9~ワガママ王女の遠征理由
「聞きたいことがあるんですけど」
アズシアがこちらを向く。
「何かしら? このアズのことが気になるのね、仕方がありませんね、アズの魅力はこの世界を照らす太陽そのものですもの」
そう言って、自分の両肩に手をかける。
そして俺の質問を待ち、潤んだ眼差しでこちらに視線を向けてくる。
吐息混じりの甘い声で。
さっき少し話した時は、ルクスを気にかけたり少女らしい一面も垣間見れたけど、天元を軽く突破したナルシズムの塊みたいなセリフを、さらりと言ってのける。さも当然のことを言ったような感じで、度肝を抜かれた。
「まあ座りなさいな」
「あ、はい」
勢いに押された俺は、テントの地べたへ腰を下ろす。
アズシアは粗末な三脚の木のイスへとゆっくり腰かけて、胸の辺りから扇子を取り出しては顔半分を覆う。
無意味なポーズに、無意味な仕草のセット。
――可憐で扇情的だ、とでも言ってほしいのだろうか。
「それで何が聞きたいのかしら? 答えてあげますわよ、このアズと2人きりになるチャンスなど滅多にないことですからね。」
典型的なお嬢様や、王宮で暮らすおしとやかな姫様、といったカテゴリーにも入らない。淀みのない話し方からして、自信満々で素なのだう。自分のことを本当にこの世界を照らす太陽と、同等ぐらいに思っているフシがある。
……たまげるなあ。
まあいい、質問をしよう。
「アズシアさんはどうしてこの村に? この村って珍しい物もないし、観光するにも何もとこでしょう」
「そうですね。何もないところで、アズは正直退屈してしまいました、あってはならないことです。アズの退屈は世界に吹く風が止んだことと同義。帆を張った大陸へ行く船の渡航が止まり、作物の恵みをもたらす風車が動きを止める。そういうことですのよ」
一体全体、何がそういうことなのか?
まったく要領を得ない。
こんなセリフをスラスラと、キラキラとした目で言われたら何て返したらいいんだよ! もはや苦笑いを通りこして絶句してしまう。
いちいち、ゆるふわな髪を掻き上げ、その後に小さなため息をつくアズシア。
俺は平和そうにすーすーと、穏やかな寝息を立てるルクスに視線を移した。
……助けてくれ! そして俺とそこを代わってくれルクス! 代わりに俺が寝るからさ! アズシアはぶっ飛んでいる、本当に驚かせられる。こんなタイプの人間は今まで見たことがない。
……気を取り直して質問を続けよう。
「それでですね、この村に来た理由を聞きたいのですが」
「最近変なのです」
いや、変なのは貴方です。
心の中でツッコミを入れる。
「お父様がね」
なんだ親父さんのことか。
「最近までは国民の皆様方に、負担のかからない軽い税だったのに、急に重税をかけたり怪しげな研究にお金を使いだしたりと。レゾニアの誇る騎馬隊の防衛費をさいてまで、研究にお金を使うようになったので、アズは進言しました。急に解雇となると騎馬隊の皆さんの生活が困りますし、そんなことより最高級でもっといいお茶の葉を仕入れるようにと」
……お茶はまったく関係なくないか? 今の話の流れ。
「そうしたらお父様は、アズを城の搭へ幽閉しようとしたので、アズは一時的に城の外へ脱出しました」
急に暗い話になってきたけど、劇団員が舞台の上で語るような、悲壮感の溢れる声や喋り方のせいで、空気に重苦しさはない。
「ほとぼりが冷めてから城に戻って進言をしたらいい。そう思っていたのですが、今度は同盟国ジェネシス皇国の 王都選定騎士団がアズを捕えようとしてきたので、城へ戻る暇もなくここまで逃避行をしてきたのです。それで、辿り着いた先がこの村です」
「王都選定騎士団!?」
「知っているのですかカナタは。軍事演習の際にお披露目された部隊なので、公式発表はされてなかったと記憶していますが?」
予言書の一節にあった、魔物退治のスペシャリストとかいう集団のことだ。
急にその単語がアズシアの口から出たので、俺は驚いてしまった。
なんとか誤魔化そう。
「格好いい名前だなと、思ったんでつい」
「そうですか? 知ってるような口ぶりでしたけどね、まあいいでしょう。彼等にはナンバー持ちという中でも選ばれた騎士がいましてね、魔法とは違う特殊な能力をもつ厄介な騎士でして、内2人と一戦交えたのですが、さすがに多勢に無勢、さすがのアズも防戦一方でした、逃げおおせたのが奇跡というぐらいに」
それほどまで強い騎士か。
魔物退治のスペシャリストて、書かれてるぐらいだ。
アズシアの魔法力も、それに匹敵するだけの力があるってことだよな。
でも、どうして同盟国ジェネシスの騎士達が、アズシアさんを捕えようとするんですか?」
「お父様から伝令が伝わったのかしら? あるいはアズの魅力にとりつかれたのでしょう。しかし10億年早いですわ、まして力でアズを押さえつけようなど、まったくせっかちな方々です」
