第11話 康太の日常:その4「修行の開始」
姫様を連れ帰ってから、俺は基本的に毎日母屋の方へ帰っている。
マユ姉ぇが姫様の顔を見ていけって言っているのもあるし、マユ姉ぇに餌付け(笑)されてしまったのもある。
だってマユ姉ぇのご飯美味しいし、お財布事情にも優しいし。
なので、晩御飯は大体マユ姉ぇにご馳走になっている。
流石に悪いので、時々何かオカズになりそうなものをマユ姉ぇに連絡した後に買ってきている。
大学から帰ってきた俺は狛犬門番1号・2号に挨拶してから母屋に入る。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい。ちょっと遅かったわね」
マユ姉ぇは台所から居間の方へ顔を出してきた。
「ごめんね、連絡した通りでマサトと遊ぶついでに色々話を聞いてきたんだ」
俺はマサトから聞いた分析結果をマユ姉ぇに話した。
「そうなの。じゃあ科学的にはこれ以上の本格的な分析は難しいのね」
「ああ、吉井教授辺りから正式な分析依頼ができたら動けるかもだけど、そうなると遺跡の事が公になるから大騒ぎになると困るし」
「ええ、じゃあとりあえず科学方面はこれくらいにして、今度はコウちゃんの方ね。これを見てね」
マユ姉ぇが提示したA4用紙には「コウちゃんパワーアップ計画」と極太ゴシックの24ポイントくらいで表題が書かれていて、そこから下には10ポイントくらいの小さな字で表にびっしりと訓練・修行内容が書かれていた。
これは……、俺に三途の川の向こう岸を覗きに行けという事ですか。
どー考えてもムリな部分があるんですけど。
「ちょっとマユ姉ぇ、これはかなり無茶言ってない? これじゃ夜寝るとき以外全部修行なんだけど。いや、寝ている間も夢で真言詠唱ってのが入ってるし」
「無茶なのかなぁ、これ。私が10代の時に修行していた内容そのままなんだけど」
なんか、マユ姉ぇの凄さの一旦が見えた気がするよ。
「でもね、コウちゃん。死ぬ時に後悔するんじゃ遅いの。少しでも出来る事を増やさないといけないし、基礎体力が無いと詠唱時に集中できなくて効果が出ないかもしれないの」
そりゃマユ姉ぇの言い分も良く分かる。
今日もマサトに言われたとおり「手札」を多く持たないといけないし、慌てない為にも修行は必要だ。
「分かったよ、マユ姉ぇ。流石に全部は今はムリだけど、いつか必ず全部出来るよう頑張るね」
「そうね、最初からトップギアはムリよね。じゃあ、これならどう?」
そう言ってマユ姉ぇは、さっきの計画の半分くらいのものを出してきた。
「これなら出来そう」
「じゃあ、早速宜しくね」
「ああ」
ん? これでも大分キツイ内容だぞ。
さっきの殺人スケジュールよりはマシなだけだ。
こりゃマユ姉ぇにハメられた。
「やるって言った後でなんだけど、マユ姉ぇ」
「何、コウちゃん」
「後から出したプランの方が正式のもので、先に出したのは比較用で正式のモノの方がマシに見えるためのモノだったんじゃないの?」
「あら、良く分かったわね。コウちゃん賢くなったの、私嬉しいわ」
しゃーない、乗せられた俺が悪いし、俺の為の話だしね。
◆ ◇ ◆ ◇
それからは大変だった。
毎朝のジョギング、食事前の真言記憶・詠唱、大学の授業の合間の瞑想、帰宅後のジョギングに筋トレ、夕食後の真言記憶・詠唱、そしてマユ姉ぇとの仮想戦闘。
真言と印は数多くあるけど、使える呪が多くなるほど俺の「手札」が増える。
だから頑張って覚えているけど真言や印の数は無茶苦茶多いし、体育授業から遠ざかっている俺は身体がなまっているからちょっと動いてもキツイ。
特に厳しいのがマユ姉ぇとの仮想戦闘。
俺は石を積極的には使わないし、お互い物理効果の大きい呪は使わないとはいえ、俺は毎回雷撃やら火炎を浴びて痛い目にあう。
