20〜旅立ち前夜、最後の夜
お気に入りの服、羽根ペンとノート。それに日持ちのいい食料と寝袋。信頼のおけるもの、詰めれるだけバックに詰めた。
旅に出る為の準備。
勢いでアズシア達に同行するって伝えたけど、金はどうしようかな…。貯めた小遣いは、なけなしの銀貨2枚しかない。
アズシアを頼るのも、なんかなあ…。
まあ冒険者時代になるなら、自分でなんとか稼ぐか。
荷物はもう少し減らしたいのだが、これが最低限だ。
人は荷物が多いほど、その土地に縛られる。
だから俺も荷物も身軽でありたい。
家にいるとちょっと気まずくて、俺は村の裏手の海へ来た。漆黒の海は、寄せては返す波の音を運んでくる。
ふぅ……肌を抜ける夜風が気持ちいいな。
ハルカと何回か一緒に来た海辺。
一人も…まあいいもんだな。
足音が聞こえる。
こんな遅くにいったい誰だ?
足音の主はランプを下に置き、俺の近くまで来ると、腰をゆっくり下ろした。
……何でだ?
何でハルカがここにいるんだ?
修復不可能なほど、嫌われたと思ったんだけど。
隣のハルカは、漆黒の海をまっすぐ据えている。
俺とハルカの間には、一人座れるくらいの隙間がある。
闇夜の中、ランプがひっそりした灯を主張していて、この世界に俺とハルカだけしかいない。そんな錯覚に陥りそうになる。
一言も喋らないし、俺が邪魔なのかな。
そう思った時だった。
肩に僅かな重み。
石鹸の香りが鼻をかすめた。
ハルカが俺に身体を寄せ、頭を預けてきた。
どういうこと? なんで!? 何この状況!
ドッ、ドッ、ドッと心臓の鼓動が早くなる。
夜の海に二人だけ。
お互いに気持ちを知ってる同士。
こんな状況だ。
どうしてもハルカを意識してしまう
「支えなさいよ…アンタがここ退いたら私は砂に頭つけちゃうから」
「ああ…ここにいるさ」
「私ねカナタのこと好きよ。偽者のアンタは好きじゃないけど」
「知ってる」
「困ったものよね。声も姿もカナタそのものだけど、中身だけが違うなんて。アンタも困ったんじゃない、別人になるなんてさ」
「そりゃ…困惑したよ。全く環境の違う他人になったんだからさ。でも仲間の皆に会えたことは、すごく俺にとってプラスになった」
「馬鹿ね」
「うん」
うん。じゃねえだろ。
もうちっと気の効いたこと言えよ俺。
俺の中の俺を責めたてる。
「サーニャに聞いたわ、あの頭のおかしい王女と旅に出るって」
頭がおかしいって…。
アズシアがここに居なくて良かった…ハルカにバカって言われて内心ご立腹だったみたいだから。
「あれでも、いいとこあるんだぜ」
「そんなの知らないし、知りたくもない。そっか…行っちゃうんだ。今生の別れになるね」
「…かもな」
ハルカは、別れの挨拶をしに来たのだろうか。
「ところでさ…何であんな行動したの?」
あんな行動とは、俺が脈なくハルカを抱きしめたことだ。言語化するとなると、どうにも恥ずかしいな。
「抱きしめたかったからだ。俺はハルカのことが好きだし」
「何それ理由になってない」
「そうしたかったからだ。他に理由がいるか?」
「そうなんだ」
端的に告げるハルカの心情は、読み取れない。
「ねえ…私のどんなところが好きなの?」
「そうだな…まず村の同世代で一番綺麗なところ。ハルカの長くて綺麗な黒髪が俺は好きだ」
「見た目だけじゃない。そりゃ言われて悪い気はしないかけど」
「あとは、親身になってくれるところ。異世界に転移した俺に色々教えてくれた」
「芯がしっかりしてるとこも好きだ。嫌なことは嫌、好きなことは好きってハッキリ言うところ」
「あとは、やっぱりハルカの笑った顔が一番好きだ。ハルカが笑うと、俺も幸せな気分になるんだ」