「それはないでしょう、きっと」
思わず口からスルリと出た本音。
あっ……と声にならない声を上げ、口を開くがもう遅かった。
アズシアは冷笑を浮かべ、俺の瞳へ強い眼差しを向けてくる。
「カナタ冗談を言うのは止しなさい。アズの魅力は世界各国に響き渡ります、そして世の全ての男性に開かれてますのよ、このアズとお付き合いをする可能性というものが。カナタも精進なさい、まだ1000万年早いですけどね」
「じゃあルクスはどうです?」
気になって思わず聞いてみた。
「ルクスは500万年ですわね。まだまだですね」
やったなルクス、俺より可能性あるぞ、付き合うまでに至る基準が良く分からないけどさ。
アズシアがこの村に来た経緯は分かった。
ジェネシス皇国の騎士団に追われてきたと、予言書によるとこれより何年か先に、世界制覇を布告し戦争の火種をまき散らすそうだが……。
「あー思い出した! いい忘れたけどこの辺りは危険ですよ! レイスがうろついてるし、近くにラプラスの悪魔の祠があるんで、移動した方がいいと思うんですが」
「その話……本当ですかカナタ?」
「本当ですよ」
急に真面目な表情になるアズシア。
誰にかたるでもなく、独り言のように呟きはじめる。
「神話の悪魔ラプラス……今より500年ほど前、この世界に魔物を呼び出し人々に災難を与えたという。口伝によって語り継がれ、世界的に有名な割には、どういうことか文献として残ってるのは絵本のみで、それも現在では絶版となっている。不可思議な話です……ええ本当におかしい」
へぇ、文献は絵本のみなんだ。
有名な話なら確かに変な話だ……まるで、その存在と詳細を広めたくないような。
アズシアが急にすくっと立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「ソルトを探しに行かなければなりません。レイスに遭遇なんてしたら、彼は100%命を落とすでしょう。このアズなら敵わないこともないでしょうけどね、もうっ何やってるのかしら! アズをこんなに待たすなんて!」
相変わらずの自信過剰っぷりだ。
レイスの不気味な強さは、戦った俺達が一番良く分かる。
機嫌が悪そうだが、例の専属騎士が気になるようで、アズシアはテントから出ようと足を進める。
「すいません遅くなりました。アズ様ー!」
現れたのは青い髪をしたチビッコ。
俺より少し背が低いぐらいか。
青いくせっ毛の髪で額にはバンダナ。
旅人が着そうな丈の短いマントに、剣を背中に帯びている。
ほぼ全部を青で統一している。
丸くて芯の強そうな瞳と、あどけなさの残る少年が現れる。
目が合いお互いにアンタ誰だ? という表情を浮かべる。
「ソルト、随分と遅かったじゃないの。私は水が飲みたいと言ったのだから、すぐ持ってくるべきでなくて?」
「ぇええ!? 彼が専属騎士ぃいいい!」
「そうよ。それがどうかしたのかしら?、貴方……たまにリアクションが大げさね」
「いえ、想像より随分と若い人だったので」
……うぅ、突っ込まれてしまった。
アズシアだけには言われたくない。。
俺は筋肉ダルマみたいな騎士を想像してたからな、このギャップには驚いた。だって俺と見た目からして年そんな変わらないだろ。
素っ頓狂な声を上げてしまい、ソルトがちらちらと俺に視線を向けながら答える。
くそっ。
絶対に変なヤツだと思われたぞ今ので。
「すいませんアズ様。近くで古びた奇妙な祠を見つけたので、気になって調査してました。古代語で中の者を封印する。決して解くことなかれ、とか書かれてたもので」
「……どうやら本当のようね」
アズシアがチラリと俺に視線を向ける。
えぇっ!?
古代語が読めるのかよ、ハルカでも分からなかったのにさ。
見かけによらずやるなソルト。
「でも安心したわ、ラプラスの悪魔に関わらなくて、近くにレイスもうろついてるようですし」
「ラプラスの悪魔……まさかあの祠が!」
「ええ、だからベースを移動しましょう。ルクスを起こして、そうねカナタどこか面白い場所はないかしら? アズはここのところ本当に退屈してますの」
「えーと俺、用事があるんで、ちょっとそれは……」
「アズは面白そうな場所へ案内なさいと言ったのです。それなのに自分の用事を優先するのですか。いったい何を言っているのですか? 用事は確かに大事でしょう、今はそれよりアズを案内するべきでしょう」
いやアンタが、何言ってるんだて感じだけどな。
思いっきり、上から目線でそう言い放つ。
……何で俺、説教されてるんだ、ワケが分からんぞ。
まっ……いいか。
ラプラスの悪魔が解放されることはない。
現にきっかけを作った、ルクスはここにいるのだから。
俺はしぶしぶと「はい分かりました」と答えた。
案内する場所ときたら秘密基地だな。