17〜全てを打ち明ける日
目が覚める。
意識を凝らすと同時に、すぐに焦燥感に襲われる。
倒れてしまった愚かな自分をなじりつつも、慌てて周囲を確認する。
外じゃない。
秘密基地を越えて、アズシアのいるベースに向かったまでは覚えてる。
「あっ」
思わず間の抜けた一言。
そこに目的の彼女はいた。
ナルシストの代名詞にして究極のワガママ王女。ラプラスの悪魔と数分間やり合える腕前。自ら強いと自負し、若干15才にして、数種の魔法と神級魔法を操るアズシア=フローライト。
「起きましたか」
ティーカップを手に、粗末な三脚イスに座っていたアズシアが立ち上がる。
俺の額に冷んやりとした手を当て、自分の額と比較し熱を測っている。
「もう大丈夫みたいですね。貴方、ここから少し離れていたところで倒れてましたのよ。ところでこのアズに出会えた奇跡に、お礼を言うべきでなくて?」
この初対面の相手にも、上から目線の口上も変わりない。俺の知るアズシアそのもの。
「そうだ……ルクスは何処? ソルト、それにラプラスの悪魔も!」
俺は立ち上がって、テントのシャッターを開けた。
太陽は沈み、もう夕暮れ。
しまった…!?
せっかく時間を戻したのに、不吉な予感が胸にとめどなく押し寄せ、体温がカァッと上昇していくのを感じる。
また、あの惨劇を繰り返すのは御免だ! 絶対に!
「……ラプラス、ラプラスの悪魔っ! 確認しないと」
足を踏み出そうとすると、襟を後ろから掴まれた。
「待ちなさい。ルクスやソルトのことを知ってるようね。それにラプラスの悪魔と仰いましたが、説明なさい全部」
「そんな暇はないんだ! 皆が殺されるかもしれない!」
半ば混乱した頭で飛び出そうとする。
「待ちなさい」
低く厳粛なアズシアの声。
貴重な時間を無駄にしたくないが、つい声の主の存在感によって振り返る。
「だから…そんな時間が」
「うわっ」
魔法でパシャっと顔に水をかけられる。
一瞬、何が起こったのか、沸騰した頭は理解に遅れたが、やがて怒りが沸いてきた。
「落ち着きない。焦っても思考は淀み、緊張は身体を硬直させる。いい結果は得られないわ。ゆっくり落ちついてアズに話しなさい…ねっ。リラックス、リラックス」
アズシアはタオルを用意し、俺の顔や首元を丁寧に拭いてくれた。
…何でこんなに優しいんだよ。
超のつくワガママで、高飛車で、究極ナルシストの塊のクセに。
気まぐれの優しさが、涙腺に触れた。
これまで抱えてきた、緊張の糸が一気に解けて、泣いた…人目もはばからずに泣いた。
「ぐふっ…ふぅっ…ふっ……ひっく」
「よしよしよし。辛かったのね、アズに話してみなさい」
アズシアの柔かな手の感触が、髪をくしゃくしゃとする。もう少しこの感触に身を任せてもいいかなと、風邪を引いた子供みたいに少し甘えたくなる。
「ただいま帰りました」
「ちーっす。戻りましたーあぁっカナタ! 何やってんだ、代われ、俺と代われ!」
ソルトとルクスが帰って来た。
手にはお盆を持ちパンとか、野菜の入ったスープ、干し肉が添えられている。
「急に騒がしくなるわね。ご苦労、食事はそこに置いて」
「はいアズシア様。君もう体調は大丈夫なのか? 僕が君をここまで運んだんだ」
「ありがとうソルト君。皆に大事な話があるんだ。時間がないから歩きながら話す、一緒に着いて来て欲しい所がある」
ルクスとソルトは顔を見合わせる。
一体何事だろう、疑問を浮かべた表情。
「カナタお前…泣いてるのか」
「なんでもねえよ。さっ、行こう」
上着の袖で涙を拭う。
今日は泣きっぱなしだ。
泣いて焦って、悩んで、苦しんで。
もうずっと、抱えてきた荷物を下ろそう。
一人で抱えてきたこの問題や、能力のこと、これから起こること、俺が見てきたことや感じたこと。
そして俺がカナタじゃないことも。
否定の言葉や心にもないことを、投げられるかもしれない。
…それでもいい。
大事なんだ、この仲間達との時間が。
全て打ち明けた上で、これからも付き合っていきたい。
「仕方ありませんね、食事が冷めてしまう前に帰りましょう」
ラプラスの悪魔の祠を目指して歩く。
祠に向かうにつれて、侵入者を拒むかのように青々とした草の丈が深くなってゆく。
「ソルトは俺の、後ろを歩いた方がいいぜ」
「どういう意味だよっ! 身長か! 身長のことっ!」
目立ちたがりのルクスが先頭をゆく。
「その祠付近にはレイスが出現すると」
