15〜奈落の底へ③〜最後の切り札
見ただけで圧巻させられる、体長3メートルはありそうな一ツ目巨人ギガンテス。
凶悪なライオンとヤギの顔に、尻尾のように蠢くヘビの身体を持つキマイラ。
状況は最悪にして最低。
出くわして、身を硬直させたかと思うといきなりバタンとサーニャが倒れた。見慣れない魔物を見て失神でもしたかと思って駆け寄る。
「サーニャ!」
「あちしに話かけるなカナタ。死んだフリをしているのだ。あちしは死体なのだ、見ざる、聞かざる、喋らざるなのだ」
こんな時に何をマイペースなことを。
バタン。
「俺も」
ルクスもサーニャに続き、死んだフリしたおバカな死体が2人出来上がる。
「遊んでる場合か!」
「見て分からねーかカナタ。山で熊に会ったら死んだフリが有効だと」
迷信だろそれは。
目の前にいるのは熊より凶暴だぞ。
熊だとしても、引っ掻かれて嚙み殺されるぞ。
「えっ、えーと熊に会った時は、顔を逸らさずゆっくりと後退したらいいはずだよ。でも、どっ、どうしよう。怖いから僕も!」
リュカお前もか!
ポツンと残された俺一人に対して、ギガンテスとキマイラが歩調を同じくして、近づいてくる。死んだフリした3人の作戦は功を成したのか、俺を狙っているらしい。
どうしよう。
勝てる気がしない。
助けを求めるように、後ろを振り返る。
絶対零度の氷壁に閉じこめられたラプラスは、いつの間にか脱出していて、アズシアと派手な魔法合戦を繰り広げている。
爆炎が広がり、轟音を伴う雷が辺りに降り注ぐ。
そんな中心で一進一退の攻防を繰り広げるアズシアとラプラス。文字通り桁違いにレベルが違う。
「ちぃっ!」
キマイラが、毒々しい紫の液を俺に向かい吐いてきた。塊の液体がこっちに向かってくる。
しまった!
避けきれない!
反射的に両腕を交差させ、身体を強張らせ目を強く瞑る。
じゅうううう。
耳にするのも恐ろしい、焼けるような音と煙が漂う。
あれ?…身体は何ともないぞ。
ソルトが俺の前にいて、盾で毒液を防いだのだ。
「ふぅ…間に合った。でも他の皆は間に合わなかった
。もう少し早く僕が間に合っていれば…皆の仇だ! 手向けにこの剣をくれてやるぞ魔物共!」
えぇええ!?
いや、皆生きてるから!
勘違いだから! おーい!
呼び止める手に気付かずに、言い出す暇もなくソルトは盾を構えながら、猛ダッシュする。
ギガンテスがその巨体から、丸太のような棍棒でソルトを上から叩きつけようとする。
地面を揺らすような一撃は空振りに終わる。
ソルトはひょいっ、ひょいっと棍棒から腕へと器用に飛び移り、肩まで移動する。
纏わりつくハエを払うかのように、空いた手でがぶりを打つ。ソルトはそれもジャンプして避けて、頭に乗っかるとギガンテスの目を剣でついた。
さらに、追撃で首への一撃。
「喰らえぇえええっ!」
威勢よい掛け声と共に、ギガンテスは「グオォオオオオ」と悲鳴を上げうつ伏せに倒れ込んだ。
ソルトは地面へ着地すると、衝撃を流すように一度転がってから姿勢をシャンとし立ち上がる。
「ふぅ」
つっ…強い。
見た目サーニャより少し背が高いくらいのチビッコなのに、自分よりもはるかに身体の大きいギガンテスを倒しちまった。
あのワガママ姫にして、専属騎士もこの強さか。
「よっしゃあ良くやったソルト! 加勢するぞ!」
状況有利と踏んだのか、死体と化していたルクスが剣を構え蘇った。
「うわぁあああー! ひぃっ…! ル、ルクスがあの世から戻ってきた」
ソルトは俺の背中に隠れ、ガクガクブルブルと震えている。
「あ〜? 何言ってんだソルト。死んでねーよ。死んだフリしてただけさ。いい作戦だろ」
「紛らわしいな! 本気で心配したんだからな!」
「あちしも参加するぞ。投石攻撃してやるのだ」
「君もか」
「ぼ、僕もです」
申し訳なさそうに、立ち上がるリュカ。
「あぁっ!?」
ソルトが素っ頓狂な声を上げた。
その方角へ、首を巡らすとアズシアが地面に、尻をついて座りこんでいるのが見える。
相対するように、ラプラスがやや頭上に漂っている。
「ここは任せたよ!」
ソルトがアズシアの援護に向かった。
バタン。
「あちしは物言わぬ死体なのだ」
再び死体と化すサーニャ。
「やってる場合か!?」
「グルルルル!」
唸り声を上げたキマイラが爪を振り翳して、突進してきた。
ぼとっ。
最初は、何が起こったのか分からなかった。
俺の腕が! 腕がゴミのように真横に転がっている。
「…っあぁああああああっ!」
遅れてやってきた痛覚。
我慢し切れずに、転げ回る。
いてぇええ、痛えよ、ちくしょう!
腕が…腕が! ちくしょう、ちくしょう!
「カナタ! てめぇえキマイラァ!」
形振り構わずにルクスが、激情に身を任せ突っ込んで行った。
一秒一秒の、時間の感覚が鋭敏になっていく。
他人の最後を看取るかのように、スローモーションに。
ルクスの剣はキマイラに届くことなく、強靱な爪で身体を引っ掻かれ倒れ込んだ。
それを見て戦意を喪失したリュカは、事切れた人形みたいに座り込んで、現実を直視しないように目と耳を塞いだ。
サーニャは死んだフリをしながら、小さなその身をガタガタと震わせている。
血が流れすぎて目が霞んできた。
やめろ…やめろ!
こんな現実を俺は、望んでいなかった。
ただ、この仲間達と平和に過ごしたかっただけなのに、何でこうなるんだ!?
時間を戻せば、戻すほどに。
俺の意思とは無関係に、薄情な神様が悪戯でもしてるかのように、より最悪な未来へと歯車は動いてゆく。
それでも僅かな希望が、あるのなら。
理想の未来を目指すなら、使うしかない。
完全夢想の再遊戯、発動!!!
カウントが10秒から始まる。
10秒だと?
何故だろう、カウントが1秒ずつ縮まってきてる。
これまでと違うのはカウントだけではない。
視界の景色がブレるし、頭の神経が焼き切れそうなほどに痛い。
身体は異常なほどに熱を帯びて、胸の底から吐き気が込み上げてくる。あまりの気持ち悪さに、草の上に倒れ込んでしまう。
危険だ。
身体が忠告している。
完全夢想の再遊戯のを使うのは危険だと、身体のあちこちで信号を送っている。
何でだ…。
今までに気持ち悪さはあったが、ここまでの異常な身体への負担はなかった。
連続使用が原因なのか。
分からない、分からないことだらけだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ」
薄目を開けると、キマイラが倒れ込んだルクスの頭を踏みつけている。
地面にメリメリと、仰向けの頭から圧をかけられるルクス。 ルクスはぐったりとして、何とか震える手で抵抗を心見てる。
「早く…早くしろ…あと3秒!」
より一層圧をかけられるルクス。
ついに動きが止まる。
2…1…0。
「っ早くしろぉおおお!」
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