光明真言ですら目の前で使われれば目くらましとしては十分効果的で、それでマユ姉ぇから目を離したらあっという間にボコボコにされちゃう。
その上、マユ姉ぇの防御結界が強いから俺の攻撃呪なんて効きやしない。
この対戦をナナや姫様は興味深そうに見ている。
「お母さん、がんばれー! コウ兄ぃ、なさけないぞー!」
ナナはお気楽だね。
知らないぞ、いずれ君もこの訓練を受けねばならないだろうに。
訓練終了後、姫様が俺に話しかけてきた。
〝お二人の使う呪文は何なのですか? 普段お話に使う言語とは違うようですが〟
「これは真言と言って、インドという遠い国の古い言語です。世界の真理を意味する言葉という事で、その呪それぞれに対応した仏、神様がいらっしゃいます」
マユ姉ぇが続けてフォローしてくれる。
「リタ様の魔法がドイツ語なのと同じで、言葉がどこの言語なのかはたぶん大きな意味は無いと思います。この国独特の呪として普段私達が使う言葉でのものもありますしね。この国には「言霊」といって言葉には霊、力が宿っていているという教えがあります。たぶんどの言語でも力を込めて意味を持たす事で世界に影響を与える事が可能なのでしょう」
〝でも、魔力が薄い世界で良く効果を出せますね〟
「それは持っている力を修行で強めたからですわ。という事は、私が魔力の多いリタ様の世界に行けば「無敵の魔法使い」になるんでしょうか?」
〝……そうかもですね〟
一瞬、姫様が返答に困ったように見えたのは気のせいではあるまい。
マユ姉ぇが魔王……、うん考えないでおこう、怖いから。
しかし、俺でも向こうでなら英雄になれる可能性があるんだ。
いや、変な事考えないでおこう。
異世界でチートなんて危なっかしいったらありゃしない。
手に入れた力で異世界チート作品があるけれども、大抵はチートの使い手が善良で悪用しないからいいけど、それは物語だから大丈夫なだけ。
善良なはずの人間がチート能力を手に入れて破滅に向かうのは、「死のノート」とかでも語られている通り。
自分本来の力をちゃんと把握せずに強大な力に魅入られたら、滅びるか魔に落ちるしかないだろうから。
まあ、最悪姫様の世界へ戦いに行く事もあり得るから修行しておくに越した事はないけどね。
◆ ◇ ◆ ◇
お彼岸になった頃、マユ姉ぇの旦那様、ナナの父親の正明さんが急遽帰国してきた。
それはリタ姫様の取り扱いについての事が理由である。
「お父さん、お帰りなさい」
「貴方、長旅お疲れ様でした」
「うん、ただいま。ナナしばらく見ない間に大きく、綺麗になったね。マユさんもいつも美人だね」
正明さん、確かアラフォーくらいの年齢。
心臓外科の名医として名を馳せていて、今はアメリカで武者修行中。
マユ姉ぇとお似合いのナイスミドル。
「お父さんだいすきー!」
「貴方、お風呂にする、それともご飯、それともまさかワ・タ・シ?」
二人とも久しぶりに正明さんと会ったとはいえ、盛り上がりすぎ。
ナナは正明さんに抱きついている。
マユ姉ぇに至れば、アレ娘がいる前で言って良い台詞じゃないぞ。
後からベットの中ででも囁けよ。
「うぉほん」
俺の咳払いで正気に戻ったマユ姉ぇ、
「あら、私としたことがハシタナイわ。貴方、今回ご無理を言ってごめんなさいね」
「いや、僕もそろそろ一時帰国しようとは思っていたし、ナナがアメリカに来るかもって休暇自体は申請済みだったんだ。で、彼女が例の姫様ですね」
正明さんは姫様をじっくりと見る。
まさか、友人がロリ医師だったけど大丈夫だよね。
〝念話、聞こえていますか?〟
「はい、聞こえてますよ姫様」
〝お初にお目にかかります、ご当主様。私はリタ・フォン・エスターライヒと申します〟
