10~秘密基地にて料理
――降って沸いた災難。
俺達はアズシアご要望の、面白そうな場所へ連れて行けという要望に対し、ここしかない! と秘密基地へと案内することにした。
村の畑や海を見せたところで『何が面白いところなの? このアズをこんなに歩かせ疲れさせ、どういうつもりなのかしら?』 ――とか言いだすに決まってる! そして説教されることだろう。
胸を張り断言してもいい。
だいたい道中だってワガママを本領発揮し、樹に実っていたアケビを食べたいとか言いだす始末。
2メートルぐらいの高さに実るのだぞ。
まあ、それは俺のせいなんだどな。
「あっアケビだ」とか言いださなきゃ良かった。
結局アズシアが一口食べて、毒にも薬にもならないようなセリフを吐いてから、ほぼ丸々残ったアケビを受け取ったルクスが、「なあなあこれってさ間接キス……だよな。あげないぞカナタ」
と頬を緩ませてから、小動物みたいに平らげ、満足そうな表情をし親指を突き立ててきた。
純朴だなあと一言。
まあ道中、色々なワガママがあって~疲れた、盛大に疲れた。
そして秘密基地に来たワケだ。
アズシアは物珍しそうに、基地内を見ている。
そして時には触ったりして、瞳を細めたり大きくしたり、物色している。
別に壊したりしなきゃ、何触ってもいいけどさ。
アズシアの部屋とか王宮は、贅沢な調度品とかに溢れてるから、田舎情緒にあふれる秘密基地は珍しいのだとは思う。
ビー玉をころころと指で回すアズシアを眺める。
一国の王女様が、同じ空間の秘密基地にいるんだから不思議なモンだ。
鼻筋は通ってて、瞼を閉じると音がしそうなほど長い睫毛。
襟元から覗かせる桃色の肌、別の興味を見つけて、ビー玉から手を離し動きだすアズシア。ともに揺れる触り心地良さそうな、ゆるふわな金色の髪。
容姿だけは可愛いんだけどな。
街を歩いてたら大抵の男は、気になり振り返って後姿を眺めることだろう。出来れば、もう一度正面か見てみたい。そう思わせるほどに。
「おはよー」
ハルカがドアを開け姿を現した。
「よーハルカ」
「あれ……どちら様?」
イスに座っていたソルトが、しゃんと立ち上がり丁寧にお辞儀をする。
「ソルト=シオと言います、ルクスの知り合いで今日はこちらへ寄らせてもらいました」
ハルカは突然訪れた闖入者2人に、気にいらなさそうな表情を浮かべる。
俺とルクスへどういうこと? と言わんばかりの表情を見せたが、丁寧にあいさつで返した。
礼儀正しいソルトの態度に、いくらか態度を軟化させたのだと思う。
「そちら様は?」
問題はこの人だよ。
俺達の視線は一斉に、ワガママ王女へと向けられた。
「アズはレゾニア第三王女。アズシア=フローライトです、ハルカさんと言いましたね」
ハルカはコクリとうなずく。
「感謝することね、このアズとお近づきになれた奇跡に、今日という日がなければこの縁は一生なかったのでしょうから」
ハルカが無言でアズシアへ指を指す。
そして視線はルクスへ。
言わなくても分かるぞ……「なにこの人?」言葉は出ないが唇はそうかたちどる。
「ふっ……ふ~ん、そ、そう。よろしく」
「よろしくね」
また無意味に扇子を取り出したぞ。
ハルカは憮然とした表情のまま、ルクスの近くに行きひそひそ話。
弁明するように、曖昧な笑顔でハルカをなだめている。
そしてハルカは、指定席ともいえるハンモックへ。
うわ……ガンつけてるよ思いっきり。アズシアの背中へむけて。
アズシアはそんなことは露知らず、なんかサーニャの絵本を黙々と読んでるぞ。
……嵐の前の静けさ。
これから何かがここで起こる、そんな予兆を孕みつつも、静寂を破る者がいた。
「おはよーみんなーあちしがきたぞー!」
今度はサーニャ。
背は低く、あどけなさ残る少女サーニャ。
動くとおさげの髪が、生物みたいにぴょこぴょこ揺れる。
手には身体にふさわしくない、大きさの丸カゴを手に持っている。
「サーちゃん、なにそのカゴ」
「ぶたにくと、とりにくとさかな、たまご、それとねーやさいもってきた」
カゴの中をごそごそるサーニャのとこへ、ルクスが近づいてカゴの中を確認する。
「すっげえ量だな、どうしたんだコレ」
「いえから、ぱくってきた! みんなでたべようとおもって」
白い歯を見せ、悪びれもせずニッカリと笑う。
諫言も口に呑みこんでしそうになるほどの、無邪気な笑顔だ。
「ちょっとーいいのサーちゃん?」
ハルカが、ハンモックから身体を起こし言う。
「べんきょーでおこられた、はらいせなのだ!」
本人が了承を出しているのでルクスは、すっかりカゴの中の食材を食う前提でテーブルの上に並べていく。
「いいじゃねーかハルカ。一旦、腹に入っちまえばこっちのもんさ。さっそく料理しようぜ、頼んだぜハルカ、カナタ」
「ところであのふたり。だれー?」
