四話
投稿します。
見返して色々足りない場合は後日修正します。
この青年は死にたいのだろうか?
星が瞬く空の下、倒れた篝火で炎上した建物の炎が青年の顔を照らしている。
私は、逃げ回る周囲の人々なぞ何処吹く風で私に話かけてきた青年を見つめていた。
私を見上げる命知らずな青年は暫く私と見つめあった後、清ました顔でポケットからボロボロの紙巻き煙草を取り出して口に運び、私を気にすることも無くポケットからライターを取り出して火を付けだす。
三回程ライターを弄った後、ライターに灯った火で煙草に着火させると青年は煙草を一服吸って、ゆっくり吐き出した。
青年は煙草を片手に再び私を見上げた後、少し目線を下げてポツリと、私に聴こえないように小さく「白か……可愛い趣味してんな」と呟いた。
ドゴォ!
私の右腕は無意識に、青年のすぐ横にストレートパンチを繰り出していた。
凄まじい轟音と共に、私の拳が建物を何軒かまとめて吹き飛ばす。
後ろで青年を見ていた三人は悲痛な声で何かを言っているが、当の青年は天高くから伸びる城より圧倒的に大きい私の右腕を横目に見ながらひきつった笑みを浮かべているだけで、案外平気そうだった。
暫く私の右腕を眺めていた青年だったが、徐に動作でポケットから携帯灰皿を取り出し煙草の火を消して吸い殻をしまいこんだ後「冗談!」と笑いながら私を見上げる。
わざとらしい仕草で腕を広げて「ちょっとした出来心さ~!」と言う青年だったが、私の『私、今ちょっと不機嫌です』と聞こえてきそうな表情を見て、本気で焦り始めた。
焦りで「スマンって!この通りや!」と手を合わせて腰を何度も曲げて私に謝る青年に、私はため息を吐きながら、このお調子者の青年に私はどう接したら良いのだろうかと考える。
この世界に来て、私は体の大きさに戸惑いながらも、いろんな人達と出会ってきた。
まあ、まともに会話したのは村人達や村人の少女だけなのだが。
私は、この青年に話しかけたくても、この世界に来てから初めて会話した少女の悲惨な結末を思い出てしまう。
怯えながら私と話した少女が、全てを失った表情で落ちていくあの光景が私の頭から離れない。
今も足元で謝っている青年を眺めながら、私は彼に一歩歩み寄れないでいた。
自分でもわかる。
ただ、私は臆病なだけだ。
私は、私自身と深く関わった者が目の前で死ぬのが、村人の少女が死ぬときにトラウマになったんだ。
私の心が弱いだけなんだ。
私は何故か、
「貴方は、私が怖くないの?」
と、呟くように小さく、目の前の青年に訪ねていた。
怖く無いわけがない。
怖いのが普通だ。
こんなに大きな大怪獣に見つめられて、怖く無いわけがない。
青年は暫し返答に悩んだ後「そら、怖いよ」と返す。
「そら、誰だって怖いだろう。目の前に自分を簡単に踏み潰せる程の巨人がいたら」
そう青年は言葉を私に向けて放つ。
しかし、青年は言葉を切ることなく「でも……」と、間を置いて、
「その恐ろしい巨人が例え自分達の町を襲っていたとしても、その巨人が悲しそうな顔をしていたら、俺は居てもたっても居られなくなっちってよ」
と、此方を見ながら笑っていた。
「それが超の付く美少女なら尚更だ」と付け足しながら。
青年の言葉に、私の心が優しく撫でられている感じがして、その暖かい言葉に顔を俯かせながら、小さく「寂しいの」と呟いてしまう。
次第に私の中で溜め込んでいた何かが膨れ上がり、いつしか「独りぼっちは嫌だよ……」と、呟きながら涙を流していた。
滝のような大量の涙が下に落ち、私の下は軽く水浸しになっている。
今まで心の中で我慢していた何かが、音を立てて崩れていくのを感じながら、懺悔をするかの様に目の前の青年に言葉を吐く。
目が覚めたら知らない世界で、こんなに大きな体で戸惑ったこと。
とある村で、私の不注意で少女が悲惨な死を遂げたこと。
更には、注意不足で村さえも滅ぼしたこと。
青年は静かに私の話しを聞いていた。
一通り聞き終えた青年は、一言、
「辛かったな」
と、私に声をかけた。
何気なく、そして私が本当に欲しかった言葉。
気がついたら私は大泣きしていた。
滝のような涙が土砂を流して洪水の様になり、相変わらず地面は大惨事。
軽い洪水を起こしながら、何十分も、あるいは何時間もかもしれない。
地面が私の涙で埋る中、青年はそんな私をただ、静かに眺めていた。
どれ程泣いただろうか。
涙が枯れるまで泣いた私の涙は止み、これ程大きな私でも虫の声が聴こえそうな程、辺りは静まり返っていた。
