3~ラプラスの悪魔、その誘い
来た道を逆走しハルカがいる封印の祠へと戻る。
木、木、木、木。
代わり映えしない雑木林が、視界から後へすっとんでゆく。
風が吹いて、ザワザワと一斉に木々を揺らす。
焦燥感からか、もう手遅れだと木々に笑われてるかのような気すらしてくる。
頼むから無事でいてくれハルカ。
隣を走るルクスの横顔をそっと見る。
ルクスの表情に迷いや、瞳に陰りには見られない。
昔は魔物が多い分、冒険者も多かったらしい。
今のように魔物が少ないと当然、冒険者の需要も減る。
腕のある冒険者以外は、廃業を選んだり傭兵崩れの仕事をしてるのだとか。
ルクスがこんなご時世に、冒険者を目指すと言ってるのは、俺将来、音楽で食っていくんだ。
と、夢を語る学生に近いものがある。
ルクスは若いし、実際にやってみなきゃ分からないけど。
「なあルクス」
「なんだ?」
「そのさ……怖いとか思わないか?」
「怖いか。まぁ、それがフツーだろ」
「ホッとしたんだ正直。ハルカが任せろって言った時に」
本当はこんなこと言うべきじゃない。
危険地帯に向かうって言う時だ。士気が下がるから。
でも聞いてほしかった。
俺の弱さや本当の気持ちを。
やや無言の後にルクスが言葉を返す。
「……俺はお前みたいに頭が良くもねえ、ハルカみたいに魔法使えるでもない」
ルクスは続ける。
「そりゃ怖いさ俺だって。だけど冒険者になりゃ、こういう場面ていくらでもあると思うからさ。結局、冒険者になるヤツって、こういう命知らずのバカばかりなんだよ、そういう生き方しか出来ないと俺は思ってる。それに退くワケにいかねえ、仲間が一人で戦ってんだ」
ルクスに話して少し気分が楽になった。
年もまだ幼いのに、将来を見据えて案外けっこうしっかりしてるんだな。
口元が自然に緩む。
「で、具体的にはどうやって?」
「そんなの知らねーよ」
「お前なー」
「戦いって勝ち負け計算して始めるものじゃねーだろ」
まあ確かにそうだ。
勝ち負けがついてくるのは戦いの後だ。
それより大事なことは引かない勇気。
「少し観察したけどあいつ動きが遅そうだった。相手のアクションに対し反応をほとんど示さない。俺が前を引きつける、その隙にルクスが後ろから自慢の剣で攻撃を頼む」
「あいよ」
互いに片手で拳を作り、軽くノックするみたいに合わせる。
この村で受け継がれてきた、運試しや大事の前に行う儀式のような風習。
拳を合わせると、自然と勇気が沸いてくる気がした。
そして、一心不乱に走り続け俺達は辿りついた。
良かったハルカは無事だ。
外傷はないようだが、息をつきながら膝に手を当てて疲労してる様子だった。
対するレイスはというと、ダメージを受けてるのかどうかすら目ためでは判断できない。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ。さっさと倒れなさいさよ……どんだけ魔法連発したと思ってるのよ」
辛辣そうなハルカのぼやきが聞こえてくる。
「ハルカ!」
「カナタ! それにルクス!? 何できたの!」
驚き俺達を見るハルカの前に近寄る。
レイスとの距離も離れてるし、今のとこヤツは何もしてきそうにない。
というか近寄らない限り向こうから、攻撃してこないのだろうか。
「何でって」
「力を貸しに来たに決まってるだろ」
俺とルクスが答える。
「いらないわよ。足引っ張るだけだって言った……でしょ」
俺は、崩れ落ちそうになったハルカの体をとっさに支えた。
「そうだな、足を引っ張るついでだ。支えてやる」
「……フッ。アハハ……じゃあ、支えてもらおうかしら少しの間」
瞼を閉じたまま、ニヒルな笑いを浮かべハルカが呟く。
「減らず口を叩くぐらいの気力はあるようで何よりだ。なあハルカ。思ったんだけど、アイツから攻撃はしてこないのか? フワフワ浮いてるだけで何もしてこなそうだけど」
「正直、行動パターンが良く分からないわ。離れれば近寄ってくるし、魔法撃てばその場に止まるし」
「隙ありぃ! おらぁあああ!」
あのバカ野郎!
