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Hemiscrub  作者: なしえそ
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第1話 出会いは突然且つ定番に

orange


「いらっしゃいませー!」

客がいない楽器屋で、静けさと、おっさんの厳つい顔に不釣り合いな元気の良い挨拶が迎える。

「こんちわーっす!」

俺も店主に負けず劣らず笑顔で元気よく挨拶する。店主は俺の顔を見るとあからさまに、良い意味で、態度を崩した。

「おー八朔君いらっしゃい!今日はどうしたんだ?」

「いやー遂に弦が切れちゃいまして」

「今回は長かったなぁ半年くらい持ったんじゃないか?」

「6ヶ月と2週間です!」

「楽器屋的には切れる前に錆び始めた時点で変えろって言わなきゃいけねぇんだがなぁ」

店主は苦笑しながら頭をかいた。

「お金は節約する主義でして」

顎に手を当てて胸を張って応える。

「偉そうに言うことかぁ?まあいい、今回もコーティング弦?」

うーむ、どうしよう。悩むけど、もうここまできてバンドを組んだりすることはないだろう。夏休みも終わってるし。

「いや、今回は普通ので」

「…そうか、分かった。いつも通り1046だよな?」

「はい!」

店主は弦を手に取り、手馴れた様子でバーコードを読み取り始める。

「…ん?おっちゃん、これは?」

レジの端には青い空に入道雲、まさに夏を感じられるチラシの束が置いてあった。今の季節は秋、夏は過ぎ去ったばかりだと言うのに、このチラシは、夏に置いてきた何かを思い出させるように、ただひたすらに青かった。

「あぁ、それは『Rising Festival』っつーイベントで、来年初めて開催されるんだが、まぁ簡単に言いば10代限定のバンドコンテストだ」

「…10代限定のバンドコンテスト?」

チラシには、『集え!全国のバンドマンの卵たちよ!』と書かれてある。

理解するまで時間はかからない。刹那、電撃に打たれたような感覚に陥った。

―――出るしか、ないだろ。

「おっちゃん!やっぱりコーティング弦にしてください!」

「あ、そうなのか?ったくめんどくせーなー1,404円だ」

「あとこのチラシ貰っていいすか?」

訊くと、店主は嬉しそうに笑いながら言った。

「勿論だ。その為に置いてるんだからな」


lotus


10月。夏休みが終わって早くも1ヶ月が過ぎ、漸く残暑の野郎が落ち着いてくるかこないか、といった微妙な時期。体育祭も終わり、生徒は皆気を抜かしている。まぁ俺にとっては関係ない。行事があろうと無かろうと、季節がどうだろうと、そんなことは些細な問題でしかない。

「それで、判別式が0より大きくなるから、この二次方程式は異なる実数解が2つあるんだよ。この式を=yと置いてみて関数として見るとだいたいこんなグラフになって、x軸と2点で交わるから、y=0の値をとるxの値は2つあるっていう感じ。どう?できそう?」

今俺に向き合って本当に1年生かと疑いたくなるくらい分かりやすく懇切丁寧に数学を教えてくれているのは、俺の幼馴染であり家庭教師(?)、唯一無二と言える女性で仲がいい人、高橋楓である。背丈はそこそこ、黒髪を1本に束ね、物腰柔らかそうな目に右目の涙ボクロが特徴的な正統派清楚系女子だ。胸もぱっと見は目立たないが、実はそれなりの物を持ってたりする。まさしく、完璧の2文字がお似合いな女性だ。

「もう、蓮?どこ見てるの?話ちゃんと聞いてた?」

「ああ悪い、少し考え事してた」

運動部の掛け声と吹奏楽部や軽音部の楽器の音、教室に残って駄弁る生徒のはしゃぐ声などをBGMに二人教室に残りこうやって一方通行の勉強会をしている訳は―――

「もう、蓮が授業中ずっと寝てるからわざわざ私が毎日授業内容を教えてあげてるのに」

心の中ですら狙い済ましたかの如く分かりやすく説明してくれる楓のティーチング精神には頭が上がらない。

「正直授業聞くより楓に教えて貰った方が圧倒的に効率がいいからな」

「そもそも授業をちゃんと受けていたらこんな二度手間にはならないよ」

―――ごもっともではあるが。

「しょうが無いだろ寝不足なんだから」

その言葉を聞き、楓は少し目を伏せ申し訳なさそうに言う。

「…作曲で忙しいのは分かるけど、夜はちゃんと寝た方がいいよ」

確かに、客観的に見て自分は今根を詰め過ぎているとは思う。思うが、直そうとは1ミリも考えない。そんな時間はない。

「まぁその話は置いといて、昨日曲出してたでしょ!『トンネル』!聴いたよ〜相変わらず凄いねぇ」

「おい、微妙に話変わってないのに立場が大逆転してるぞ」

「寝ずに作曲するのはどうかと思うけど、曲が凄い事には変わらないもん」

「そりゃどうも。てか学校でその話はしないでくれ。じゃ、今日のとこ大体分かったしもう帰るわ」

「これだけしかやってないのにもう分かったの?やっぱり蓮って頭良いよね〜」

「そりゃまたどうも。でもそれを言ったらお前の方が頭良いだろ、人に教えれるくらいなんだから。それじゃ」

話しながら準備をしていた俺は荷物をまとめ席を立った。

「あ、ちょっと待ってよ〜一緒に帰ろうよ〜」

そういってあたふた帰る準備をする楓を結局待つ羽目になるのは毎日の恒例行事だ。

さて、この待ち時間を利用して俺の事を説明しておこう。何故かそうしなければならない義務を感じる。出来るだけ客観的に見たありのままの自分を紹介しようと思う。

本名、橘蓮。勿論、楓と同じ高校1年生だ。どうでも良い、手入れが面倒臭いと言わんばかりに、いや実際そうなのだが、目にかかるくらい伸びたぼさり気味の髪に、愛想の悪いつり目気味の瞳。目だけならまだしも、日常において表情を作る事は殆ど無く人との関わりは積極的には行わない、その無愛想加減は自分でも酷いと思う。

数十秒後、リュックを背負った楓が慌てた様子で駆け寄ってくる。

「ごめんお待たせ!」

「おー、じゃ帰るか」

人の少ない放課後の廊下を歩く楓はいつも楽しそうだ。授業全部真面目に受けてるのに何処そんな体力が余ってるんだといつも疑問に思う。

「あ、ねえねえ見て見て!これ買っちゃった」

そう言って楓がリュックから取り出したのは見慣れたジャケット…

「っておい!こんな所で取り出すなって!」

「え〜周り人いないから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃないだろ…さっさと仕舞え」

「ケチ〜」

楓は口を尖らせ、渋々lotusのCDを鞄に仕舞おうとした瞬間。丁度、階段の踊り場を曲がる所だった。まぁ、なんてことは無い、急いでたらよくある衝突事故だ。人同士の。

ただ、このなんてこと無い事故が俺たちの高校生活を変える事になるのは、この時点ではまだ誰も知る由もない、なんてありふれた文句は流石に陳腐に聞こえるが不思議な話、この決まり文句以外頭に浮かばないくらいには、この状況を説明するのには最も適した言葉だった。常套句を作ってくれた偉大なる先輩方に敬礼。

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