相変わらず港町は逃げ惑う人々で溢れているが、青年の周りには遠くで様子を伺う三人以外、一人も近くに人が居ない。
私は港町の混乱を聴きながら、夜風に浸って感傷に浸る。
この世界に来て、私はまともに会話出来る相手は初めてだった。
初めて出会った村の住人も、村の少女さえも、私に殺されたくない一心だったのを思い出す。
村の少女も村人達も皆等しく私に恐怖しか抱いて無く、目の前の青年の様に会話が出来るほど、私を恐れなかった人は居ない。
私は殆ど人で在ることを諦めていた。
まともな会話なぞ、私に話しかける人が居ないのだから、この世界では只の怪獣でしかない。
そう思っていたが、私が本当に怪獣になる一歩手前で女神が優しい手で掬い上げるかの様に、ギリギリの所で私はこの青年と出会うことが出来た。
私は青年を見つめていたが、今さらながら私はこの青年の名を知らない事に気がつく。
あれほど親身になって私の話を聴いてくれた青年に名を尋ねていない処か、私は自身の名もさえ、名乗っていない。
「ねえ」
目の前で新しい煙草に火を着けようと、紙煙草を口に咥えながら自身のポケットを探りライターを探す青年に、私は声をかける。
私は地球にいた頃は大の嫌煙家だったが、何故か目の前の青年に関しては気にならない。
私の目に写る彼の動作の一つ一つが、何故か妙にかっこよく写るのは、どうしてなのだろう。
上から私に話しかけられた青年はポケットにライターを探っていたがピタリと止まり、口に咥えていた煙草をささっとしまいこんで上を向き、私を見て微笑みながら、
「何だ?」
と返した。
その仕草の一つ一つを眺めながら、私は自己紹介を始める。
「そういえば、お互い名前も知らないよね?」
私の言葉に軽く頷き、青年も同意している。
青年も気になっていたようで、私は軽く「だよね」と返した後、言葉を続けた。
「私ね、国守 桜と言うの。クニモリが名字、でサクラが名前ね」
名字と名前を紹介した私は、自身の長いロングの髪の前髪を右手で少し分けて視界を確保し、青年をよく見る。
「親しい人はサクラと呼ぶよ。よろしくね」
今は出会うことのない、地球での友達や姉妹からの呼び名。
母や姉妹は元気にしてるだろうか。友達は今どうしているのだろうか。
考え出すと、少しホームシックになりそうだ。
私は雑念を振り払い青年を見据える。
青年は私の自己紹介を一通り聴き終えた後、右手を少し上げて、
「サクラね、覚えた!」
と彼は言い、間を少し置いた後、流れるように言葉を紡いだ。
「俺はエドワード・ソーンだ。エドソンとでも呼んでくれ」
エドワード・ソーン、それがこの青年の名前か。
綺麗な響きだと思う。
私は心の中で、その名前を復唱しながら私は彼を観察する。
先ほどまで気にも止めなかったが、彼の服装を見る限りファンタジーな物語で出てくる、冒険者と呼ばれる仕事をしているようだ。
沢山のポケットが付いた軍服の様な機能性に優れた緑色のシャツに、下は物に引っ掛かる部分を極端に無くした黒色のズボン、頭にはカウボーイハットで腰には片手剣と小さな入れ物のポーチを携えている様は、さながら探検家の様な出で立ちだ。
エドワード・ソーンことエドソンは、自己紹介を終えるやいなや私に向かいながら紙煙草を咥え、またポケットを探し始める。
暫くポケットをまさぐっていたエドソンだが、いくら探しても見つからない様子で、次第に困り果てた雰囲気を醸し出す。
仕方なく、私はエドソンが最後にライターをポケットに入れるのを見ていたので、
「左の胸の内側だよ」
と助言してあげる。
私の助言に、エドソンは自身の左側の内ポケットを探り始める。
ライターは見つかった様で、サッとを取り出してライターを私に見せて軽く会釈した後、エドソンは紙煙草に火をつけて一服を始めた。
私はその様子を見届けた後、この後の事を考えるために少し空を見る。
星が瞬き月が見下ろす空の下、私は今日だけで色々な事があった。
その一つ一つを思い出すが、そろそろ休息を取りたい。
色々あって疲れた私は、そろそろ目が重くなってきた。
だが、ここで寝る訳にもいかない。
ここで寝たら、色々敷き潰してしまうのは目に見えている。
今日出会えたエドソンを、私の不注意で潰してしまうなんて事があったら、恐らく私は立ち直れない。
今日は何処で寝ようかと、エドソンに良さげな広い場所を教えてもらい、そこに向かう私の一日は幕を閉じるのだった。