第1話 康太の大変な一日:朝「始まりの朝」
新たな物語の始まりです。
では、コウタの女難溢れる冒険、ご堪能あれ!
俺、功刀康太は今とっても困っている。
腕の中には、裸の幼いエルフ耳美少女、目の前には如何にもな姿の悪魔。
なんでこんなテンプレな場面になっているのか、それは俺が一番知りたい事だ。
「こんなの、ありえねぇ――!」
◆ ◇ ◆ ◇
「コウ兄ぃ、起きてよ。もーすぐ昼だよ」
昨夜遅かったんだから、もう少し惰眠を貪らさせてくれよ。
「コウ兄ぃ、今日はボクの夏休みの宿題、手伝ってくれるって約束だったよね、早く起きてよー!」
だから、もう少し眠っていたいんだって。
「しょうがない。じゃ最終手段ね」
ピョン。
ドスン。
ぐぅぇぇ、寝ている人の上にダイブする女子中学生がどこに居るんだよ。
「これで起きなきゃ、ボクお布団剥ぐってパンツのテント具合見ちゃおうかな」
ナナ、それは乙女が決して言ってはならない台詞だぞ。
「う、起きたから、退いてくれないか、ナナ」
「あ、やっと起きた、コウ兄ぃ。おはよう、じゃないか、こんにちは?」
「疑問形であいさつするんじゃない、こういう場合でもおはようで良いんだよ」
俺の腹の上で座っている女の子は、岡本奈々、中学一年生の12歳。
俺の母方の従妹で、小さいときから妙に懐かれてしまっている。
元気一杯、身長140cmあるかどうかの小柄なボクっ子。
長い黒髪をツインテールにし、重ね着したTシャツ、今時のホットパンツにニーハイソックスの脚で俺の腹を挟んでいる。
これがもうちょっと「お姉さん」ならご褒美なんだろうが、胸も年齢相応より小さめ、色気よりも食い気の幼い従妹相手に欲情するのは間違っている。
ああ、間違っているけれども早く腹の上から退いてくれないと、その細いけど夏なのに真っ白くて眩しい太ももが、実に目の毒だ。
「お母さんが、そろそろコウちゃん起してきてって言ってから来たの。それとボクの宿題ね」
「マユ姉ぇが言うならしょうがないな」
ナナの母親、マユ姉ぇ、岡本真由子は俺の母さんの妹。
俺の確か10うん歳年上のはず、昔から歳の事は聞いたら怒られたし、幼いときに叔母さんって言ったら、酷い目にあった。
血縁からしたら叔母なのは事実なんだけど、俺が生まれた時にマユ姉ぇはまだ中学生くらいだったから、今思えば怒るのもしょうがない。
「お母さんお昼ご飯も準備しているから、コウ兄ぃは早く顔洗って母屋に来てね」
「ああ。そういえば、どうやってナナは玄関の鍵開けたんだ?」
「お母さんに頼んでマスターキー借りてきたよ」
「おい、いくら親戚とはいえ店子に無断で玄関の鍵貸すのかよ!」
「だって、絶対コウ兄ぃ玄関で叫んだくらいじゃ起きないから実力行使しないといけないんだもん」
今更可愛っ子ぶっても遅い、というか腹の上から早く退け。
そりゃマユ姉ぇは年齢不詳、どーみてもアラサーの超美人だし、その娘のナナだって十二分に可愛い。
でも小柄とはいえ女の子一人を腹の上にずっと乗せているのは、いい加減重いんだぞ。
「まず、俺の腹の上から退いてくれないと何も出来ないんだがな」
「ありゃ、ごめん。ん? あれ、また変なモノ拾ってきたの? 水に漬けているなんて、もしかして霊関係? でも、何も見えないけど」
ナナは、水(正確にはお清めのための塩水)に漬け込んでいるビーカーの中の石に気が付いたようだ。
この石、直径5cmくらいの楕円形で真ん中に1cmくらいの穴の開いたドーナツ型の虹色のモノは昨晩の仕事、国道工事現場で拾ってきた。
「あれか、昨夜はいつもの霊がらみの仕事があって、そこで拾ったんだ。詳しい場所は守秘義務があるから言えないけど、とある国道に事故多発地帯があって、そこの改良夜間工事をするから御払い頼むって教授から頼まれて行ったんだよ。そうしたら国道に雑霊がうようよしていて、そこの中心にコイツが埋まっていたという訳なんだ」
俺は、とある国立大学の大学付属考古学埋蔵物研究センター内の大学院で学んでいる学生、今年23歳になる。
専門は、青銅器や鉄器について。
ただ、ちょっと普通の人と違っていて「霊」が見える。
後、少しだけど密教系の御祓い術や御札も使える。
考古学や民俗学とか学んでいると、表立って言えないもののオカルトがらみの案件は結構多い。
なので、俺はそういう関係の便利屋として大学側に重宝されている。
