第4話 悩める二人の再開
lotus
しまった。弦が切れた。ストレス発散の為に精神的な力任せで激しい系のフレーズを作ろうとガシガシ弾いていたらいつの間にか肉体的にも力が入っていたらしい。ギターを弾く上では力を抜く、という事は基本的に当たり前で必須の事である。少なくとも俺はそう認識している。力の入れ方、弾き方で弦の寿命は大きく変わる。
いつも通り実りの少ない学校生活を休日まで送り、今日は土曜日。よく知らない先輩にバンドを誘われた事以外、本当に何をしていたかも思い出せないような一週間だった。弦が切れて家でギターが弾けなかったから打ち込みだけで良いフレーズでも作れたりしないかと思い健闘したが、それっぽくはなってもどこか違う。納得がいかない。またいつか再利用できるかもしれないから一応データはとってあるが、ま、二度と開くことはないだろうな。
俺は新しい弦を買うために楽器屋に行くことにしていた。昼までには帰りたいから少し早めに起き、軽く用意をして駅に行った所までは良かったんだが。
改札を通りホームまでの階段を降りると、なんとそこには我が家庭教師様がいるではありませんか。
思いも寄らないところで知り合いに会うと気まずくなったりするが、例に漏れず今回も一瞬声をかけるのを躊躇ってしまった。しかし楓はいじっていたスマホから顔をぱっと上げて俺の方を見た。目が合ってしまう。いや語弊がある、俺は決して楓を避けようとしていた訳では無い。
楓は少し驚いたような顔であっという声を漏らしたが、予想通りすぐに笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。どういう顔をすればいいか分からないが取り敢えず片手を上げておく。
「蓮が駅にいるって珍しいね」
「自転車圏内に楽器屋があればいいんだがな。何でここら辺楽器屋無いんだろ」
そう、俺が住んでいる近所には楽器屋がない。全く不便なことこの上ない。最近は通販を使うことも増えたが、今日はピックも補充しておきたかったし、通販だと逆にめんどくさいからわざわざ電車にまで乗って楽器屋を目指しているのだ。
「ふふ、じゃあ行き先近いね!一緒に行こ」
「楓は何しに行くんだ?」
「ちょっと欲しい物があってね」
楓は心底楽しそうに話す。
「付き合うつもりは無いからな」
「分かってるよ〜私が勝手に蓮について行くだけ、それでいいでしょ?」
「あ、電車くるぞ」
適当にはぐらかし、否、電車が来たので一旦会話を中断する。
そこから俺達は電車でも適当に話し、割とすぐに目的の駅に着いた。本当は音楽を聴きながら新しい曲を考えたりしたいのだが、流石にそこまで楓を邪険にすることはできない。 電車から降り、楽器屋を目指す。駅からはそんなに遠くはない。また他愛のない話をしながら歩いていたら程なくしてその楽器屋が見えてきた。
―――あれ、何か様子がおかしい。
「ありゃ、閉まってるね」
楓が言った通り、いつも行っていた楽器屋が今日は何らかの事情があって休みらしい。困ったな。
「これはもう通販で買うしかないか」
溜息をつき、踵を返そうとする。
「近くに他の楽器屋あるよ」
なぬ。
「そうなのか?場所は?」
「ばっちり!付いて来なされ」
楓が自信ありげにマッチョポーズをとる。
「じゃあそっちに行ってみるか」
ここまで来て収穫なしで帰るのは惜しい。知らない楽器屋に行くのはあまり気が乗らないが、楓もいるし付いていくことにする。
また2人で並んで歩き始めた。
「結構小さめのお店っぽかったけど雰囲気は悪くなさそうだったよ」
「へ〜そうなのか」
楽器屋はひとつしか行ったことがないから善し悪しなど分からない。店のインテリアとかの雰囲気か?
