1~始まりの村と秘密基地
――異世界転移。
こんな不可思議なことが自分の身に起こるだなんて。朝、目覚めたら俺はカナタという名の、12才の少年になっていた。
自分でも何を言ってるのか分からないが、俺自身未だ何が起きたのか理解できていない。
転移した先は、7大国のひとつリンガイア王国。
その山奥のアッテル村という、人口160人ほどの小村だ。
ここで、農作業の手伝いなどしながら暮らしている。
俺にはこの世界の、カナタの記憶がない。
まず、識字や地理の勉強を始めた。
この村にいる内はいい。文字を使うことが少ないからな。ずっとこの村にいるかは分からないし、外に出たら識字が出来ないと何かと不利になると思ったからだ。
この世界の文字はルーン文字のような一見して意味不明な文字だったが、地頭が優秀なのかそんなに苦労せず文字を覚えることが出来た。
あとは探り探りで、家族や近所の仲間と会話し、カナタという人間に違和感なく溶け込めるように推察し努力した。こればかりは苦労した、何せアンタ誰状態の俺に向こうが話を振ってくるのだから。
どうしても知らない問いをされた時には、最近、忘れっぽいんだよ。と聞き返すより他ならなかった。それでも1年かけて、なんとかこの村や世界のこと、カナタのこと色々と分かってきた。
俺には能力があった。
2日までの時間を遡れる。 完全夢想の再遊戯。
名称は俺が名づけた。
家族と暮らしてれば当然会話はおこる。
あまりに家族のことを知らない俺は疑われた。
調子悪いから寝るってことで、
誤魔化したけど、不自然さは拭えない。
あ~時間でも戻せたらなあ。
寝ながら、そんなことを考え瞼を閉じる。
そしたら景色が浮かんできた
視界の中で景色が迫ってくる、それは黄昏時のどこか祭壇頂上。下から光の粒子のようなものが、延々と浮かんでくる。
神秘的な光景だと思った。
両端の崖からは、滝壺があって水が流れ落ちている。正面には、小さな歯車と巨大な歯車があって今は止まっているようだ。
そして正面中心には、数字で描かれている時計があり、青白い光を放っている。
振り子のように揺れながら、時を刻む時計、どう見ても浮いている。
最初は夢かと思ったよ。
ほんで、瞼を開けるが、そこはもう見慣れた天井
もう一度、瞼を閉じるとまた、さっきの光景だ。
時計に意識を向けると、位置がピタリと中心で止まった。
気になって動かしてみる。
どうやら右回りには進まないようで、左回りだと針は動く。
試しに2周ほどぐるぐるさせると、音を立てた歯車が動くと同時、時計が光だし頭の中でカウントダウンが始る。12から0へと秒読みが終わると、意識の中の光景にヒビが入り砕ける。
すると、どういうことか2日前への過去へと戻った。
事前にどういう話を振ってくるかは知ってる。
あとの情報は村の良く遊ぶ仲間達から聞いたので、家族に疑われた夜を無事やり過ごした。
さて秘密基地行くか。
(おはよーカナタ。今日は秘密基地くるの?)
