7~亡国の王女アズシア
音はおそらく人か動物が草を分けて進んだものだ。
断続的にガサガサと正面の方から聞こえてくる。
俺はその方向へと足を進ませる。
胸の辺りまで伸びた草を掻き分けながら。最悪の場合、レイスに遭遇するかもしれないし慎重に行こう。
しばらく進むと開けた空間。
そこに三角形のテントがあった。
色は白の布張りで一見すると、てるてる坊主を思わせる作りでどこか可愛くも思える。
中に5人ぐらいは、寝れそうなぐらいの大きさはありそうだ。
けっこう大きいぞ、生活圏居住スペースの為のテントて感じかな。
木と木の間をロープで結び、服も干してある。
普段、ルクスが着ないような青色でチュニックの服がある。
冒険者らしい服といえば冒険者らしい服。
なんだよルクスのヤツさ、ここで生活してたのか。
なんの為にだ?
すぐ沸いた疑問は置いといて、ちょっといきなり入って驚かせてやろう。
テントの前張りになっている布をめくり、俺は無遠慮に中に入る。
まあ今更、遠慮する仲じゃないしな。
「おーいルクスー! 何やってんだよ、お前こんなとこでぇえええ……えぇえっ!?」
「きゃっあ! なっ、なんですか貴方は!」
中にいるのがルクスなら、こんな可愛い悲鳴は聞こえてこない。
何でここが分かった? バレちまったか。
との返答がおそらく返ってくるだろう。
目の前にいたのは女の子。
ゆるふわでロングな金色の髪で鼻筋は通っていて、目はパッチリしている。
上品な雰囲気で、一見してかなり可愛い子。
俺より年は2つ3つ上といったところか。
横からだけど、上半身に服を通そうとしているようだ。
発展途上の胸が主張を覗かせている。
つまりだ、着替え中である。
少女は茶色いドレスに素早く腕を通し、眉間にシワを寄せ俺を睨む。
「ごっごごご、ゴメン! わざとじゃないんだ! ゴメンなさい」
どもる。
そりゃそうだ。
ルクスだと思ったら、中にいたのは可愛い少女なのだから。
一体何がどうなってるんだ?
ん? まさか同棲生活か!?
あの野郎、俺と同い年で隠れて同棲だと!?
許さんぞルクス!
「この不届き者!」
と、まだ幼なさの残る声と怒りを含む厳格な口調で、少女は振り上げたその手の平を掲げる。
俺にビンタでもするのなら近づくはずだ。
だが少女はその場から動かない。
反対にタジタジの俺は少しずつ後へ、言い訳の手を振りながら下がる。
「待って、待ってくれ! まさか人がいるとは思わなかったんだ!?」
あれ、混乱しすぎて謝罪の言葉を間違えた!?
ルクスだと思ったの間違いだ!
どのみち、少女の表情を見るに俺の頭上へと、落雷が落とされそうな雰囲気ではある。
不機嫌そうな、瞼を閉じた眉間のシワがぴくぴくと動いた。
「それが勝手に入って来て、領域を侵す者の言いぐさですか。今すぐ懺悔して死になさい! ウォーターバレット!」
手のひらに水が集まってゆきサッカーボールぐらいの、ふわふわと浮いた水玉。
魔法だと!?
それを俺に放って来た!
目でギリギリだが追えるほどには早い! 形を変えた水玉が凄い勢いで俺の横をすり抜け、開いたテントを通過し、木かどっかにぶつかったんだろう。
ドゴオオオンン!
なんて、当たったら一たまりもない音が後から聞こえる。
少女の裸なんぞ一ミリも興味ねえよ!
……てのは嘘です! 白い肌で、くびれがありいい身体をしてるとは思ったけどさ、死ぬほどの罪じゃないだろ。
「うわぁああっと! タイム! タイム! 俺の話を聞いてくれ!」
俺は逃げるようにテントを後にする。
「問答無用です!」
やべえ追って来てる。
全速力で駆けながら後を振り返る。
少女の足より俺の方が早い、ここは逃げるが勝ちだ。
元々、カナタは同世代の子供達に比べ、圧倒的に運動神経がいいのだ。
少女がひらひらと、ドレスをなびかせ追って来てる。
手のひらには再び水が集まる。
さっきと違う点は、小さな水玉が少女の手の平から中心にいくつも浮いているということだ。
まるで、そこだけ時間が止まったように、小さな水玉がふわふわと上下に揺れている。
嘘だろ、おいっ!
