とかまではいかなかったし、本人も反省しているんだ。
被害者が無事に復活すれば、そう重い罪にもなるまい。
「とりあえず、今回は無事に解決できた様じゃな。後は『石』をばらまいておる『アル』の事が分かればいいのじゃが」
「うん、そうだね。しっかし、いつのまにリタちゃんって土属性の呪文を使えるようになったの?」
「コウタ殿知らなんだのか? うむ、じゃあ後からリタ殿本人から聞けばいいのじゃ」
ニヤニヤして俺をつっつくチエちゃん。
まー、そのあたりはどうでも良いか。
まずは、帰宅して寝たいよね。
結局、その後「お悩み相談室」が長引いて俺達が帰宅したのは午前6時前だった。
泣いて落ち込んでいる萩原氏を警察すら見かねて、そのまま相談させていたからだ。
中村警視や寺尾室長は早く撤収したかったのだろうけど、さめざめと泣きながらマユ姉ぇ達の話を聞く萩原氏に思うところはあったのだろう。
尚、相談して吹っ切れたのが良かったのか、すっきりとした萩原氏はその後素直に聴取に応じ、事件解決に至る重要な情報が得られたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「では、第3回捜査会議を開始するのじゃ!」
チエちゃんの音頭でマユ姉ぇ宅で開始される会議、今回も寺尾室長を加えたフルメンバーで行われた。
毎度の事ながら幼女が仕切る捜査会議とは不思議な風景だね。
「まずは、アヤメ殿からハギワラ被疑者からの証言等を頼むのじゃ」
チエちゃんがアヤメさんの発言を促す。
尚、俺も後から調べて知ったんだけど、警察が犯人と疑っているのが容疑者、逮捕されると被疑者、検察官から起訴されると被告人、量刑が決まって刑務所に収監されると受刑者になるんだそうな。
「はい、ハギワラ被疑者によりますと『石』は彼が外資系会社に勤めていた際に取引があった中堅商社の係長から貰ったとの事です」
これでようやく「石」を配布していた人物にたどり着いた訳だ。
「その係長ですが、『有坂 誠』、38歳、独身、その商社を今から1年ほど前に退職後、現在行方不明となっております」
惜しい、捜査が自分に伸びる一歩前に逃げたのか。
「退職とは、ナニかやらかしたのか、または犯罪が露見する前にトンズラしたのかのぉ?」
チエちゃんの疑問にアヤメさんは答える。
「それが、ある時から急に無断欠勤を繰り返し、住居を確認したところ無人かつ何も荷物が無かったとの事でした。住居に入った引っ越し業者に確認するも、家財を運送した家屋からも更に移転をしたらしく、そこで容疑者の行方を完全に見失ったそうです。商社は、やむなく彼を行方不明扱いにして退職としたそうです」
「ふむ、容疑者の年齢からすれば親がまた健在じゃと思うが、親元には連絡したのじゃろ?」
「はい、会社からご両親に確認を行ったものの、一切ご両親には連絡が無かったそうです。その後、ご両親から彼の捜索願が警察に提出されています」
子供や老人等の保護対象にあたる人に対しての捜索願は警察が積極的に調べてくれるそうだけど、一般成人の失踪の場合はパトロールのついでに見つけたら捜索願が出されている事を本人に知らせる程度だそうな。
「本来、成人の捜索願はあまり効力を発しないのですが、今回彼が容疑者として浮上したので、銀行口座、クレジットカード、マイナンバー等で追跡を試みましたが、痕跡すら掴めていません」
かなり用意周到に逃亡をしている様だ。
顔に対する認識障害を行使している以上、普通の人間ではまず捕まえられまい。
「ハギワラ被疑者も以前、容疑者と会った人物同様会っていた事実は覚えてはいるものの、顔を覚えていないようです。容疑者が勤めていた商社でも同様でしたが、幸いなことに社員証用に撮影されていた写真データがサーバ内に残存していました。これがその写真です」
アヤメさんが提示した写真には、浅黒い以外はあまりに特徴が無い三十路男が写っていた。
「この画像データは既に顔認識データとして関東一円の街頭・交通機関のカメラ情報とリンクさせておりますので、現在過去データ含めて調査中です。警察公安からは以上です」
「アヤメ殿、お疲れ様じゃったな。続いてコトミ殿、巷のウワサ情報をお願いするのじゃ」
チエちゃん、今度はコトミちゃんからの発言を促した。
「はい、チエお姉様。アヤメお姉様から情報を先に頂いて、容疑者について周囲のウワサを調べてみました」
流石はコトミちゃん、仕事が早いぞ。
「有坂氏ですが、子供時代から人付き合いが得意ではないのか、一人でいることが多かったようです。幼少期には出身地の東北で一人息子として両親の元育ち、高校の時点で関東の有名進学校に入学、それ以降大学・就職後もずっと関東在住で、あまり地元には帰っていないそうです」
コトミちゃん、容疑者の幼少期からの情報なんて、どーやって仕入れたんだろう?
探偵とか興信所の仕事出来るんじゃないの?
「大学時代に恋人らしき人との付き合いもあった様ですが、あまりに孤独主義だったようで早期に別れていました。その彼女曰く、昔からどこか遠くを見ている感じであまり自分を見てくれなかったとか」
おい、ここまで個人情報ダダ漏れってまずくない?
「商社に勤めた後の勤務状態・成績はまずます普通、孤独主義なのは同じくで飲み会とかの付き合いは最低限だったとか。ただ、今から5年程前から急にイメージが変わったとの事です」
ふむ、5年前に何かあった訳ね。
「急に人付き合いが良くなり、何かと人と絡むようになったとか。それまではネクラで気弱なイメージだったのが、強気で傲慢ともいえる感じに変わったそうです。女性関係も派手になり、仕事の成績も向上したのですが、急に無断欠勤を始めたかと思うと行方不明になった様です」
なんか途中から別人に変わった様な変貌だね。
「コトミ殿、見事な情報収集じゃ。今後とも宜しくお願いするのじゃ」
「はい、お姉様。このくらいはお安い御用です。経費も公安さんが見てくれますから楽なものですよ」
褒められて嬉しそうなコトミちゃん。
女子大生の身で、そこいらの興信所顔負けの情報収集、スゴイを超えた域まで行っているよ。
「次はナカムラ殿、所轄からの情報をお願いするのじゃ」
「所轄の聞き込みですが、正直コトミちゃん以上の情報は殆ど無いですね」
苦笑している中村警視。
警察の情報力を上回るコトミちゃんにタジタジといった感じ。
「あるとすれば、容疑者の足取りくらいでしょうか。どうやら女性の元を泊まり歩いているらしいとの情報があります。夜の繁華街で彼らしき人物がホステスさん達をナンパしていたとか」
あまり特徴も無く、決して美男子でも若くもない彼が女性のヒモというのはイメージが結びつかないね。
「じゃとすれば、繁華街の監視カメラを重点的に注目すれば、容疑者『アル』が発見できるやもな。または聞き込みやパトロールもそのようにじゃな」
「はい、そういう方向で既に捜査に着手しています」
チエちゃんの提言どおりに捜査は進行している様だ。
「後は、発見の吉報を待つのみじゃな。出来れば次の犠牲者が出る前に決着をつけたいものじゃな」
俺は捜査に関しては何もできない。
容疑者を見つけた後の「戦い」が俺の役目だ。
それまでは修行あるのみだね。
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