18〜告白〜愛しいキミへ
アズシアのワガママに、時間を割きつつも秘密基地、に辿りついた。ここから見える村の麓は2度目の夜と違い、村の生活の灯火が見える。
「もうっ遅いじゃないカナタ! 一体何やって…」
ハンモックから、直接ジャンプし降りてきたハルカは、両手を腰につけ、眉根を寄せながら、俺の方へ近づいて来た。これから、俺を断罪する為の抗議が始まるのだろう。
ハルカの顔を見たら涙が出そうになった。
ラプラスの話なら、一度死んだハルカはまた死の道を辿る。
俺はそのハルカを、脈絡もなく抱きしめた。
急に込み上げてきた愛しさと切なさが、俺を突き動かす。
「ちょっ、…ちょっと、なななな、なにっ!? 急に。皆が…見てるじゃない。…恥ずかしいよ」
ハルカの柔らかな髪の感触が頰に当たる。
石鹸のいい香りが鼻腔をくすぐり、目眩をおこしそうになる。
ぎこちなく硬直としたハルカの体は、俺の体重を受け入れてくれるように、少しずつ身を寄せてくる。
「もう少しこのまま…このままで、いさせてほしい」
「…うん」
凄く安心する。
揺りかごの中で揺られてるかのように。
震えるハルカの腕が、ゆっくりと俺の背中に回される。どうしていいか分からない。そんな、ぎこちなさを感じるけど、俺はハルカの行動に応えるように、華奢な体を労わりながら、より強く抱きしめた。
トクン、トクンと主張するハルカの温かな心臓の音が、互いの体を伝わって感じる。幸福感に痺れながら、俺はこの感覚に身を任せ瞳を伏せた。
「カナタ…少し痛いよ」
ハルカの、こそばゆい吐息が耳にかかる。
「あぁ…。嫌か」
「うぅん…嫌じゃあないよ」
「今日は……少し変だよカナタ。どうしたの?」
「かもな…聞いてほしいことがあるんだ」
「何…かな?」
まだこのままでいたい。
そんな未練はある。
抱きしめていた腕を解き、ハルカの両肩に腕を伸ばした。
桜色に染まる頰と、潤んだハルカの瞳。
綺麗だ、村で一番綺麗だハルカは。
ハルカは恐らく期待して待っているだろう。
俺の告白を。
あぁ、やっと分かったこの感情。
俺はハルカのことが好きなんだ。
この一年間一緒にいて、魚釣りとか秘密基地の作成。一緒に海に入ったりとか、料理したり夜空を眺め語りあったりと、楽しかった本当に。
気がつけば、いつも俺の側にはハルカがいた。
共に過ごした時間は、黄金時代の財産のようで、今でも鮮明に思い出せる。
「ハルカ」
「…うん」
ーーでもダメなんだ。
ハルカが見ているのはカナタという、
幻想のフィルターを通した俺だ。
そこに本当の俺はいない。
ハルカの気持ちに俺は気がついている。
2度目の時間で、隠していた本心を知ってしまったから。
俺はそんなに器用じゃない。
ハルカの気持ちを利用したまま、付き合うとか無理だ。
これから告げるのは残酷な言葉。
ハルカをきっと傷つけてしまう。
……言わない方がいいのは分かってる。
俺だって正直、怖い。
「ハルカ…俺さカナタじゃないんだ」
「……えっ? いきなり何を…言い出すの」
ぎこちない笑みを貼り付かせ、困惑した表情のハルカ。
「言いたいことは分かる」
「分からない…カナタの言ってる意味が分からないよ」
「俺は異世界から来た。そして気がついたら、カナタになってたんだ。1年くらい前からかな……俺の体に本来のカナタの魂はない。年も皆より10コ以上は上さ、黙っていてゴメン」
俺は深々と頭を下げた。
罵ってくれても殴ってもらっても構わない。
茶色い木の床に、ぽつりぽつりと水滴が落ちた。
ゆっくりと顔を上げると、涙で顔をくしゃくしゃにしたハルカがいた。
罪悪感に苛まされる。
「何で…何でっ今更、そんなこと言うのよ。私をからかってるの? さっきの何だったのよ」
嗚咽しながら、俺の肩を駄々をこねる子供みたいに、両手で力なく殴りつけてくる。
俺にハルカの涙を止める術もなく、俺を叩く手を止める権利もない。痛々しさすら感じるハルカを、なぐさめる言葉すら見当たらない。
「…済まない」
結局、口から出た言葉は、自己憐憫のテンプレートのような謝罪の言葉。
「他に何か言うことっ…ないの他にっ」
「好きだよ」
謝罪に徹するつもりだっけど、ふいに口から飛び出た俺の本心からの言葉。口にしても抱擁の後だからか、不思議と気恥ずかしさはない。
好きって気持ちを伝えるのは、言葉だけじゃない。抱擁だってキスだってそう。
それでも、古来より使い古されたこの言葉は互いに想い合ってるなら、言われた方は安心するし、気持ちが安らぐ。
もっともシンプルで一番相手に、気持ちを伝えやすい言葉。
「なっ、ななな、ずるい…ずるいわよその言葉。いまは私が責める場面…でしょうが」
再び頰を紅潮させ涙を拭い、ぐずついた口調でそう言った。
こほんと小さな咳払いが耳に入る。
他にも仲間がいるのすら忘れるほど、ハルカに想いを傾けていた。それほど、静かで甘く切ない濃厚な時間だった。
夢見心地さながらの、ぼうっとした意識は改めて現実に紡がれ部屋を見渡す。
口元へ扇子を当て、意味深な笑みを浮かべるアズシア。その横にいるソルト。この空気感を作り出した張本人たる俺から目を反らした。どういう表情をすればいいか分からないといった様子。