突然、頭の中に入ってきた文字。
文字を送ってきた相手はハルカだ。
(今、向かってる最中だよ調味料とお茶も持ってな)
(調味料は持ってこなくていい)
(なんでだよ)
(不味過ぎて舌がバカになるかと思った)
(おいおい失敗はな、成功の素といって無駄にはならないんだよ)
(お茶だけいい。お茶には期待してる、誰が容れたって味変わらないでしょ)
といい交信は途切れた。
ハルカには《テレパス》という変わった能力がある。
遠く離れた相手に声と文字を飛ばす能力。
テレパシーとは少し違ってて、瞬時に通信する能力ではない。
文字を飛ばす為に、距離が遠くなるほどにタイムラグがある。
ハルカから教わったテレパス。
というより俺にも偶然、素質があったという方が正しいか。
ハルカが退屈そうに文字を飛ばしてたら、俺にも文字が見えた。
それから文字の飛ばし方や、受信の仕方を聞いた。
感覚的なことなので、言葉で説明するのは、どうにも難しい。
この能力のことは、俺とハルカ以外は知らない。
しかし不評か魚醤は。
この世界どうやら醤油がないようなんだ。
魚と塩を浸けて作れると記憶してるのだが、なかなか上手くいかなくて思考錯誤しながらの作業。
まだまだ改良の余地アリだな。
リュカに味見させたら泣き出したぐらいだし。
アッテル村から離れ、秘密基地へ近づくにつれ家が少なくなる。
代わりに田んぼや牛や緑溢れる景色が目につく。
「おやカナタちゃんこんにちわ」
村のおばちゃんに声をかけられる。
「どうもこんにちわ」
「今度ウチの主人がまた文字の勉強を頼みたいって言ってたから、よろしく頼むよ」
「ええ、分かりました。また今度」
眩しい笑顔を向けてきたおばちゃんと別れる。
……といっても俺も覚えたてなんだけえ。
そうこう考えてる、間に森が見えてくる。
この森の中に俺達で作った秘密基地がある。
森から徒歩で5分ほどの距離。
大きな木の上にハシゴをかけた小さな小屋。
それと横たわるように、木で作った7畳ほどの広さの小屋。
ここが俺達の秘密基地。
木の上の小さな小屋は、ハルカの風魔法でたつまきを起こし木を上に運んで作った。
ピューっと板を上に器用に飛ばしてな。
あいつ魔法も使えるんだよな。
同じ年でどんだけ才能に溢れてるのか。
森の中をズンズン進んで行く。
そして、ひっそりと佇む秘密基地の中へと入る。
息を大きく吸い込む。
森の中だからか木の匂いと新鮮な空気が広がってて、なんだか落ち着く。
ここも秘密基地らしくなったな。
流木で作った棚やテーブルもあるし、リュカとルクスが編んできたゴザもある。
イスはまだ2個しかないけど、くつろぐ為のハンモックまである。
棚にはルクスの短剣。
ハルカの持ってきた絵本や辞典。
サーニャの色とりどりのガラス玉とぬいぐるみ。
リュカの良く分からん石と香りのする小瓶。
俺は鍋とヤカンと皿、それと火打ち石を棚に置いてる。
これがあれば、家に帰らずとも飯も作れるしな。
「あれ、今日は早いねカナタ」
ハルカがひょっこり現れ、茶色いポニーテールの髪が揺れる。
「一番乗りだ。出来てるよお茶」
「匂いは悪くないね……色は至って普通か、その前にカナタ飲んでよ。お茶飲んで死にたくない」
なんてやつだ。
猜疑心の塊のような目で、俺が作ったよもぎブレンドのお茶を見ている。
よもぎ茶に関しては問題ない。
現代でも飲んでたからな。
いかに体にいいか効能を十分に語ってもいいが、まあ飲んでみせた方が早いだろう。
お茶をずずっと飲み干す。
はー落ち着く。
元々よもぎのハーブみたいな味に、こっちで採れた味のある薬草。
ハミング草を混ぜると、あら不思議。
濃厚で香りも良く、ほどほど甘くいい感じのお茶になる。
俺が飲んだのを見て、ハルカがそうっとコップを手に掴む。
「速攻性の毒ではなさそうね、じゃあ飲むよ。飲むからね今」
毒なんかある物出すかよ。
はよ飲め。
目をギュッと閉じ、決意したようにコップに一口つけるハルカ。
「あれ……悪くないね、うん悪くない」
「ふふん。最大級の賛辞として受け取っておこう」
ハルカの悪くないはむしろ褒め言葉だ。
「おーい! 誰かいるかー!」
「ルクスの声だ。相変わらず騒がしいね朝から」
「何だろうな。また新種の虫見つけたとか、俺の剣技を見ろお前ら! とかだろう」
「あれ新種でも、なんでもなかったよね」
「まったくだ。一人で大騒ぎして」
そう言いながらハルカが外の方へ視線を向ける。
しばらくすると、金色で少しくせっ毛のあるルクスが来た。
走って来たのかルクスは息を切らしている。それに興奮してる様子でもある。
「大変だぜ大変! 裏の方に変な祠っつーの? とにかく、なんか変なのあったんだよ」
「全然分からないわルクス。落ちつきなさい、カナタの持ってきた調味料でも飲んで」
「いらねーよ、そんなモン。それよりさ、気味の悪い札がベタベタ張られたロープがあったんだよ。何重にも結んであってさ。ちょっと見てくれよ」
「そんなのあったんだ。基地の裏手の方にあるってのは少し嫌な感だね」
神妙な顔をしてハルカが親指をアゴに当て呟く。
「まあいいから来いって」
俺達は、互いに顔を見合わせルクスの後を追った。