「ほらここ」
また程なくして楓がビルの一階にある楽器屋を指さす。確かにあんまり大きくはないが、入りにくい雰囲気もあまりない。
「んじゃー俺行ってくるけど」
そこまで言ったら楓は俺が何を言いたいのかわかった様子で、
「うん、私は目的の物を買いに行くよ。じゃね〜」
と言った。普段は距離感が近い気がするが、こういう時はちゃんと弁えてる。正直ありがたい。
「おう、ここ教えてくれてありがとな、助かった」
楓は少し驚いた顔をしたがすぐに微笑み、うんとだけ言って去っていった。
驚かれるのは仕方ないとは思うが少し失礼な話だ。無愛想を極めていると言っても俺は礼儀がない訳では無いし、別に人嫌いな訳では無い。不必要なやり取りや馴れ合いをあまり好まないだけだ。俺は何かを助けてもらった時礼をしないほど恩知らずではない。確かに俺が礼を言う場面は少ないが、普段自分が礼を言うべきだと思えるシチュエーションが少ないからだ。
自分語りはここまでにしておいて早速楽器屋に入った。
中は割とすっきりまとまっている。小物系も種類が多い訳では無いが初心者用の安いものと少し値が張る本格的なものに分けられている。壁にはギターやベースが多くかけてある。
ストラト、テレキャス、レスポール、ジャズマス、ジャガー、ムスタング、SG、ES-335、PRS、フライングV……。
パッと見て分かるものだけでもかなり多くの種類が取り揃えられている。ベースの方は良く分かんないけど。
ギタリストなら入った瞬間絶対ワクワクする、魅力的な空間になっていた。ただ、ひとつ気になることと言えば。
「いらっしゃいませー!!」
―――このしゃがれてるのに元気いっぱいなおっさんの声。照明もインテリアも全体的に雰囲気がいいのに、これでは台無しだ。
「お、見ない顔だね〜うち初めて?」
この店は一見さんお断りなのかよと心の中でツッコミを入れつつ、
「はい、弦を買いに来ました」
と言い、いつも買ってるやつを少し探して手に取る。
「お、それを選ぶとはお目が高いな!」
そうなのか?昔何となく直感で選んだコーティング弦を使い続けている。あまり比べた事は無いが使ってて文句はない。持ちもいいし。
ピックもいつも使ってるやつを3枚適当に選び、さっさと会計を終えようと商品をレジに置いた時、店の扉が開いた。入口までが割と近いから音で分かるがもっと単純な方法で知ることが出来た。
「いらっしゃいませー!!」
レジ前に客がいるのにこのおっさんは。客を驚かしてどうする。
「ちはーっす!」
負けず劣らずの元気な声。このおっさんと仲が良いんだろうなと分かる、親しみがこもった声だった。ただ、なんとなく聞いたことがあるような。
「すいませんこのギター弾きたいんですけど」
「ああ、いつも通り弾いていいよ」
「あざーす」
そこまで自由にしていいのか。よっぽど信頼されてるのか、店の方向性なのか。後ろからギターを取りシールドとアンプにつなぐ音がする。
そうしている間に会計が終わった。いつも買う店より少し安かったから、今度からここの店を使うのも悪くないかもしれない。
「ありがとうございましたー!!」
最後まででかい声で挨拶する店主を後に、店を出ようとする。
―――その時、鳥肌が立った。
最初は普通に聴き流していた。だが少しずつ、少しずつ、耳を傾けてしまった。
そして今、鳥肌が立ったのだ。
何だこのフレーズは。
キャッチーでありながら他では聴かない独得な雰囲気を持つ。基本的に疾走感を感じさせながらどこか切ない雰囲気もあって、とにかく聴く者を魅了するフレーズだった。そして何より、自分が求めていた理想のフレーズそのものだった。
思わず、ずっと見ないようにしていた、ギターの試奏をしている人の方に行ってしまう。試奏をしていた者は、思わず手を止めてしまった。
「あの、何か………ってあれ?」
「あ………」
そこには、楓にぶつかり、楽器をやっているか訊いてきた、あの時の先輩が座っていた。
やたら改稿してるのはダッシュがこれ―とこれ—どっち使えば綺麗になるか全く慣れないからです。