サーニャはポカンとした表情をしてる。
何考えてるか分からない。
リュカは顔を真っ赤にして、身を硬直させている。刺激が強すぎかのもしれない。
ルクスは明るい笑顔を向け、親指を突き立ててくる。
皆の反応はこんな感じだ。
「で、ハルカはどう思ってるかしら。カナタの心に嘘はない様子です」
「てか…貴方は誰? 」
「アズはレゾニア第三王女。アズシア=フローライト。アズの下僕のカナタが、貴方のことを好きと言ってるのよ。答えるべきではなくて?」
「誰が下僕だっ!」
「あらあらカナタ。少し先の未来でアズと一緒に村に行ったではありませんか。あの夜のことをお忘れになったのかしら」
「王女っ?…一緒に村? あの夜? どういうことよカナタ」
少しずつハルカに表情に怒りがこもっていく。アズシアのヤツこの場を楽しんでやがる。わざとらしい言い方しやがって。
「あれは燃えるような暑い夜でした…アズはまず村につくとシャワーを…むぐっ、ちょっとソルト!」
ソルトが曖昧な笑みを作りながら、アズシアの口を塞いだ。
「他人の恋路を邪魔しちゃダメですよ。アズシア様」
「分かってますよそれぐらい。あまりに甘い空間でしたので、アズ少しだけ妬いてしまいましたわ。光栄に思うがいいわ二人とも、このアズが見届け人になって差し上げましょう。感謝することね、さっ続きをドウゾ」
「カナタ何あの人? 都会の舞台芸人か何か?」
「気にしないでくれ。ハルカへの気持ちは俺の伝えたとおりだ。リュカ、サーニャ、そしてハルカ。まだ伝えてないことがある、大事な話なんだ、聞いてくれ」
一様にうなずく3人。
それから俺はルクス達に、説明した同様のことを話した。
反応はそれぞれ、驚愕、同情、憤怒、悲痛。
俺の話に3人の表情は色を変えてゆく。
「信じられないカナタが異世界の人で、しかも3度時間を巻き戻してるだなんて」
「僕も耳を疑うよ。しかも中身がカナタじゃないなんて」
「あぁ? カナタはカナタだろ、何も変わらねーじゃねーか」
「ルクスは単純でいいね」
「バカにしてんのかリュカ」
「ひっ…そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「あちしは気づいてたぞ。なーんか違うって」
「嘘つけよサーニャ」
「本当なのだ。まず、まばたきの回数とかー、部屋に入ってくる時ドアを左手であけるとかー魚と肉があったら肉から食べるとかー連続した相槌の回数とかー」
「こ…細けえな。でもそんなん、その日の気分かもしれーねじゃん」
「一体何者…」
あのアズシアが驚いている。
それぐらいに普段、ぼぅっとしてるのにサーニャは洞察力が鋭い。
「まだあるのだ。というか皆カナタのクセを忘れてる」
「なんだっけ?」
ルクスが首を捻る。
「あの、もういいかな」
「どうぞ、よろしくてよ」
顔を覆う扇子の先から、妖しげなに光る瞳を覗かせアズシアが言う。
これは言ってなかった。
確定した未来らしい。
言い辛い…でも言わなきゃ。
「ハルカ」
「何さ」
もう涙は止まってシレッとした表情だ。
「君は死ぬ。俺が見た未来の中で。ラプラスの悪魔は言った、一度起こった出来事は形を変えて同じ道を辿ると」
「何で…何で…そんなこと言うの。カナタじゃないのを告白したから? 嫌がらせのつもりなの?」
「違う! 聞いてくれハルカ!」
「嫌いよ! アンタなんか大っ嫌い!」
ハルカは涙を零しながら、基地の外へ出ようとする。
その腕を俺は、反射的に摑んだ。
殺意にも似た光が宿る視線を向けられ、背筋が凍る思いがして、手の力を緩めそうになってしまう。
「頼むよ。説明したとおり、村は危険な可能性がある。お願いだ、ここにいてくれ。俺は君を死なせたくない。その為の解決策をこれから、皆で考えるんだ」
「アンタ…やっぱりカナタじゃないね。カナタなら村の人達も私達も両方救おうとしたはずよ」
「あぁ。正直言うと、俺は皆の方が大事だからな」
「……最低っねアンタ」
俺はハルカの腕を離してしまう。
ふららふと外へ向かおうとするハルカ。
「お待ちなさい」
「アズシア様」
「分かってるわよソルト。一つ言わせて貰うわ、カナタがここに来たのは、ラプラスを止めるのを優先した為よ。分かるでしょうそれぐらい。それに鬱陶しいのよ、世界で自分が一番不幸と酔い、ナルシズムに浸る女がね 」
「フンッ…ナルシズムはアンタの方じゃない」
「あらアズが美しく可憐なのは、この世の常識。当然のことですわ。それを自ら本音を述べたとこで、何の罪が?」
「呆れた人ね。バカに何言っても無駄のようね」
「ハルカ!」
「アンタに言われなくても分かるわよ。基地の外で待機してるから、終わったら教えてサーニャ、少し外の空気をを吸いたいの」
「う、うん」
こうして最悪の空気のまま、作戦会議を始めることとなった。
基地の外にいるハルカは今、どんな顔をしてるんだろう。
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