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無自覚ほどたちの悪いものは無し

作者: 澤村しゅう

「なんだ、その格好」

 おばーちゃん家についてすぐ。ひととおりあいさつをした後、わき目も振らず2階へと駆け上がった。ノックをし、返事も聞かずにドアを開け放つ。ベッドに横になりながら漫画を読んでいたカズにいが、最初に発したのがそんな言葉だった。

「カズにい、買い物行こ?」

「いーけど。そんなひらひらしたカッコで行くのかよ」

 面倒くさそうにのっそりと起き上がる。私はレースたっぷりのワンピースを軽く持ち上げ、首を傾けて笑った。

「かわいいでしょ」

「似合わねぇな、笑っちまうくらいに」

 ひどい、と文句を言うと全然悪びれてない様子で「悪かった、悪かった」とすれ違いざまに頭をぽんぽん撫でる。その子ども扱いなしぐさに傷つきながらも、カズにいに触られたうれしさで胸の奥がぐるぐるとした。いつものとこでいいのかー? と問いかけながら階段を下りる彼を慌てて追いかける。

「お前、その靴でちゃんと歩けんのかよ」

 キラキラとしたビジューがたくさん縫い付けられたサンダル。今日のためにと、何件もハシゴしながら選んだ靴だ。

「歩けますー。女子高生の間で大流行なんだから」

「途中で足痛いって言ってもおぶってやらないぞ」

 おじさんたちに物を頼まれながら、近くのスーパーへと向かう。親戚一同が集まるときは、いつも飲み物の買い出しを子供がしていた。最初のうちはおじさんがついてきてくれていたけど、カズにいが成人してからは完璧に子供組に任される。定番のビールと、日本酒が少し。ウーロン茶と好きなジュース。おつりで好きなお菓子を買っていいというご褒美付きだ。同行者が少ない分持つ荷物は重くなるが、その分ご褒美の金額は増える。

「そういえばこーちゃんは?」

「仕事。休み時が稼ぎ時だからな、アイツ」

 夕方には帰ってくるよ、と教えてくれる。こーちゃんがいればひとりでたくさん持ってくれたのに。他のいとこたちは予定があって今日は来られないらしい。ふたりでお酒を持つのは重いなぁと思いつつも、カズにいとのふたりっきりの時間が取れてうれしくもある。さっきからもう、心が落ち着かなくてしょうがないや。

「こーちゃんは忙しそうだね。カズにいみたいな仕事に就けばよかったのに」

 ふたりともサッカーがうまく、兄弟そろってプロになるんじゃないかと期待されていたが、結局落ち着いたのは無難なメーカーの営業担当とデパートの販売員だ。将来どうなるかなんて、本当に分からない。

「ばっか、うち盆休みねぇからこの時期休み取るの大変なんだぞ」

 ずらして取ればよかったじゃん、と言うとふてくされたかのように黙り込む。社会人は4年目からが勝負だ、とお父さんが言っていたから、何かと大変なのだろう。

 でもカズにいが頑張ってお休みを取ってくれたおかげで、たくさん一緒に居れるのだ。普段着ることのないワンピースの裾をぎゅっと握りこむ。

 いつも結んでる髪をおろして、100円均一のではあるがマスカラもチークもした。グロスだって男心をくすぐると言われているベイビーピンクだ。べったべたで気持ち悪いけれど、チューしたくなるようなうる艶リップにするならグロスは欠かせない。でもこれ、キスしたら相手もべたべたになると思うんだけどな。他の子はどうしているんだろう。

 ここ数日、毎日のように友達と特訓したメイク姿で、カズにいを落とすべくしなを作る。

 色気のある人というのはXの動作をすることが多いという。たとえば、右にあるものをそのまま右手で取るのではなく、わざと体を捻って左手で取ったり。籠に商品を取るときもそれを意識して、わざわざ遠い手でしなやかに艶を作って取る。それがおじさんに頼まれたあたりめというのはカッコつかないけれど。普段のガサツな動きを抑えて、女らしく。色っぽく。友人たちのアドバイスをフルに取り入れて、カズにいの誘惑に励む。

 両手に買い物袋を提げてもその努力は怠らなかった。X、エックス……と意識しながら足を交互にクロスさせて歩く。なれないヒールで足が痛んだが、我慢していつもよりもゆっくりと歩いた。しばらく行くと、一歩先に居たカズにいが振り返り、手をこっちに向かって伸ばしてくれる。

「荷物持ってやるよ」

 やった! 初めて来ました女の子扱い!