見るからにして、宙に浮いた水玉を全弾撃ってきそうな気配。
驚くべきはその量だ、降りそそぐ雨の中の空間そのものを切り取り、自在に全て自分のものとしたかのような。雨を背負う少女、そんな印象が浮かぶ。
「アズ式アクアバレット!」
威勢の良い掛け声と、弾丸のような質量をもった水玉が、俺の方へと迫りくる。
早い! 目にもとまらぬ弾丸スナイパーの水玉は、一気に10発ほど俺の横を通過してゆく。触れてもないのに体の辺りがひんやりとする! 水とはいえ高圧縮したであろう、水玉を高速で飛ばしているのだ。当たればひとたまりもないだろう、一度当たれば、蜂の巣状態になるのは目に見て分かる!
俺はスピードを緩めたり、時には加速したりしてそれを避けるが、相手は機関銃のように涼しい顔して連続で撃ってきている。もしかしたら魔法の技術や腕は、ハルカより上かもしれない。
近づくにも近づけない。
遠のくにも、それをさせてくれない。
このままじゃジリ貧だ。
こういう時こそ、常識を超える策を出すべきだ。
「おい、あんまり走るとパンツ見えるぞ!」
秘奥義、口から出まかせである。
「何ですって?」
と慌てた口調でその手を下ろし、裾を気にする素振り。
今の内に逃げようっと。
「……騙しましたね!」
ゲッ! まだ追ってくるのか!?
少女は再び手のひらに水を集め走ってくる。
くそっ! 終わらない鬼ごっこをしてる気分だ。
「あれっ何やってんだカナタ?」
正面からお盆にパンやスープや肉を乗せたルクスが、何喰わぬ顔で歩いてきた。
「ルクスお前こそ、こんなところで何してんだ?」
「いやー見つかっちまったか……んー実はなー」
「……ぶわぁああ!」
俺が避けると、正面にいたルクスはお盆を両手で持ってるので、動きようがない。
被弾しお盆は地面へ、ルクスは頭から後ろへとすっ転んだ。
「あぁああ! アズ達の食事が!?」
少女はルクスよりお盆の食事が気になるようだ。
「えっ? 知り合いなの?」
少女は俺の方を見て、驚愕の表情を浮かべてから、ぎこちなくうなずく。
「貴方こそルクスの知り合い?」
「友達です」
「いってーなーもうっ。何すんですかーアズシア様!」
「アズが悪いのではありませんわ。アズの着替え中に、無断で入ってきた彼が全目的に悪いのです」
横に顔を向け、プイっと音がしそうな素振りで言うアズシア。
「アズシア、様?」
ルクスの言葉をなぞる。
敬語にほぼ縁のないルクスが、様付けとか珍しい。
どういことだろう、王女様ごっこか? 弱みでもこの子に握られたか?
浮かんだ疑問とともに、立ち上がるルクスを眺める。
やがて、失言をした。という素振りで口を両手で塞ぐ。
だが、吐き出した言葉は戻ってはこない。
「アズシア様いいですか? 話しても」
「そうですね。ルクスが自分から話したのでないなら問題ありません。それに語りたくて仕方ないのでしょう? アズの美しさに魅せられ、一時でもアズの傍にいることを許された甘美なる時間を。いいですのよ語っても」
何だこの人……超のつくナルシストかな?
そりゃ確かに、かなり可愛いけどさ。
ゆるふわでロングな髪を掻き上げるアズシア。
王女様ごっこが堂に入ってるというか、言葉に微塵も陰りや迷いがない。
……恥ずかしくないのかな、こういう喋り方。
こんな態度をされたら、すぐ喰ってかかりそうなルクスは諦めの表情というか、達観して体の土や埃を払っている。どうやら文句を言いそうな気配もない。
王女様ごっこで使役される兵士。
そんな設定が好みだったのかルクス……。
ちょっとドン引きだぜ俺は。
てか、そんな設定が好みなら、ハルカにやってもらえばいいのに。
憐れみの眼差しでルクスを眺める。
「じゃあ言うけどよ仲間の皆には内緒だぜ。この人はアズシア=フローライト様、レゾニア王国第三王女アズシア様だ」
そりゃあ、仲間の皆には内緒だよって言うよな。
安心しろ……俺は秘密を漏らしたりはしない。
「えっ? 王女!? ごっこ遊びとかでなく、本物のぉお!?」
「そうだよ。そう言ってるじゃねーか」
待てよレゾニア王国て、確か予言書ノートで滅ぶ国だよな今年中に?
なぜ、こんなアッテル村の山奥にいる?
ラプラスの悪魔の件があったばかりだ。
胸中の予感は悪い方へばかりに考えてしまう。
まさかアッテル村にも何か起因するのか。
俺は固唾を飲んでアズシアの言葉を待った。