第10話 康太の日常:その3「戦略と戦術」
「リタ姫ファン倶楽部」の悪巧みが行われた翌日、俺はマユ姉ぇに頼んだ。
「俺はもっと強くなりたいし、姫様のお役にも立ちたいんだ。どうしたらいい?」
これを聞いた時のマユ姉ぇの顔は、そりゃ凄いものだった。
嬉しさと面白さと怖さが同居したような顔なのか、アレ。
「じゃあ、コウちゃん。今から『コウちゃんパワーアップ計画』立案するから、計画が出来たらそれを実行してね」
この時点で気が付くべきだったんだ、到底普通じゃない計画だという事に。
あまりに鈍感であった俺は、普通に大学に行って授業や研究作業を行って、夕刻には久方ぶりにゲームサークルに顔出しをした。
◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあ、攻撃宣言する。攻撃するのは、コイツとコイツで」
今は、二人だけの部室でTCGでの対戦中、俺の攻撃ターンだ。
「では、攻撃宣言に対応して呪文をプレイ。これでこのターンの攻撃は無効化しました」
「うむ、じゃあ手札からもう一体呼び出してエンド」
こいつが俺の切り札君、こいつなら攻撃が通るはず。
「では、僕のターン。全体破壊呪文をプレーしまして、エンド」
うぎゃぁ、俺の軍団がぁ!
俺の盤面はきれいさっぱり無人の野となった。
「俺のターン……、何も出来ないのでエンド」
手札を使い込みすぎて、攻撃手が居ないよぉ。
「では、僕のターン。大型飛行体を手札から出してエンド」
あれ、生き残ったら死ぬぞ俺。
「エンドに対応して、その大型君を破壊呪文で……」
「それは打ち消させて頂きます」
う、万事きゅうーす。
「では、俺のターン……。もう間に合いません、投了です」
俺の右手は、光らなかったらしい。
「では、総合成績2勝1敗で僕の勝ちでいいかな、コウ」
「ああ、しゃーない」
「コウ、手札を使い込みすぎだし、攻めるターンと守るターンの見極め甘いよ。切り札をあそこで出すのは絶対ダメ。こっちがコントロールデッキだと分かっているのなら、物凄く早く出すなり、全体除去後に出すなりしないとダメだよ。これは現実の戦いでも一緒だよ。コウは攻め焦る癖があるから、もっと落ちつかないとね」
はい、おっしゃるとおりです。
この間の「実戦」では姫様からの助言があったから焦らず戦えたけど、自分一人だと正直勝てなかった気がする。
俺がTCGで対戦していたのは、マサト。
前にも話したとは思うけど、俺の友人で姫様の秘密も共有している仲だ。
「今日は他の面子がいないから話せるけど、無闇に悪魔なんかに突っ込むのだけは止めてよね。コウは落ち着いているようで結構抜けているし、慌てん坊なんだから。せめてTCGくらいでは落ち着いてプレーしないと」
全て事実なだけに何も言えません。
TCGのプレースタイルって案外その人の性格や思考が出る。
これは多分将棋や囲碁でも同じだろうけど、対人ゲームというのは言わば実戦のシミュレーション。
というか、将棋や囲碁はそういう面から進化してきたものだね。
なので、同じくTCGでも同様の傾向が出る。
俺が得意なのは、小物を高速展開して速攻で勝つデッキ。
方やマサトが得意なのは、とことん場と手札を掌握して勝つコントロールデッキ。
こういうところにもお互いの性格が出るんだろう。
でも友人としてはお互いに無いものを求めるから仲良くいられるのかな。
まあ、俺もそうだけどマサトもいい加減お人好しだし。
「そういえばマサト、例の石の分析結果でたのかい?」
俺は遺跡から持ち帰った石の断片の分析をマサトにお願いしていた。
「アレだけど、バレない様に他の分析にこっそり混ぜているから、まだ完全な分析できていないよ。中間結果で良いのなら出せるけど」
「それで構わないから教えて」
「アレだけど、まず放射性は幸い無いよ。良かったね、常時身につけているものから放射線出てたらコウ死んでたよ」