「来客よ外からの。あっちの男の子がソルト、もう1人はほっときなさい。じゃあ料理するから、ルクスも手伝いなさいよ」
「男児、厨房にたつべからずってな、俺は料理しない主義なんだ、食べる専門!」
「偉そうに言ってるけど、冒険者目指してるのにそれでいいの?」
「保存食で間に合わせる!」
「そうねえ……ルクスに任せたらせっかくの料理が、黒焦げなりそうだし。いいわ座ってなさい」
「さすがハルカ、話が分かる」
「ボクも手伝いますよ。こう見えても炊事は得意なんです」
ソルトは料理が得意らしい。
「じゃあ野菜カットしてちょうだい」
「了解です!」
こうして料理を開始する。
肉はハルカが焼いてるので、俺はサーニャのもってきた中の卵でプリンを作ることにする。カラメルソースは砂糖を溶かして使えばいい。牛乳はハルカの氷魔法で簡易冷蔵庫が外に作ってあったので、それを使う。
牛乳はルクスぐらいしか飲まないからな。
料理が並び席につくと、さっそくイスに座っていたルクスが、フォークを伸ばす。
「ルクス行儀が悪いわよ」
「早いモン勝ちだよ、こういうのは」
口にもぐもぐ含みながら満足そうな表情。
「これもいただき!」
だが――させない。
互いのフォークが交差し、つばぜり合いのような形で均衡を保つ。
「ちぃっ! カナタこれは俺が狙ってたんだぞ!」
「これは譲る気はないぞルクス」
互いの目線から火花が散り、長くなりそうな争奪戦を予感させる。
「おっとー! てがすべってしまったー!」
すーっと横から伸びてくる手と、わざとらしい棒読み。
隣に座るサーニャの手である。
気づいた時には俺のプリンを奪って、口の中に放り込み、満足そうな表情で口の中をもごもごさせている。
「おぉーっ、はじめてたべるけど、ほんとうにうまいぞカナタ! 」
勝手に食べても、俺なら怒らないと踏んだのだろう。
サーニャの暴虐極まりない略奪。
酷くないちょっと……てか最初にプリン食うのかよ。
フリーダムすぎる。
「サーちゃん。デザートは最後ってカナタが言ってたじゃない、自分の分はどうしたの?」
「あっれーおっかしいなー。あちしのぶんがもうないのだー!」
唇を尖らせ、視線を反らすサーニャは、わざとらしく口笛を吹きはじめる。
酷い……酷すぎる。
味見は何回か家でしたけど、出来る限りの材料で本格的に作ったのは今日が初だというのに。
肩を落とし力を失った俺のフォークから、手を引いていくルクス。
急に目の前に肉から、興味を失いつつあるルクスの手の向かう先。
それは、ハルカの目の前に鎮座するプリンだ。
「おっとー! 手がすべってしまったー!」
サーニャとまったく同じ手法で、プリンを略奪しようとする。
ハルカが涼しい顔でそれを持ち上げ、ルクスの手は空をきる。
「ルクス、魔法で吹っ飛ばされたいなら、その手をもう一度伸ばしてみればいいわ」
「ちぇっ……分かったよ」
「いつも、こういう感じなんですか?」
控え目にイスに座っていたソルトが、ハルカに話しかける。
見たとこほとんど料理に手をつけていない。
「そうねえ。ご飯食べるとなると、こういう感じよ。悪いわね騒々しくて」
「騎士団にいる時も、こんな騒がしい食卓でしたから。僕は端っこにいることが多かったんですけど」
「その年で騎士って立派ねソルト君、ちなみに年は何才かしら?」
「14才です」
「えっ……年上? ごめんなさい。さん付けした方がよかったかしら」
「いえいえ。お構いなく」
ソルトは年上かよ。
全然見えんかった、てっきり俺達と同じぐらいだと。
俺達は、もう一人の存在をてっきり忘れていた。
料理に夢中になっていたので。
秘密基地にあるイスの数は仲間の5人分。
基地には6人いるので、1人分が足りない。
パタンと本を閉じる静かな音をさせて、ワガママ姫がやってくる。
「アズも合席させていただいていいかしら」
急に静まり返る食卓。
シオが反射的な動作で気を利かせ、イスを差し出した。
「どうぞアズシア様」
「ありがとう」
なんか苦労してそうだなソルト。
そして、よりによってアズシアの座る席はハルカの隣。
涼し気な顔で席につくアズシアとは対照的に、ハルカは隠しもせず嫌そうな表情を向けた。
「ルクス。私の席と交換してもいいわよ」
「マジで!? わりいなハルカ!」
アズシアにすっかり、ベタ惚れのボレッボレであるルクスは、その意図に気づくこともなく善意からの譲歩だと勘違いし、喜んで移動しようとする。
「お待ちなさいな。アズが来てから急に隣に座りたいだなんて、どういうことかしら? まるでアズを嫌ってるようではありませんか。ねえハルカ」
……嘘だろ、また始まったよ。
俺の悪い予感、その想像の斜め上をいとも簡単に突破していくアズシア。
男だけじゃなく、女の子相手でもこれかよ。
ハルカがアズシアを睨めつける。