〝世界を追われた亡国の私を、この家の方々や数多くの方に助けて頂けたのも、全てはご当主様がいらっしゃったからだと聞いております。ありがとうございます〟
「Danke」
「いえ、事情は妻から聞きましたが大変だったのですね。僕は大丈夫ですから、姫様が宜しければ何時迄も当家に滞在していただいてかまいませんので」
正明さんは姫様の念話を自然に受け入れて色々と話している。
「なるほど、ドイツ語を魔法用語につかっていらっしゃるんですね」
流石エリート正明さん、今度はドイツ語で姫様と色々お話している。
なんか楽しそうに盛り上がっているけど、マユ姉ぇやナナが嫉妬しない程度にしておいてね。
二人の会話が一息ついたところでティータイム休憩。
マユ姉ぇと、普段は手伝いもしないナナが正明さんに良い顔したいからなのか手伝いに台所に行った。
そこで俺は予てから気になっていた疑問を正明さんに聞いた。
「正明さん、少し言いにくいかも知れない事をお聞きしますが良いですか」
「なんだい、コウ君。今更気を使う仲でもないだろ、良いよ」
「実は、正明さんが海外へ長期出張しているのは、この家の百鬼夜行状態が怖かったからでは無いかと思っていました。しかし、姫様の念話とか魔法を自然に受け入れている正明さんを見ていて、それは俺の勘違いだったのではないかと思ったんです」
「なるほどね、確かにこの家から逃げたと見えない訳でもないよね。でも、もちろん違うよ。だってマユさんのことは病院勤務時代から知っているんだから、この現状を知らない訳はないでしょ。僕はマユさんの事全部愛しているんだ」
正明さんは真剣に俺の疑問に回答してくれた。
「だから本当は早く帰国したいんだけど、向こうで沢山の人を救えたし、沢山勉強も出来た。後もう少し勉強して、マユさんの自慢できる夫、ナナの誇れるパパとして帰国したいんだよ」
ああ、この人はとても立派だ。
立派過ぎて俺の下種な想像をはるかに超えたところにいるよ。
「失礼な事を聞いてしまってごめんなさい」
俺は、本心から正明さんに謝った。
「いやね、君の方がマユさんとも付き合いが長いだろうから、マユさんの恐ろしさは身に沁みているよね。怒らせたら大変だもの。だから変な心配してしまうのも分かるよ」
苦笑する正明さんだが、俺は最近身を持って良く知っている。
「ハイ、マイニチ、コマッテイマス」
棒読み台詞になるのもしょうがない。
そこから二人して爆笑してしまった。
思考は読めるものの、意味が図りかねていた姫様は首をかしげていたけど。
「あら、二人して何笑っているの? 仲いいのは良いけど」
当のマユ姉ぇは不思議そうに笑っているけど、まあいいか。
「そういえばお父さんが帰ってきちゃったから、ボクアメリカ行けないんじゃないの?」
「そういえばそうね。でもナナ、リタ様放置してアメリカへ行けたの?」
「う、リタちゃんのこと気がつかなかった。パスポート無いからリタちゃんとは一緒に外国へは行けないよね」
「しょうがないね。じゃあお父さんが皆を国内のどこかへ旅行へ連れて行ってあげよう」
「ホント、お父さん」
「ああ、ネズミさんランドとか、ウソエスジェーランドとか、どこでも良いよ」
「じゃー、ネズミさんシーとランドに行きたいよー」
〝どういう事なのでしょうか〟
「リタ様、私たちと一緒に遊びに行きませんかという事です」
〝宜しいのですか? 家族団らんの中に私が入ったら邪魔になりませんか?〟
「リタちゃん、細かい事は気にしなくていーの。ボクはリタちゃんとも一緒に行きたいの!」
とりあえず万事安泰だな。
なお、結局俺も無理やりに近い形でネズミさんランドへ連れて行かれて荷物持ちとして岡本家のお役に立てたとさ。
これにて第二章日常編終了です。
次からは派手なアクションシーンを含む退魔物となっております。
では、第三章をお楽しみに。