11~寄せられる好意
「別に嫌ってなどないわ。王女か何か知らないけど、隣にいると食事が不味くなりそうだから、移動するだけよ」
この場をどうしようかと、イスの傍で固まるルクス。
アズシアはきょとんとした表情、不思議そうで心底疑問に思っている、そんな表情。
「口を慎みなさいハルカ。このアズがいて食事が不味くなりそうなどと、全ての存在はアズと一緒に食事を食べたがっている。貴方もそうではなくて?」
静かにそう言い放つ。
もはや、宇宙人と会話でもしてるような感覚だろう。
ハルカは口をぽかんと開けたまま、滑稽と見られかねない開いた口を紡いだ。
そして張り裂けんばかりの大声。
「こっ……この勘違いスッポン女! 頭がどうにかしてるんじゃないの? 皮肉も分からないの!」
スッポン?
あぁ、しつこいて意味ね多分。そう推測する。
「大きな声を出さなくても聞こえているわ、もう少しお上品に喋れないのかしら? どうかしているのは貴方よハルカ」
これはまずい……終わりのない口げんかは、千日たっても続きそうだ。
「んーよくわからないけど、あちしが、おうじょさまのとなりいこうか? ききたいことがあるのだ」
「このアズに聞きたいことがあるのかしら? いいでしょう質問を許可してあげても」
「じゃあ、あちしがそこいくー」
凍ったように思われる時の中を、すいすい歩いてイスへ座るサーニャ。
空気を読まない無敵っぷりに、永遠に続くかと思われた時間の感覚が、緩やかに流れ始めた。
そして、俺の隣にはハルカが座る。
表情はまだ不機嫌そのもの。座ると同時「……まったく」なんて恨めし気な声が聞こえてくる。
「どういう経緯で、あの勘違いスッポンを連れてきたの?」
俺は事情をハルカに説明する。
「なるほどね。ラプラスの悪魔か……あら、カナタ……口に食べカスがついてるわ」
と言いとってくれた。
ひんやりとした指先の感覚が、口元を優しく拭ってくれた。
「サンキュー」
「ねえねえ、ハルカはカナタのことがすきなの?」
小首を傾げたサーニャが、いきなり突拍子もないことを言いだす。
全員の視線がハルカへと注がれる。
俺はハルカのことを親しい友人だと思っていたし、すぐにいつもの調子で冷静に否定するだろうと考えていた。
――だが。
火が出そうなほど頬を赤らめ、少しうつむき口元を両手で覆う。
「なっ……何言ってるのサーちゃんたら、別にハルカのことなんて、な……な、な、ななんとも」
ごにょごにょと、語尾にかけるにつれ小声になるハルカ。
ハルカは美人だし好意を寄せられるなら、喜ばしいことだ。
思いもよらない展開に、ほんのりと頬が熱を帯びていくのを自覚した。
急に心臓がどきどきと早鐘を打つ。
隣にいるハルカを急に意識しはじめる。
全員がハルカの言葉を待つ。
「だからっその……その、ハルカのことはべっ、別に好きじゃな、ななな、ないんだからっ!」
ツンデレのテンプレートを模り、噛みながらも勢いで否定をする。
ルクスが口笛でひゅう、と茶化すような音を入れてきた。
「なーんだ。あちしはハルカが、こういをもってるようにみえたんだけどなー」
「サーちゃん。それは、かかか、勘違いなんだからねっ」
なんとなく皆、ハルカの抱いてる好意は理解した。
これ以上の追及はやめておこう、そんな空気が蔓延する中アズシアが口を開いた。
「好きなのよね」
「だっ、だから。そういうのじゃないって」
「アズはね。人の感情が分かってしまうの、色で見えてしまうの。心が読めるほどはないけども」
いきなりアズシアが、とんでもないこと言いだす。
「好意は伝えれる時に伝えるべきものよ。明日どうなるなんて、誰にも分からないんだから。後悔したくないなら言葉ではっきり伝えるべきよ」
ソルトが用意したお茶をすすりながら、そう呟いた。
「アンタには関係ないでしょっ! もういいっ !帰る!」
ハルカは足早に歩き、ドアを開けて外へ去っていく。
「追わなくていいのかしらカナタ?」
「そうだよ! 追えってカナタ! そして抱きしめろ!」
くっそう……人の色恋だと思って好き勝手いいやがる。
そして楽しんでやがる。
でも、何て声をかけたらいいんだろう。
追わなくてはいけないという強迫観念と、自分の曖昧な心の中で渦巻くような葛藤が、俺をこの場に縫いつけた。
そもそも俺はカナタではない。
カナタに宿り、異世界転移してきた言わば殻の偽物。
これまでの12年間含めてのカナタが好きなのだったら、俺はそこに介入するべきではないと思う。
何より恐れてる。
俺がカナタではないと、もし知れた時に、仲間の皆はどんな反応をするのか?
引き潮が去ってゆくように、皆が俺から離れていく幻想が、頭の片隅で見えた。
今日中にあと2話投稿予定。