その二
ご愛読ありがとう
子供の頃からの夢だった映画監督を目指して田舎から上京したというのに。
映画監督という夢に向かって無我夢中で走りつづけた僕の大学時代の苦労は一切酬われず、二十二歳になり大学を無事卒業。
夢を追いかける純朴な少年の生活から、汚い社会生活をよぎなくされもう二年が過ぎた。
現在二十四歳。彼女なし。仕事帰りにエロDVDを借りて帰るのが一番の楽しみになっている。
もはや僕も立派に汚れた大人。
では、本題だ。
心霊、妖怪、宇宙人。死後の世界に輪廻転生、神隠し。呪いに魔術に霊能力。ゾンビに野人に天使に妖精etc
枚挙に暇がないこれら不可思議、恐怖情報を収集しては、足を使って調査をし、カメラを使用し映像に収め、寝る間も忍んで編集して、タイトルカバーを撮影。そうしてこれらオカルト話をDVDにして出版、販売する。
これが僕こと――大神大木がおまんまを食っていくために、やらざるを得ない過酷な仕事である。
――何が過酷か?
そう訊きたい人も入るだろうから……答えよう。
僕はホラーやオカルトの類がとても苦手なんだが仕事柄、やはり廃墟やら心霊スポットやらに行かねばならない。
これが過酷だといった理由――簡単だろ?
しかし仕事は仕事だ。
行かねば調査にならんし映像も取れない、ということはDVDとして販売できないわけだからお金が入らない、食っていけないことになる、つまり死ぬ。
親より先に黄泉の旅路へ足を踏み出してなるものか。僕はそこまで親不孝じゃない。
それに死んだ先に何があるって言うんだ
輪廻の輪を潜った後は異世界にでも行って勇者や魔王にでもなれんのか?
それとも親より先に死ぬわけだから成仏できずにこの世に止まり続けるのか。それこそ死んでみなくちゃ分からん。だからといて死んだら終わり。
はぁ~……考えたって仕方が無いな。
――話を戻して続きだ、続き。
お化けが嫌いな人なら分かるでしょう。
暗闇や静けさの恐怖。
何か出てきそうだ、自分の影にビックリしたり、木の葉が擦れる音にさえ反応しちゃう。
『うわっ出やがった』ってね。
でもさ、ずっと怖いと思ってきた幽霊なんて漠然とした存在には、結構簡単に、それにすぐ慣れた。
今では、夜中トイレに行くことにさえビビっていた僕が、触れると呪われる人形だったり、座ったら死ぬ椅子でも何でもござれってな感じにまで成長している。
所詮は仕事。
慣れてしまったのなら今度は何が過酷なのか?
それを言わねばならない。
最近の製作会社ではもうオカルティズムだけではやっていけず、暴力シーンやグロテスクな映像を取り扱うようになりだしている。
カルト教団へ潜入リポートに、闇社会で生きる人々を取材したりと、そっちの方が、危ない人間相手の方が過酷なのである。
僕の観たグロいシーンの中には、高校生同士がケンカしているのだが、行き過ぎたその果てに待ち受けていたのが、目玉をくり抜かれる映像だった。それを観て食欲が失せた、モザイクとか入ってないんだよ。
カルト教団での潜入取材では、朝から晩まで手を合わせ、教祖様に祈りを捧げなければならず、逃げ出すことも叶わなかったせいだろうか、洗脳され入信しそうになるし。
とある暴力系の組へカメラを持って、それも一人で突撃リポートの際は、拳銃を向けられ本気で殺されるかと思った。
だから、こんな危険な人間相手の仕事に比べれば心霊系は大したことじゃない。
心霊ビデオを製作する会社に勤める僕がこんな事を言ってしまうのは何だと思うだろうが、幽霊なんてそうそう出るものじゃない。
ホームページや雑誌等で、視聴者に心霊現象、不可思議現象を収めた映像を送ってもらえるよう宣伝はしているのだが、送られてくるほとんどが偽物。
当の本人は本物のUFOだと言いきったりする。しかし、専門家に鑑定してもらうと隣町のイベントで上げられた電飾凧だったり。
幽霊だという映像も今時簡単に作れるんだろう。CG映像と合わせたまがい物がほとんどだ。
『神様をカメラで撮った』何てヤツもあったっけなぁ~。
それは山ガールたちによって撮られた映像だった。
――まだ空が白んですらいない時間帯、彼女達が登っていた山頂付近の林の中に人影がぽつりと、ご来光とともに現れた。
人がたの影のまわりには、光の輪があったのだが、あたかも発せられているかのように、その映像に映されていた。
神々しくも美しいその撮影動画を見れば、誰でも神様が映ったと思うだろう。
しかしだ。
この山ガール達が撮ったのは神様ではなく、太陽の光が背後から差し込み、雲粒や霧粒によって光が散乱され、人の影の周りに虹と似た輪となって現れる大気光学現象。
ブロッケンというものだった。
昔の人たちはこれを見て神様を信じちゃったのかな? と、この映像を観て思ったりするところをみると、僕は自分で感じているより、まだまだ純粋な心を失っていないようだ。
そんな僕と対照的なのが、このDVDや雑誌等を販売・出版及び、僕の就職先でもあるフロンティア製作会社だった。
お疲れ様です。




