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Hemiscrub  作者: なしえそ
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第3話 気づかれた悩み

lotus


いつも通り、一軒家の賃貸のドアを開ける。小さすぎず大きすぎず、古すぎず新しすぎず、「普通」の2文字が良く似合う、ただの家だ。鍵はかかっていない。これもいつもの事だ。

「ただいま」

返事はない。が、勿論人がいない訳ではないし、中の人が反抗期で無視をしている訳でもない。

「あ、お兄ちゃんおかえり」

栞は洗い物をしていた。水道の水の音は案外大きい。テレビの音が掻き消されて聞こえない、なんてことは日常茶飯事だ。

「おう、ただいま」

聞こえてなかっただろうからもう一度言っとく。

「今日夜ご飯何がいい?」

こういう問にはついつい何でもいいと答えてしまいがちだが、質問者が求めているのは具体的な回答だ。だから、俺はいつも具体的に答えるように心掛けている。

少しの間考えて、

「サツマイモの天ぷらがいいな」

と答えた。帰り際に石焼き芋のトラックがあのお馴染みの歌と共に走っていたから、ふと食べたくなったのだ。

「え〜サツマイモは今無いよ?かき揚げとかでいい?」

「ああ」

残念。とは思うが、態度には出さないようにしよう。うん。

俺は逃げるようにして自室に入った。

部屋の奥にはギターが1本スタンドにかけられている。その横には机と椅子がひとつずつ、そのまた隣には小さいアンプ。机の上にはパソコンとオーディオインターフェースが繋がれてあり、インターフェースにはギターのシールドとヘッドフォンが繋がれている。

簡易的な作曲、レコーディングスペースだ。

聞くだけだと立派だと想像してしまいそうだが、それ以外には学校の教材や多少の本が入ってる本棚と服が入ってるタンス、ベッドしかない殺風景な部屋だ。

部屋に入って早々パソコンを開き、昨日投稿した曲、『トンネル』の動画ページを見る。再生数は、約13万回。1日でこの伸びは、かなりの人気を誇っている証拠だがそんな事はどうでもいい。いやどうでも良くは無いが今気にしてるのはそこではない。

動画を再生する。聴き慣れたイントロと同時に、数々の賞賛のコメントが流れ出す。そのコメントを見逃さないように全部読んでいく。

―――今回も問題なさそうだ。

1番が終わった所でそう結論づけようとした矢先。1つの気になるコメントが流れた。

『最近の曲似てるよな』

脳天に何かが貫くような感覚が走り、鼓動が急に早くなる。息が上がり始める。

このコメントを発端に、

『確かに』『ここ何曲かどこと無く似てる』『ギターの癖がワンパターン』

などの同意コメントがちらほら流れた。擁護コメもあるが、そんなのは目に入らない。

パソコンの電源を切る。嫌な汗が背中を伝った。

―――自分でも分かっていた。最近はそれがバレないように必死に誤魔化して、誤魔化して、誤魔化して。如何に表現するかじゃない。如何にワンパターンにならないか。そんなことばかり気にして曲を作るのは、全く楽しくなかった。

着実に増えるファンと、再生数。それに伴い、のしかかってくるプレッシャー。広告やCDが家計を助ける大きな柱となっている今、不調を訴え作曲を休むわけにもいかない。作り続けなければいけないのだ。なのに上手くいかない。上手くいかないのに作らなければいけない。作れば作るほど、自分の曲に苦しめられる。悪循環も甚だしい。

だが、これまでは聴き手に何も指摘されなかった。少なくともエゴサした範囲では。誤魔化しが通用していたのだ。

「どうしたらいいんだよ………」

小さく発せられたその問に応じる者は、勿論いるはずもなかった。


orange


えーっと、何だったっけか。誰かを調べようとしていたのは覚えているのに、肝心な名前が出てこない。「ほら、あれだよあれ」状態だ。英語だった気がするんだけどなあ。いや知らない単語だったな。英語ではないかもしれない。アルファベットだった。しかし全然名前が出てこない。ここまで来てる。ここまで来てるんだ。だけど思い出せない。

こういう時は一旦その事は忘れて、リラックスするべきだな、うん。一旦考えるのを止めてしばらく経ったら思い出すことが出来た、というパターンは極めて多い。

よし、いつも聴いてるバンドのMVでも見よう。

いつも聴いてる大好きなバンドの曲の中でも、あんまり聴かない方の部類に入る曲のMVを検索し、再生する。

あーやっぱりいいな。そこそこの人気はあるのに、所謂売れ線の曲を殆ど作らない。この4人が奏でる音楽はいつも独特な雰囲気を持っていて、歌詞に込められた世界観は聴くものを魅了する。たまに怖いというか、えぐいというか、恐ろしいというか、という曲もある。しかし、どれもたまらなくかっこいいのだ。更に、普段売れ線の曲を作らないからこそ、たまーにある売れ線、といっても勿論他にはない雰囲気を少なからず持っているが、言い直すと売れ線風の曲はものすごく爽快でかっこいい。

「あー、俺もこんなバンド組んで食っていきてー」

こんな声が自然に漏れてしまうほど、俺はこのバンドを尊敬していた。

聴いていた曲が終わる。次は何を聴こうか。関連動画を適当に眺める。うーん、今の気分は何だろう。あれ?

「あ、思い出したこれだ!」

そこには、さっきまで探していたアーティストの曲があった。そっか、lotusとかいう名前だったか。どう読むんだろ。ろつす?

迷わずに再生する。曲名は、トンネル。

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