「……そっか。じゃあ私も伝えときたいことがあるわ」
改まって何だろう。
グーパンさせろとかだろうか。
せめて一回にしてほしいな、暴力的なのは。
「…キスして」
「…えっ。はっ、ちょ」
どもってしまう。
「な、何で」
「そうしたいからよ」
「俺はカナタじゃないぞ」
「知ってる、私はカナタにしたいだけだから」
…どうする、どうしたらいいんだ。
俺はカナタじゃない。
でも目の前のハルカは瞳を閉じて、こっちのアクションを待ってる。
心臓が爆発しそうだ。
脳は痺れたように、思考が働かない。
いや、答えなんて最初から決まってる。
決意が足りないだけだ。
俺はハルカの肩を両手で掴んだ。
身をピクリとさせたハルカは硬直したように、動かない。
生唾を意識的に飲み込み、煩悩と思慮深さの間で揺れる心を鎮めつつ、ゆっくりと唇までの距離を縮めていく。
微かな吐息を感じつつ、瞼の裏のハルカを想像し、そっと唇を重ねた。
柔らかくて心地よい唇の感触。
その時、互いの気持ちが確かに伝わった気がした。
永遠とも思われた一瞬に、心残りを感じつつ、唇を離した。
「…ありがと。そしてさよなら」
そう言って、未練無さそうにハルカは立ち上がる。
俺は衝動的に、後ろからハルカを抱きしめた。
「な…何よ」
「最後だから…もう少し、もう少しだけこのままで」
」
「うん」
「仕方ないね。甘えたがりだねカナタは」
「ああ」
数分間そうしていただろうか。
どちらからともなく、身体を離し今度こそ別れを告げた。
ーー翌日の早朝。
村の入り口で待つ、ソルトとアズシアに合流した。天気はこの門出を祝福するように、雲ひとつとない青空が広がっていた。
この1年間。
色んなことがあった。
長いようで短かった村での生活。
この門を抜けると、いよいよ旅が始まる。
「カナタ。親は説得できましたか?」
「してないよ反対されたから」
「それはいけませんね。双方の合意が無ければ、後くされが残ります。ここはひとつアズが説得してきましょう」
「えっ? それは困る」
アズシアは勝手に、俺の家の方へ向かっていった。
「まあ任せればいいよ。ああ見えても伏魔殿とも言われる、舞踏会や宮廷で交渉術を身につけて来たアズシア様だから」
ソルトがそう言うのでアズシアに任せたら、数分で戻ってきた。
交渉は無事に成功したらしい。
信じられん…あの天元突破ナルシストにして、超ド級のワガママと高飛車を併せ持つアズシアが、一体何を喋ったんだろう。
そして村を出る。
そこにはサーニャ、リュカ、ルクスがいた。
言葉は無粋だ。
拳を作り一人ずつ合わせていく。
それだけで十分。
ハルカは…来てないか。
草原と崖が見える。
その崖に、風に揺れスカートと髪をなびかせた彼女はいた。
拳を立てこちらに向ける。
俺も合わせるように拳を立て、前に進む。
自然と俺の口元が綻ぶのが分かる。
さよならアッテル村。
そしてありがとう。リュカ、サーニャ、ルクス、ハルカ。
行って来ます。
絶対に皆のこと忘れないよ。
ラプラスの悪魔を討伐し、定められた運命をブチ破って理想の世界にしてみせる。
これにて完結と致します。
正直、これ以上伸びないと思ったので終幕にします。
ハルカ、カナタへというタイトルには主人公カナタとヒロイン、ハルカの名前を入れました。後々の伏線も含んでいます。
この話のキーワード、預言書にも関わってきます。
モチーフはヴィジュアル系バンド、ピエロのハルカ、カナタへの曲から、イメージしてこの作品を作りました。
閲覧、ブクマして戴いた皆様ありがとうございました。