4~全滅危機
意を決したような表情でルクスが立ち上がる。
その視線は、祠の中の風化した石を指している。
(素質がほしい、強力な魔法を使ってみたい、それが心からの望みだろうニンゲンの子よ)
「お前っ……何で分かる? 薄気味の悪いやつだな。まあいい、そうだ俺は魔法が使いたい、条件はそれだ」
(ククク……承知した)
バカヤロウ、トントン拍子に話を進めるなルクス!
崩れそうな危ない橋を渡ってる自覚がないのか。
というか……この声の主、心を読んだのかルクスの。
簡単に契約してしまったが、この手の話に良くある魂とか寿命と引き換えとか言いださないだろうな後から。大概は代価を要求されるのが相場ってもんだ。
「じゃあこのロープを切って……ぶわっ!」
祠に向かおうとする、ルクスへハルカが強烈なビンタをお見舞いした。
「何を考えてるのよ、このバカっ! バカバカっ! いったいアンタの頭には何入ってるのよ!?」
さらには倒れているルクスへの容赦ない蹴り。
手で蹴りをガードするルクスは、怒った表情でハルカの足を掴み言い返した。
「仕方ねえだろ! こいつがレイスを倒してくれるって言うし、それにハルカも、もう疲れてるじゃねえか!」
「アンタが余計に疲れさせてくれてんのよ!」
「いてーっな止めろって! おい俺はケガ人だぞ!」
おいおい茶番劇してる場合じゃ……!
もはやレイスの存在さえ頭から消してる2人は気づいてない。
レイスが何処かに消えたことに……!
どこ行きやがった!? 辺りを素早く見回すレイスの姿はいない。
本当にヤツの行動は気まぐれで、どっか行っちまったのか?
そんな希望的観測を抱きながら2人に視線を戻した瞬間。
レイスが現れた。
自在に空間から這いずる影のように。
さっきまでいなかったのにどっから出やがった。
レイスはハルカの背を目掛けて、軽々と人の首を一太刀で狩れそうな大鎌を振りかぶっている。
まだハルカは気づいてない。
クソっ! 間にあえ!
俺は腕を伸ばし咄嗟にハルカを突き飛ばした。
突如、腕に走るいいようのない激痛。
いってぇえええ……! それに、それになんだコレ? 斬られた腕に黒いモヤみたいなのが広がっていく!
すっ転んだハルカが恨めし気に俺をキッと睨みつける。
だが、俺の腕の異変を見て助けれたのだと理解する。
「だ、だいじょうぶカナタ!?」
「これが大丈夫そうに見えっ……!?」
「今すぐ回復魔法をka%yyうUai]
「だいjyBt;teかj1Ω!」
ハルカは一体何を言っている?
それに視覚がおかしい! ハルカは何処だ? ルクスもいない、何処に行った!? ここには影が3つ、完全に姿も形もない黒々とした影しかいない!
「うわあああ近寄るな!?」
なんだ? 何なんだ!?
どうなっちまったんだ俺は!?
影が俺の方へ向ってくる。
来るなっ来るな来るなっ!
尻餅をついたまま、這いずるように影から逃げる俺。
また頭の中に、祠の中の何者かの声がした。
(どうだ? 暗闇の世界は怖いか恐ろしいか? 見えなくて怖いだろう、何も聞こえなくて不安だろう。取り除いてやろうかその不安)
「お、お前何者だよ!」
(我はお前達を救済する者。願いを言えお前の心からの願いを)
「救済だ上からモノ言うなよ、いらないね。それにまだ俺には手が残ってる」
使うかアレを。
鬱なる鶴の恩返し
受けたダメージを、そっくりそのまま相手に返す技。
・条件は相手が正面にいること。
・相手が前を向いてること。
この2つの条件だ。
位置関係からしてレイスとの位置は、そのままなら届くはず!
これは発動すれば超速で相手にダメージが飛んで行く。
レイス、この痛みを喰らえっ!
「鬱なる鶴の恩返し!」
……どうだろう。
感触はあった気がするんだが。
「yoGp@あyuwj」
「eoytujgjsnkmdkZu」
また言語どうかすら分からない、気味悪い声が聞こえてくる。
気味が悪い、気味が悪い! ここに一秒たりともいたくない!
(奥の手は今までの攻撃の中でも、特に効いたようだなニンゲンの子よ。だが……火力不足のようだな。魔法使いの少女はもう魔力が尽きているし、どうする無力な少年よ? もう一人の方は決意したようだぞ)
なっ……ルクスのヤツ、ロープを切る気かよ。
ハルカも近くにいるのなら止めろよ。
「……がっ……ぁ……?」
どうしたことだ?
今度は声が出ない。
喉がカラカラで声を出そうとしても出ない。
マジかよ……辛うじて喉の奥から捻り出したのは、不明瞭でかすれた声のみ。
(視覚、聴覚、感覚だけでなく、声まで失ったか)
(ヤツはお前達人間の間ではAランクとしているが、本来はSクラスだ。聞いたことがあるか? ヤツを退治した者の話を、いないだろう、ニンゲンの間で勝手にランクを決めてるだけだ)
失っただと?
じゃあ、俺の聴覚や感覚は戻らないってことか?