 頑張ったかいがあったと達成感に包まれながら、大きな手のひらに袋を預ける。全部渡すのはさすがに悪いかな、と戸惑っていると、続けざまに言葉が放たれた。

「待っててやるから、早く行ってこい」

「……どこへ?」

 訳が分からず聞き返すと、目をぱちぱちと瞬いて見せる。

「トイレ行きたいんじゃないのか?」

「ちーがーうぅー!」

 だめだ、鈍い。ことごとく鈍い。なんせ私が幼稚園の頃からアピールしまくっているのに全然靡かないのだ。まどろっこしいことは止めて、いつもの直球で勝負する。

「女子高生だよ? 今をときめく女子高生だよ? かわいいかっこして色っぽく歩いてたらさぁ、ちょっとムラっとしたりクラッときたりないの?!」

「お前がすっぱだかで庭を駆け回ってる頃から知ってるんだぞ。今更そんなんあるか」

「そんなことしてないもん!」

 はっはっは、と目じりをさげて笑う。そのまま片方の袋を持ってくれたけど、全然響いてないのがムカつく。体つきだって女の子らしくなってきたのに。カズにいの中では、私はいつまでたっても小さな子供のままだ。

 ふてくされたまま作戦失敗した買い物デートを終える。何年も何年も好きだって言ってるのに、全然相手にしてくれない。甘い雰囲気に持ち込みたくても、男勝りな私じゃ他の子みたいにかわいくすがることもできないし。

 部屋の隅で靴擦れした足にばんそうこうを貼っていると、後ろからこつんと頭を小突かれた。

「着替え持ってきてんだろ? 相手しろよ」

 そういうと庭に出て、水道脇に置きっぱなしになっていたサッカーボールをかかとで器用に跳ね上げる。子ども扱いどころか、男友達と思われているんじゃないだろうか。それでも遊びに誘われたのがうれしくて、いそいそと着替えに行ってしまう。服を脱ぐとき、襟にグロスとファンデーションがついてしまって。面倒くさくなって、メイクも一緒に落としてしまった。結局いつもと同じ、Tシャツにジーンズという色気のない姿だ。

「お、やっといつもの奈津美が戻ってきた」

 リフティングを止めて、こっちを見て爽やかに笑う。ホントもうムカつく。こーなったらカズにいの得意なサッカーで見返してやるんだから。きゅっと髪の毛を結び、気合を入れる。


 決して広くはない庭で、一つのボールを奪い合う。

 空気が抜けていないボールを見て予想していたけれど、今でもたまにボールに触っているみたいだ。コントロールに衰えがない。それでも、私だって成長するにつれてうまくなってるんだから。フェイントをかけた後ボールを浮かし、背中に隠すようにして横をすり抜ける。やるな、と口端を釣り上げる彼の闘争心むき出しな顔に、ぞくぞくとやる気を煽られた。足がもつれそうになっても全力で走り回る。

 取り合いの最中、体がゴンゴンぶつかるのも楽しかった。わざと接触するよう攻撃を仕掛けたりもする。

 あんまりにもボールが取れないのが悔しくて両手で突き飛ばしてみたら、「お前、それはさすがに反則だろ!」とケラケラ子供みたいに笑った。もう甘い雰囲気も何にもない。それでもカズにいと一緒に居られるのがうれしくて、転がるボールをムキになって追いかける。


「あっつぃー」

 息が上がり、呼吸すらままならなくなった頃。女の子のかけらすらない声を上げて、縁側に座り込んだ。そうじゃなくても日差しは強く暑いのに、思いっきり体を動かしたから汗が止まらない。パタパタとTシャツをつまんで中に風を送り込み、裾を引っ張って額の汗を拭く。