「うん。全滅しそうになった」
「ではルクスが先頭を。アズが後ろに続きます。真ん中にカナタ、一番後がソルト、これがベストでしょう。一応、警戒しつつ行きましょう。本当はレイス如きアズ一人で十分なんですけどね」
俺は、歩きながらことの顛末を語り出す。皆は頷きながら、時折相づちを打っては無言で目的地を目指す。
今ルクスやアズシアは、どんな表情をしているんだろう。
時戻しの能力のこと。
時間を3度戻して俺が見た未来のこと。
ラプラスの悪魔と予言書のこと。
これらのことを説明する。
下手すりゃ死んだ可能性だってあるんだ。
ルクスとアズシアとソルトは。
俺が見た最悪の未来の中で。
ラプラスは言った。
一度、起こったことは形を変えて、また同じ結果を辿ると。
死の宣告に等しい説明を受けて、どんな気分になるんだろう。命は誰だって惜しい。それがいつしか無くなってしまう可能性。背中から鎌を持つ死神に立たれた気分だと思う。きっと怖いと思う。
申し訳なさを感じながら、俺は説明した。
俺がカナタじゃないこと…これは言えなかった。
いざ、言おうとしたら心にブレーキがかかった。
……俺は卑怯だ。
そして、ラプラスの悪魔の祠にたどり着く。
祠の辺りは虫の鳴き声も、風もなく、時が止まったように静けさを保っている。
俺から経緯を聞いたからか、皆一様に緊張した表情を浮かべている。
祠の視線を向ける。
そこにあるはずの物が無かった。
ラプラスを封印した、封印のロープが切られている。
絶望。
鉛のような絶望が心に重くのしかかる。
「嘘だろ……くそっ! またか! また間に合わなかったのか……また、時間を戻してっーー」
頭痛を通りこして、頭が割れるような痛みに襲われた。これ以上使ったら、死ぬ。
確実に、そんな予感がある。
「ぐああぁあっ……頭がっ…ぁ!」
ルクスが俺の肩に手を置き、首を左右に振った。珍しく神妙な顔をしている。
「カナタ、もういいよ。お前頑張ったよ、リスクがあるんだろその能力。時間を戻すんじゃなく、これからのこと皆で考えよう」
「済まない……本当に済まない」
結局のところ俺は無力だ。
時戻しの能力を持ちながら、誰一人として救えていない。
そういえば…ハルカはどうしたんだろう。
テレパスを送ってみよう。
途中で意識を失ってしまったからな。
(ハルカ無事か!)
(遅いよカナタ! もうサーちゃんもリュカもずっと待ってたのに! 何してたのよ)
(今から行く!)
「ハルカ達は無事だ。行こう秘密基地へ、そこでこれからの事を話そう」
皆が頷いてくれる。
「ところで未来のアズはどうですか? 可憐で素敵だったでしょう。未来のアズと話を出来た、貴重な奇跡にお礼を言うべきでなくて?」
「アンタは未来も今も最高だよ」
「様をつけなさい無礼者」
「いてっ!」
脳天チョップを食らった。
「まあ、せめてさん付けまでなら許すわカナタ」
そう言い、ゆるふわな髪をなびかせ、歩いていくアズシア。
少し皆の緊張が解けた気がする。
「なあルクス」
「なんだよカナタ」
「ルクスがアズシアに惚れた理由が、なんとなく分かったよ」
「えぇっ!? なんで分かった、言ってねえだろうなアズさんに」
「ルクスの態度見ればバレバレだよ。言ってないから安心してくれ…でもさ」
「でも何だよ」
「アズシアって人の感情が分かるんだろ色で。多分ルクスの気持ちに気づいてるよ」
ルクスはしゃがみこみ、顔を両手で隠し出す。穴があったら入りたい。そんな表情をしている。
「マジで?」
「マジだよ」
「うわぁーっ…どうしよう。すっげー恥ずかしい、もう顔みれねえ」
「大丈夫だルクス。同じ金色の髪じゃないか」
「そうだ、そうなんだよな! いや一緒なんだよな髪の色!」
ワケの分からん理論だが、ルクスは頰を緩ませスクッと立ち上がる。
「君たち、本当に仲がいいね。僕は騎士団で育ったから憧れるよ。周りは年上ばっかりだったからさ」
「大事な仲間だからな」
満月の月を見上げて俺は答えた。
あの月のように欠けることなく、皆と過ごせたらいいな。そう願いながら、秘密基地を目指す
「ソルト早くなさい。木の上に果物があったわ。アズが所望するのですから、今すぐ取りなさい」
「はい只今! ふぅ…やれやれだよ」
ソルトは苦笑いしつつ、アズシアの元へ駆けていった。
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