今回の案件は、国道の工事を行う土木業者が教授を通じて俺の事を聞きつけ依頼してきた。
あまり知られていないかもしれないが、土木業者と考古学、特に埋蔵物とは非常に関係が深い。
どこかで地面を掘りかえしていたら、遺跡跡や土器が出てきて大発見とかいうのは良くある。
しかし、これをいちいち役所に報告していると、発掘調査の期間は工事ストップになる。
奈良や京都だと掘ったら必ず何か出るって話だ。
これを嫌がって何も見なかった事にして工事を続行する土木業者も結構多い。
なので、いつも律儀に報告してくれる土木業者は埋蔵物研究センターの教授にとって大事な存在、その大事な存在から頼まれれば教授も嫌とはいえず。
そして俺は教授に大きな恩があり、更に結構なお金になるとすれば、俺が拒む理由はどこにも無い。
事前に見た感じでは、そう大きな霊も居なかったので楽勝仕事だと思ったし、工事が明け方までかかった以外は美味しい仕事だった。
「そりゃ清めているんだから何も見えないだろう。 第一、俺が祓えないクラスのモノをナナやマユ姉ぇの近くに持ち込まないぞ」
ナナはもちろん、マユ姉ぇも「見える」人。
伝え聞く限りでは、昔マユ姉ぇは今の俺なんか足元にも届かないレベルだったそうだ。
ナナを生んだ辺りから「力」が弱まったと本人談だが、どこまで信じていいのか怪しい逸話が沢山有る。
「それはさておき、早く腹の上から退いてくれよ」
「あ、ごめんね、コウ兄ぃのお腹の上って案外居心地良くって」
「おい、俺は太っていないぞ。そりゃ筋肉ムキムキじゃないけど」
「はいはい、そういう事で。それじゃ向こうでね」
そういって、ナナは飛び跳ねるように俺の腹から飛び出して、そのまま玄関から出て行った。
◆ ◇ ◆ ◇
俺の両親は、俺が3歳くらいの頃に交通事故で二人とも亡くなっている。
俺が保育所に行っている間の事故だったそうだ。
事故やその後の事は、あんまり覚えていない。
マユ姉ぇにしがみついて大泣きした事だけは今でも良く覚えている。
両親の事故後、俺を引き取ってくれたのが、母方の祖父母。
じーちゃん、ばーちゃんには幼いときに病気で亡くなった長男がいたらしく、生まれたときから俺は長男の生まれ変わりみたいだと思われていたようだし、事故後は娘の忘れ形見として大事に育ててくれた。
マユ姉ぇやカツ兄ぃ(秋山勝也 マユ姉ぇの兄、母さんの弟、つまり俺の叔父さん)にもずいぶん可愛がってもらった覚えがある。
今、俺はマユ姉ぇの旦那様の正明さん、心臓外科医で現在は勉強の為アメリカに長期海外出張中、の実家が所有するアパートの一室に暮らしている。
中学生女子になったナナと俺が同じ家で一緒に暮らすのは流石に問題がある、しかし女性のマユ姉ぇ達二人だけにしておくのは無用心だ。
ということで、今も元気だが老齢のじーさん、ばーさんからの頼みでマユ姉ぇの家の隣にあるアパートで俺は暮らしている。
マユ姉ぇや正明さんは、タダで住んでもらってかまわないと言ってくれているが、俺にも男の意地やプライドというものがある。
なので、家賃満額には足りないが格安家賃というお互いの「落としどころ」で住ませてもらっている。
しかし、何かと「ご飯食べに来てね」とか「これ、一杯もらったから、コウちゃん食べてね」などなどお世話になっているのも事実だ。
いつかお返しにと高額なお歳暮を送ったら、マユ姉ぇはプンプン怒って、
「こんな事するくらいなら、自分の為に使いなさい!」
って言ってくれた。
ホント、ありがたい話である。
なので、俺は例え寝不足でもナナの夏休みの宿題の手伝いはしなくてはならないのだ。
後、ナナがまた拾ってきたと言っていたけど、俺は時々気になったものを持って帰っている。
今も部屋においてある陶器の破片とか、銅鐸の一部など。
昔使っていた人の思いがいい意味で残っていて、かつ文化財的に価値があまり無いものを持って帰ってきては眺めている。
まあ、大昔に拾ってきてはならないモノ付きで持って帰ってきてしまい、マユ姉ぇから怒られるは、処分するための修行だといって滝行や修験道の修行場とかに放り込まれたりしたけど。
「そういえば、あの時マユ姉ぇ、ヤバイの自分で祓ってなかったっけ?」
考えるだけムダかな、マユ姉ぇのデタラメさは。
「さて、顔洗って着替えてマユ姉ぇの顔見に行きますか」
後から思えば、これが俺の運命を大きく変える日の朝(?)だった。