第110話 康太は公安と仲良くなる:その16「捜査!2」
物が雑多に溢れ、更にゴミ袋が散乱しているワンルームの中、無精ひげを生やし、やつれてみすぼらしい中年男が頭を抱えている。
「俺は悪くない、絶対悪くない! 悪い奴らをとっちめているだけだ。だから命までは奪っていないだろ!」
中年男、萩原 和夫は、薄くなりつつある頭を掻き毟る。
「俺の家族を奪ったアイツらは絶対許せない。大恥かかせて同じ目に遭わせてやるんだ!」
男は壁に貼った写真を見る。
写真にはそれぞれ氏名・住所が書かれた付箋が張られており、何枚かの写真にはバツが大きく書かれている。
バツ印が無い写真は後数枚、残るは専務数名に常務、日本支社長、アジアマネージャー。
「次はこいつか。こいつは直接俺に解雇通知したよな。じゃあ、徹底的に脅して、泣きわめくのを見て楽しむか」
男は、物で溢れた座卓の上からタイピンを探す。
このタイピンは今は離れている妻から結婚記念日にもらったものだ。
「あいつらが破滅すれば、俺は会社に戻れる。そうすれば妻も娘も俺の元に帰ってくるんだ!」
タイピンに仕込まれた石は虹色に輝く。
「アイツに貰ったこの『石』さえあれば、俺は無敵だ! 俺の邪魔をする奴らはこいつでとっちめてやる!」
以前、外資系会社に勤めている頃、付き合いがあった中堅商社の担当者、浅黒い肌のどこか不思議な感じのする男からもらった不思議な石、これをもらってからしばらくは何もかもがうまくいっていた。
そう、あの競馬で大負けするまでは。
そこから先は転落の一途、会社の資金にまで手を出して損金を競馬で取り戻そうとした。
儲かれば資金を戻せば良いだけ、しかしそれは叶わぬ夢であった。
勝負に負け、会社にもバレ、懲戒解雇の代わりにマイホームを失い、妻子も逃げるように去って行った。
パパと呼んでくれた幼い娘も今はいない。
ハローワークで斡旋してくれる仕事には、碌なものは無い。
自分より若い者にヘコヘコする仕事はイヤだ。
もう一度、あの頃の仕事へ戻るんだ。
そう、男はゆがんでしまった認識で願う。
「必ず俺の家族を取り戻すんだ!」
男は服を脱ぎ捨てると、タイピンを握り願う。
より強い自分への変身を。
「変身!」
男は幼少期に見ていた特撮ヒーローの変身ポーズを取る。
男の姿は靄に包まれた後、2mを超える長身で筋肉隆々の馬頭の姿となった。
「ふしゅぅ――!」
変身すると男の精神は昂揚すると共にどこか冷静になる。
その冷静な部分が男を凶行へ向かうのを阻止すると共に、犯罪を露見しないようにさせていた。
実は、男にはある種の霊的才能があり、それが「石」の暴走をコントロールしていたのだ。
午後9時前に変身した男は周囲に人影がなくなるまで、アパート内で綿密に計画をしていた。
そして人影が無くなった深夜1時、男は行動を開始した。
男は、フード付きマントを被ると、玄関から出ていき鍵を閉めた後、その脚力で立ち並ぶビルの屋上へ向けて跳躍した。
男が目指すは、男を懲戒した専務宅。
男の自宅から専務宅までは20km程度、変身した男の脚力なら10分とかからない。
「チエ様、ターゲットがようやく動きました。移動方向から目標はA地点。後10分程度で到着と思われます。私は追跡をして随時ご報告致しますので、皆様の準備を宜しくお願い致します」
闇に潜むおぼろげな影から出た黒執事は、どこかへ連絡をした。
◆ ◇ ◆ ◇
「ようやく容疑者が動いた様じゃ。皆の衆、眠そうじゃが大丈夫じゃな?」
チエちゃんの声で、俺は転寝から目を覚ました。
マユ姉ぇ宅では、アヤメさん、タクト君、寺尾室長の公安組、正明さん、マユ姉ぇ、チエちゃん、ナナ、リタちゃんに俺の岡本組、そして後方支援としてのマサトとコトミちゃんが揃っていた。
中学生組のナナやリタちゃんは既に夢の中、他のメンツも正明さん、マユ姉ぇ、チエちゃん、アヤメさん、寺尾室長以外は半分寝ていた。
「しかし、第一報から4時間とは動くのにすごく時間がかかったんですね」
眠い目をこすりながら公安組やチエちゃんに聞くコトミちゃん。
「おそらくじゃが、変身とかしたは良いが周囲に人がおったので動けなかったのじゃろうて。さあ、留守番組以外は動くのじゃ!」
チエちゃんの掛け声で、正明さん、マサト、コトミちゃんの留守番組以外は公安が用意した大型バンに乗り込む。
留守番組は警察や各方面への情報伝達、及び電子支援を行う予定だ。
「待たせすぎだよぉ、ボクもう寝ていたのにぃ」
「わたし、もうおこった! いっぱいぶっとばす!」
妹達は睡眠を途中で妨害されたから、怒り心頭らしい。
寺尾室長が運転する7人が乗った大型バンは一路A地点、もっとも襲われる可能性が高かった専務宅へ向かう。
「『朧』よ、ワシらは後20分はかかるのじゃ。そちらが早く現場に到着するであろうから、奇門遁甲迷宮でしばらく時間を稼ぐのじゃ!」
チエちゃんは、俺達にも分かりやすい様にわざわざ声を出して朧さんへ指示を送る。
「チエさん、その遁甲迷宮ってのは十分時間稼ぎ出来るんですか?」
交通法規内速度ちょうどで運転する寺尾室長がチエちゃんに聞く。
赤色灯もつけていない車なので、速度超過とか法規違反はしないのだ。
「そうじゃな、空間・次元干渉能力が無いモノなら永遠に迷わせることすら可能じゃな。馬頭とやらは原典通りならパワータイプじゃから十分じゃろ」
確か以前の教団との対決前に、教祖の息子翔太君の守護霊マリちゃんを一時的に隔離したのもこの迷宮術だった。
そういえばしばらくマリちゃんや翔太君とは会っていないな。
二人仲良くしていたら良いんだけど。
「現場から続報じゃ。『朧』のやつ、無事に馬頭を迷宮内に追い込む事に成功したとの事じゃ。これでゆっくり戦闘準備が出来るのじゃ!」
さて、今回は相手にちゃんとした意思がある。
どうやって逮捕しようかな。
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