おい、怖い事言うなよ。
でも考えてみたらその通り、放射線をずっと身近で浴びてたら死が近づく。
ピカピカ光る廃棄物身体に塗って死んだブラジルの事件とか、ウラン溶液が臨界した時に中性子浴びて死んだ事故、確か「デーモンコア」というプルトニウムを弄ぶような実験していて死んだ事故などは俺でも良く知っている。
「それは良かったよ。そういえば遺跡が起動した際の光も青くなかったし、オゾン臭も無かったから、アレはチェレンコフ光じゃなかったんだ」
空間を光速以上で物質が通ると「光の衝撃波」が発生して青白く光る。
これがチェレンコフ光、空気中や水中では真空よりも光が飛ぶ速度が遅くなるので、光速以上の速度を出すモノが起こりえるんだそうだ。
「だから、コウも姫様も大丈夫という事だね。次ぎの報告行くよ」
「ああ」
「放射光分析は流石に無理なので、表面X線回析やった結果だけど地表で見られる石とは屈折パターンが違っていたよ。詳細を見るなら単結晶や粉末で調べたいんだけど、結晶は無いし粉末化しようにもアルミナでは削れないし、窒化ホウ素でも少ししか削れなかったしで時間がかかる上にバレたらややこしくなるので無理」
X線回折とは、マサトの説明によると物質表面にX線を当てると表面原子の電子雲でX線が回折といって反射するそうで、反射の具合で物質の成分やら構造を調べる方法。
SPring-8等の放射光も同じ原理だけど、光子のパワーが桁違いなんだそうな。
しかし、ルビーと同じアルミナが勝てないんじゃ、ダイヤモンドと同クラスの硬さなのかよ、この石。
「後、王水で溶かしてみたけど、殆ど溶けないね。溶かした溶液のICP-MSの結果だけど、妙に重い元素があるっぽい。標準物質が無いからざっとした結果になるけど、超ウラン元素以上の重さのものがあるみたいだよ。けど、ウチの機械の計測質量数以上だからあくまで仮説」
ICP-MSとは、マサトの説明によると物質をアルゴンとかの超高温プラズマ(一万℃くらい)で分解、元素化してそれを原子質量数毎に仕分けして分析する方法だそうだ。
なので、物質内の各元素を同位体含めて調べる事が出来る。
「あれ、それおかしくない? 確か超ウラン元素って全部不安定で放射線だしていなかったっけ?」
普通、ウランとかは崩壊して別の原子に変わるときに放射線を出している。
「だから不思議、もしかしたら普通の放射線じゃなくてニュートリノとか未知の素粒子を出しているのかもね。まあ、ニュートリノなら殆ど何とも干渉しないから多分健康被害は無い……、と良いな」
「その最後の言葉はとっても怖いんですけど」
「本当にニュートリノを大量に出しているとしても、カミオカンデとかに近づかなきゃ分からないよ」
結局、石については「未知のもの」以上の結果は分からなかった。
「空間を超越しているんだから、多分重力子とかは出ているんだろうね。これ以上の考察は僕の専門外だから、調べたいのなら理論物理学者とか味方につけてね」
「ああ、しかし無理言って悪かった。この借りは何らかの形で……」
「じゃあ、まず今度姫様を紹介してね。それと晩飯一回焼肉でとTCG新規セットを一箱と……」
こいつも「リタ姫ファン倶楽部」候補かよ。
あと、焼肉と新規セット一箱って、日本国発行の福沢諭吉カード二枚分くらいなんだけど……
この後、俺は家に帰宅して、出来上がっていたマユ姉ぇの計画に驚愕し、後悔したんだ。
筆者の私もTCG(Magic The Gathering)を遊んでいますが、猪突猛進しちゃうので押している時は良いけど、負けていて辛抱しないといけない時にも突っ込んでしまって負けたりします。
精進が足らないなぁ。
一応、メーカー認定ジャッジ(審判員)だけど、オバカだもん。
後、小説内で書かれた分析機器は全てリアルにあります。
私も仕事で、いくつかは使っています。