「ちゃんとタオル使えよ」

 そう呆れた声を出しながら、洗濯物で下がっていたタオルを投げ渡してくれた。空気抵抗を受けて途中で落ちそうになるそれを慌ててつかみ取る。

 柔軟剤のいい匂いがする。カズにいと一緒の匂いだ。顔をうずめ、胸いっぱいに息を吸い込む。

「よぉ、もう来てたのか」

「こーちゃん!」

 声に顔を上げると、門の方からスーツを脇に丸めてかったるそうに歩いてくるこーちゃんが見えた。お出迎えをすべく、タオルを置いて駆け寄る。

「お帰り、早かったね!」

「おーよ。奈津美ちゃんが来るから早く上がらせてもらった」

 そういうと、カバンとスーツをそばに停めてあった車に乗せ、私の両脇をがしっとつかむ。

「またお前重くなったかー?」

「ギャー! やめてよぉ!」

 まるで小さい子にするように私を持ち上げる。仮にもうら若き乙女に対して「重い」なんて、ひどすぎる。

「もー、こーちゃん絶対デパートやめてボディービルダーになった方がいいよー」

「ボディービルダーは職業じゃねぇよ。体鍛えんのは好きだけどな」

 私を肩に担いだままで、カバンを持って縁側へと向かう。下ろせーとジタバタしたらべちんとおしりをたたかれた。セクハラ!

「ばかっ! えっち! 変態!」

「8つも下のガキにそんな気は起きないから安心しろ」

 それじゃあ10こ離れてるカズにいとは望みがないってことじゃん。不安になってカズにいを振り返ってみたら「水取ってくる」とそっけなく居なくなってしまった。憎しみを込めて背中をたたくと、笑いながら縁側へと下ろしてくれる。

「毎回毎回、遠くからよく来るなぁ。友達と遊んでる方が楽しいだろうに」

「友達とはいつでも遊べるけど、カズにいとは年に数回しか会えないじゃん」

 近くに住んでればまだ遊びにこれたのに、これだけ離れていると親と一緒じゃないと無理だ。高校卒業したらこっちの方の大学に通おうかな。うつむいた頬をぽたり、ぽたりと汗が伝い落ちる。

「お前ほんと和也のこと好きだな。高校生になったんなら周りにかっこいい奴いっぱいいるだろ?」

 告白とかされねぇの? と興味津々に聞いてくる。私は膝を抱え、その上に腕を乗せながらほおづえをついた。

「全然モテないもん。色気もないしさ。男子しか居ないサッカー部に部員として勧誘されるんだよ?」

 絶対女として見られてないもん、と愚痴ると「こんなにかわいいのに見る目がねぇなぁ!」と頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。痛いし、もう! こーちゃんは動作が乱暴だから苦手だ。カズにいはちゃんと手加減してくれるのに。

 髪をほどき、もう一度束ね直す。ポニーテールをまとめやすいように上を向いて、手ぐしを前髪から後ろへ走らせた。汗をかいているからか、いつもより髪がまとまりやすい。遅れ毛のないよう、今度は俯きながら髪をまとめ上げる。ちょうど吹いてきた風が脇から服の中へと入り込んで、少しだけ体感温度を下げてくれた。うなじを伝っていく汗の粒がくすぐったい。

 きれいに結び終わると、もう一度膝を抱え直し体を丸める。ふぅ、と息をつくと、なんだか無性にむなしくなってきた。

「どーしたらカズにいをたらし込めるんだろう」

「奈津美ちゃんはそのままでいいと思うぜ」

 なぁ、むっつり魔人。と笑いながら、いつの間にか戻ってきていたカズにいに同意を求める。水が気管にでも入ったのか、彼は心配になるほどゲホゲホとむせ返った。

「おじさんの説得なら協力すんぜ」

「ばっ……ちげぇ! ふっざけんなよ、お前!」

 文句を言いながらもケンケンとノイズ交じりの呼吸をする。慌ててカズにいの後ろに回り、その背中をトントンとたたいてあげた。触れる体が熱い。よっぽど苦しかったのか、耳まで真っ赤だ。

「大丈夫、カズにい?」

 体を折り曲げてぜーはーと息を荒げる。眉を歪め、涙目になりながら私の方を見上げた。

「……大丈夫じゃない」

 そのまま顔を覆ってそっぽを向いてしまって。


 露わになった首筋がなんか無性に色っぽくて。男の人にも色気ってあるんだなぁ、と。漠然とそう思った。


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