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Hemiscrub  作者: なしえそ
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第2話 悩める二人の初邂逅

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楽器屋へ行った翌日の放課後。

ダメで元々な頼みではあるが、こうも脈が無さすぎると流石に凹む。友達は多い方だと思う。その友達に総当りして訊いてみても未だに1人も候補者は現れなかった。

「あ〜、悪いけど俺も楽器やってないし歌も上手くないし、バンドはちょっと…。ほんとごめんっ!!」

これで振られるのは今日何人目だったっけ。

「いやいや全然大丈夫!そりゃこんな時期からバンド組む方が無茶な事だしな、しょうがないよ。知り合いとかにやれそうな人はいない、かな?」

「いるにはいるけど…」

「マジっ!?誰?」

食いついた俺に対し、友人は少し口篭り言いにくそうな様子だ。

「軽音部の…やつなんだけど…」

途端、自分でも分かるくらい表情を曇らせてしまった。

「そ、そっか!その人にも当たってみるよ。ありがとな。それじゃ」

俺はその言葉を残し足早に去る。

「お、おう…」

少し申し訳なさそうな、憂いを含んだ返事が後ろから僅かに聞こえてきた。

周りに人がいなくなった事を確認して、軽く溜息をつく。

やっぱりいないもんだよなぁ。

2年生の秋、今から来年の夏の大会を目指すというのはつまり、受験生である3年生の夏まで勉強に集中出来なくなるという事だ。この学校はガリガリ、とまでは行かないまでも殆どの生徒は大学進学を目指している、所謂進学校である。少なくとも同学年に今から「Rising Festival」を目指してバンドを組んでくれるやつはそうそういない。

となれば、候補は必然的に下級生に限られてくる。今は部活に入ってない俺にとっては同級生には顔が広くても、下級生に知り合いなどいないに等しい。だから今日1日できる限りの同級生の知り合いにダメ元でお願いしたのだ。しかし、結果はご覧の通り、散々だ。そもそもギター、ベース、ドラムなどの楽器をやっている奴はほぼ全員軽音部に入っている訳だが、軽音部にはできるだけ関わりたくない。というか関われない。

「どうしたもんかなぁ…」

取り敢えず1年生の教室がある5階に行ってみよう。考えてばかりで行動しないなんて自分らしくもない。行き当たりばったりなのが自分の良い所でもあり悪い所でもあると、昔から周りに指摘され続けてるし、自分でも自覚している。

階段を半分上り、踊り場に差し掛かった途端。考え事をしていて周りが見えてなかったんだろう。

「きゃっ!」

「わっ!」

女の子にぶつかった。


lotus


「あいたたたた…あっごめんなさい!」

「あ、いえこちらこそすみません!」

「ちょ、楓大丈夫か?」

尻餅を搗いた楓に手を差し伸べる。

「うん、大丈夫。ありがとう蓮」

そう言って楓は遠慮なくその手を取り立ち上がった。ぶつかってきた相手は既に1人で立ち上がっている。

「あの、怪我は無いですか?」

楓が心配そうに訊くと、

「あぁ、全然大丈夫。ほんとごめんね」

「はい、それじゃ」

俺達が去ろうとした時、後から呼び止められた。

「あの、これ落としませんでし」

「っ!?」

言葉にできない変な声が出る。楓にぶつかってきた先輩はlotusの―――俺のCDを持っていた。

無言でひったくるように取ってしまう。

「あ、あの」

と相手はたじろぐ。

「このCDはこいつのです。こいつがぶつかってすいませんでした」

淡々とそう言い放ち、俺は軽く頭を下げ、すぐに踵を返す―――所だった。

「あ、えっと君、ギターかドラムかベースやって、ない?」

その言葉に肩が跳ねる。

「…やってません」

「今バンド組もうと思ってるんだけど、ボーカルとかでも」

「興味ありません」

「っ………じゃあ、知り合いとかに」

「いません。それでは」

「そっか…悪いね、呼び止めちゃって」

食い気味の3連問答の後、今度こそ踵を返した。楓は頭を軽く下げ、慌ててついて来る。


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「…やっぱだめか」

そうそう上手くいくことではない。分かっていたが、これからの苦労を考えると気分が重くなる。

それでも、Rising Festivalに出たい。諦めたくない。

気を入れ直して、八朔は残りの階段を駆け上る。いや、その前に。

「…あれって、誰だったっけな」

さっき見えたCDのアーティスト。聞き覚えはある気がする。

帰ったら調べてみよう。覚えてたら。

心の引っかかりに取り敢えず蓋をし、今度こそ残りの階段を駆け上がった。


lotus


「ねぇ、本当の事言わなくていいの?」

階段を降りきった後、昇降口までの廊下を歩きながら楓は右斜め下から覗き込むように尋ねてきた。

「…別に。バンドなんて組む気はこれっぽっちも無いしな」

「でも蓮はギター弾けるでしょ?歌も上手いし」

「ちょっと待て。俺楓の前で歌ったことあったか?」

思い出せる限りそんな記憶はない。人前で歌った事すらない気がする。クラスの合唱とか、行事での校歌でさえも真面目に歌ったことはない。

「むかーしね。小さい頃だけど」

「そんな昔の事なら宛にできんだろう」

「いやぁ、蓮なら歌上手いままでいてくれてるかなって」

「何だその謎の信頼感」

「それに、作曲してる人って大体歌も上手でしょ?」

「いや、それは偏見だぞ」

確かにバンドなどでは大抵ボーカルが作詞作曲をしているし、ボカロ曲を作っている人もセルフカバーをしたり自ら歌う曲でプロデビューしたりなど、作曲家が歌うケースは少なくない。しかしだからと言って作曲している人全員歌が上手いかと言われたら決してそんなことはないし、歌えない作曲家などこの世にごまんといるだろう。歌える作曲家が目立つからそればかり注目して数が多いと錯覚するだけだ。多分。

「そうなの?でも蓮は歌上手いでしょ?」

「だから何だよその信頼感」

「声聴いてたら分かるもん、何となく」

「…そんなもんか?」

「分かるよ、蓮の事だもん。私が蓮の事で分からないことなんてないよ」

「過大評価だ」

冷たくあしらう俺に、楓は頬を膨らませる。

「でも、あの人は軽い気持ちで言ってたんじゃ無かったと思うけどなあ」

「…分かってる。だからこそ、丁重にお断りしたんだ」

そう、あれは本気の目だった。決して冗談でも遊びでもなかった。本気なんだったら、尚更適当な気持ちで参加することなどできない。

「…あ、そういえば、お前のせいでバレるかもしれなかっただろ」

動転して忘れていたが、これは俺の、大きく言えば人生に関わる問題だ。

「な、何のことかなあ?」

ひとつ小さく溜息がでる。どうも、楓には強く怒れない。悪気もなさそうだから今回は軽めに済ませておく。

「もう学校には持ってくるなよ」

話しながら歩いてたらいつの間にかもう学校を出ていた。空は赤みがかり始める頃くらいか。家まで進行方向が基本西の為、太陽が眩しくて仕方がない。

「蓮」

少し歩いたところで楓に呼び止められた。

「やって…みたら?」

思い切って発せられたであろうその言葉は、同時に吹いてしまった突風にあらかたかき消されてしまった。

「すまん、よく聞こえなかった」

そう言ってまた歩き始めた。

本当は聞こえていた。聞こえないふりをした。

小走りで楓が追いついてくる。何を思って言ってきたのかは分からないが、その帰り道、もう同じ事を尋ねてくることは無かった。

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