冗談じゃない。そんなの人生終了じゃないか。
(もう一人の少年は既に決意したそうだ。そうだ、それでいいロープを切れ、さすればこの死線も難なく終わる)
また不明瞭な声が聞こえてくる。
さっきより声は大きくて、やけに耳障りだ。
この声ってもしかして、ルクスとハルカの声か!?
(ご明察だ少年。ようやくだ、ようやくこの暗く狭い空間から抜けれる、こんなに光が恋しくなるとは不自由とは自由の味を増す甘美なるものだな)
コイツ、やっぱり俺の心を読んでるのか。
そうとしか思えない!
危険だ、絶対に危険なやつだレイスよりも。
(そして契約は果たされた)
声の主はそう言い終えると、何かすごいエネルギーが横を通りすぎて行く。
風が舞い髪を長い間揺らした。
いきなり視界が開ける。
ちゃんと声も聞こえるし、感覚もある。レイスに斬られた腕の痛みもないし、手だって難なく動く。
そこには切られたロープの前で背を向けるルクスと、呆然と立ち尽くすハルカがいた。
どうなったのか俺はおそるおそる声をかける。
ルクスが眩しい笑顔を向ける。
「元に戻ったのかカナタ! お前急に変になって叫び出すし、様子はおかしくなるし心配したぜ」
違う。
聞きたいのはそんなことじゃない。
祠の中のヤツとレイスはどうなったかだ。
俺が地面に落ち切られたロープに視線を向ける。
ルクスも視線に気づいてか説明するように語り出した。
「ああレイスのやつ一撃で消し飛んだぜ。あれだけタフだったのにな、そして見てくれよ」
ルクスは自慢げに指先から伸びた炎を出す。
そして指を虚空へ払うと、地面に一直線に伸びた炎が現れた。
ルクスが火の魔法を使ってるてことは……契約したのか祠の中のヤツと。
「すっげえだろ、魔法だぜ魔法、俺が魔法を使ってるんだからよ。しかも無詠唱ときたもんだ」
確かに魔法の使えなかったルクスが、魔法を使えるようになったことはスゴイ。
そりゃ驚いたさ、それよりもどうなったんだ?
「ルクスそれより祠の中のやつと、レイスは?」
「レイスは消滅した、祠のヤツが一撃で倒した。で祠のやつは音沙汰ねえな。てかハルカも何か契約してたぜ、何を頼んだかしらねーけど」
ハルカも頼んだのかよ!
というと、頼んでないのは俺だけか。
なんか損した気分になるな。
「ハルカお前も頼みごとしたのか?」
「……ええ、もうルクスがロープを切った後ですもの。後生だわ」
うつむいたまま下を見ながら呆然としているハルカ。
その声は低く力がない。
(礼を言うぞ、ニンゲンの子らよ。これで我は自由に動ける)
「そうそうさっきも言ったけど、この村と俺達には絶対に手を出すなよ」
(ククク……承知した。我は約束は破らん)
「お前っ……何者だよ! 名前ぐらい名乗れ」
(ラプラスの悪魔、お前達ニンゲンは我のことをそう言っていたな。一ついいいことを教えておいてやろう、冒険者は次期に増える、必ず近い内にそういう時代が来る)
「おいおいラプラスの悪魔って確か!」
「お? なんか絵本とか神話で聞いたことあるぜ」
ルクスが呑気に頭に腕を組みながら、他人事のように言った。
急に黒い霧が辺りに充満する。
霧がまるで意思をもった生命体のように集まりだし、一つの形を作り上げる。
それは、まるで邪悪な黒い霧で出来た顔のようだ。
黒い霧の顔は俺達に向かって言う。
(では、さらばだ)
「ちょっと待ちなさい!」
ハルカの問いにも答えず、黒い霧は風を纏い上空へと凄まじい勢いで消えていった。
「ラプラスの悪魔。ヤツは昔こう言われたそうよ、魔王ってね」
「ま……魔王? だけどいいヤツかもしれねーじゃん、俺に魔法を使えるようにしてくれたしさ……なあカナタ、ハルカ?」
「いいヤツであることを願うよ俺は」
「だけど、あの状況じゃどうしようもなかった! ヤツに頼まないと俺達は全滅してたんだぞ!」
「そうね。だから少し黙っててちょうだいルクス、考え事してるの」
鈍感なルクスも事の重大さに気づいたようだ。
底抜けに明るい声がやや震えている。
「……あれ? 何かしらコレ」
ハルカはそのまま祠の中へと入って行く。
何かを見つけたようで、しゃがんで確認してるようだ。
俺もルクスも祠の中に入り、ハルカの傍へと行く。
ハルカは俺達の視線に気づいたのか、バッと何かを両腕の中に隠す。
「ハルカ、何かあったのか中に?」
「そ……そうね」
「水くさいな、ここまできたら見せてくれよ。重大な物なんだろ。俺に責任があるんだ、頼むよ」
「今はダメ。その……ちょっと整理する時間をちょうだい。そうね明後日には仲間の皆に伝えるから、今は少し時間がほしいの……ゴメン」
俺とルクスは互いに顔を見合わせる。
ハルカはラプラスの悪魔を、祠から出してしまった以上に動揺してるようだ。
珍しい、冷静なハルカがこんなに取り乱すだなんて。
その後、俺達は帰路へついた。
今日のことは俺達だけの秘密ということにして。
次の日、ヤツが預言したとおり世界には魔物が急に溢れだした。
それは、平和な世にラプラスの悪魔こと、魔王が出現したことを意味する。