隙アリと踏んだのだろう。
後に回ってショートソードで飛びかかる。
レイスの無防備な背中に一撃を浴びせた。
「どうだ! このボロ切れ野郎っ!」
レイスはゆっくり振り返り、ルクスの方へ体を向ける。
斬りつけたことによる反応やダメージではなく、ただそこに標的がいたから。
そんなゆったりとして流暢な動作。
レイスは無造作に、骨だけになった剥き出しの手を伸ばした。
ルクスは体に触れられ、慌ててバックステップをとった。
「へっ……なんだよ本当に魔物ランクAか。こいつ過大評価じゃねえのか。痛くも痒くもっ……がっ!?」
「どうした?」
「なんか急に体が痺れて……いてぇっ! 触れられたところがヤケにジンジンする!?」
ルクスは胸を抱えてその場にうずくまってしまう。
おいおい大丈夫かよ。
見たところ、本当にただ触れただけって感じに見えたが。
ハルカが急いでルクスの元へ駆け寄り、回復魔法をかけている。
「突っ込むなんてバカでしょルクス!」
「あの野郎っ……いったい何しやがったんだ、あっいてぇええ! クソっ!」
触れられた患部を抑えながら、恨めし気に声を荒げるルクス。
「穢れた魔性の手よ」
「なんだそりゃ?」
「体の神経に直接ダメージを与えるそうね。あとは視神経とか聴覚にも異常をきたすそうよ、触れられた時間が短いのが幸いだったわね」
(クっクっク……苦戦してるようだなニンゲン。我が手をかしてやろうか)
急に辺りに声がした。
この場にいる誰の声でもない声は、急に聞こえてきた。
直接、脳内に語りかけるような、くぐもった声。
「な……この声どっから!?」
「祠の方からよ!」
一斉に俺達は祠の方へ視線を向ける。
だが、祠は何ともなかった。
ちゃんとロープも張られてるし、不気味な札もついてる。
(久しいなニンゲンよ。我がソイツを消してやろうか一瞬で、代わりといっては何だ……)
「ダメよ!? 絶対ダメ!」
祠の何者かが言い終える前にハルカが叫んだ。
いつも冷静なハルカがやけに興奮してる様子だ。
ちょっとした違和感を感じた。
「誰かしらねーけど、我とか言ってるしな怪しいぜ」
(このままでは死ぬぞニンゲンの子よ。無駄に強がりを張り命を散らすか、それが出来る者を、確かお前達ニンゲンの間では勇敢とよんだな。だが無謀と勇気をはき違えるな。この場においては命を優先する者を勇敢とよぶ、なあニンゲンの子らよ)
「お前が誰か知らないが何が望みだ」
明らかに異質なものだ。
この祠の中にいるのは。
おそらくレイス以上に。
(話が早くて助かるな。少しこのロープを切ってくれるだけでいい、そうすればレイスを一瞬で消してみせよう。ここは少し動きずらくて敵わん、それにタダとは言わん。望みを言えニンゲン、お前達の心からの願いを、我が叶えてみせよう)
なんだ……コイツの声。
危険だ、直接感情そのものを揺さぶってくるかのような声。
心の中にいとも簡単に入ってきて、感情をかき乱してゆく。
そう、バケツに入れた絵の具の色を、赤から青へ、青から赤へとたちどころに塗り替えてゆくような。
甘い甘い誘い水に誘われているかのような。
砂漠の中でカラカラの喉に、一杯の水を出されたかのような。
そういう魔力染みた声だ。
「……いいぜ条件がある」
治療を終え、ルクスが何者かの問いに立ち上がって答えた。