【降り祓し裁雷】
有言不実行に加え、過去最長の非更新期間となってしまったことをお詫び申し上げますm(_ _)m
皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします……、と言いたいところですが、作者は今年から受験生になってしまいます…orz
更新ペースが今のように数ヶ月に一度になることもあるかと思います。
それを考慮したうえで、この作品を引き続き読んで頂くか、切り捨てるかは、皆様の判断にお任せしますm(_ _)m
それでは長くなりました。本編へどうぞー!(≧∇≦)
王女アリスィアは前へと手を伸ばしていた。前に進もうとする彼女の両脇には、それを押し止める二人の騎士の姿があった。
そして彼女らの視界には……、今にも潰されんとする、二人の勇者がいた。
「離して下さい、離してっ…!! 灯里さん! 那月さん!!」
泣き叫ぶような王女の言葉を聞き、彼女を取り抑える二人の騎士は悲痛に顔を歪ませる。彼らとて、自国の為に奮闘する勇者達を見殺しにするような真似は、したくないのだ。
しかし彼らは国に仕える人間で、であれば今この場での最優先は王女の安全でなければならない。
本来なら是が非でも退避させるところを、梃子として動かない王女のわがままを聞き入れその場で傍観する時点で、彼らもやはり、勇者達が彼の龍に勝利するのを心のどこかで信じていたと言ってもいい。
だが今まさに、その可能性が終えようとしていた。逃亡することなく奮闘していた五人の勇者、その最後の二人が、龍と対峙している。
「あ、ああ……」
地にへたりこんだ詩織が呆然とそう呟き、
「クソッ………!!」
眼前で振り上げられた龍の前脚が、まるで鉄槌か何かのように映った。揺るぎようのない目の前の現実に、近衛の一人が思わず毒突く。
そしてその光景を見ても、彼女たちは動かない。いや、立ち上がってもいないところを見るに、おおかたどこかを負傷したのかもしれない。
どちらにしろ、今の彼女たちに逃げる術はないのだろう。あとは龍の剛脚が、その幼き命を消し飛ばすだけ。
それだけだった。
その―――――はずだった。
振り降ろされた鉄槌。
唸りをあげる剛脚の真上。
突如虚空から弾けた閃光は一瞬にして万人万獣の眸みを金色に塗りつぶし、また始まりと同じく刹那の間に収束した。
そして、
「な………」
その光景を。塗り潰された世界の先に待っていたその光景を前に、誰かが声をあげる。
大量の血を垂れ流し、大地に横たわる龍の脚先。
その側に、実体がないかのように透き通る、光の大剣が突き立っていた。そして、その隣――――大剣の柄を握り倒立するように体を支える、一人の少女がいた。
龍は、確かにその脚を振り降ろしていたのだ。だが、その脚が勇者たちを潰すことはなかった。
何故か?
――――龍の脚がその半ばから断ち切られていた為に――――
「……っ、よっと」
そんな気軽な気合いと共に。長い黒髪をなびかせながら、少女は反動をつけ宙へと舞う。途中身の丈以上の光剣を大地から引き抜きながら。
とん、と彼女は軽やかに地表へと降り立った。
『……!! グギャルァァァァァァァ!?』
そこまで流れて、今まで沈黙を守ってきた龍が悲鳴をあげた。龍は前方へ向けて羽撃くように後退する。去り際に放たれた巨大な火球はしかし、少女が一閃した光剣によって冗談のように掻き消える。
「二年と少しぶりに見たクラスメイトの姿がこれって言うのは、ちょっと無いと思うんだよね」
少女――――もとい少年、南風原深夜はそう言って。自身の後ろに座り込んでいる二人の級友を見やる。
状態は、彼が想像しているよりずっと酷かった。
気絶している少女のほうは顔色がすこぶる悪く、息をしているのかすら怪しい状態。
なんとか意識を保ち、脚の激痛に顔を歪ませながら此方を見つめるもう一人の少女の、その背中には少なくない火傷があって。
深夜は再び龍を睨み据える。
胸には、激情が渦巻いていた。
平穏だった頃の日常と、現実の乖離。平和を謳歌していた級友達が、その命が、この様に蹂躙されていることに対する、言いようのない…怒り。
「ちょっとだけ、待ってて」
少年はもう一度だけ少女たちを振り返り。自身が握る大剣の先端を、地面へと触れさせた。途端その地点から波紋のように広がる金色の、なんと幻想的な光景か。
やがて黄金色の波は、刹那にして強者と弱者を区別した。
「……っ」
瞬時に引かれた金色の境界に、思わず見惚れていた少女の一人は息を呑む。球体状に形成された、"謎の少女"と黒龍を隔離する光。その光の一部が、自分たちへと零れてくるが分かったからだ。しかし不思議と危機感はなく、まもなく身を委ねるままに、少女たちは光へと包み込まれた。
危機感がなかったのは、見ていたからかもしれない。自分たちを包み込むのと同じように、光がある場所へと向かっていたのを。
それは崩れて穴が空い城壁の向こう。すなわち――――生きているかも怪しい、二人の勇者の元へと。
見届けた。
光に包まれ、傷が癒えてゆく級友たち。その顔にもう、絶望はない。
今しがた張った結界がある限り、これから起こる戦闘の余波も外には届かないだろう。
ただこの結界も、恐らく目の前の龍が授かったであろう加護を考えれば、全く意味をなさない。
(まあ、奴を結界に近寄らせなければ問題ない、かな…)
深夜がそこまで考えた所で、不意に頭上が影で覆われた。そしてバサリ、バサリと聞こえるのは、巨大な何者かの風切り音だ。
いや。この場合何者かではなく、音の発信元は限定されていた。
「っ、龍さん!」
『この者たちは、我が護ろう。…なに、お主の推測通りなら、奴の攻撃は純粋な"龍"としてのもののみ。ならば最古龍である我が敗れる道理などありはしない』
大きく羽撃きながら大地へと降り立った翡翠色の龍――――龍さんの言葉に、深夜は無言で頷いた。
深夜が地へと降り立った後も待機してくれていた彼の龍が、自分に任せろと言ってくれているのだ。ならばここは、遠慮なく頼らせてもらおう。
そして少年は、再び倒すべき相手を見据える。
憂いは断った。これで、ようやく………、
――――全力で、潰せる
その想いに同調するように、深夜が放つ威圧感が爆発する。
彼の周囲に風が渦を巻き、同時にその両足に金色が灯った。
切断された片足から激しく出血しながら、その二対四枚の黒翼を威圧するように広げる黒き龍。
彼の龍に向け、深夜は脚を踏み出す。
一歩、二歩と踏み込む都度に揺らめく彼の周囲の空間は、燻る怒りの象徴か。
そして三歩目を踏み出した瞬間――――少年が消えた。
……否、
『ッグアアァァァァァァ!!!』
黒龍の、眼前に。
「先ずは――――小手試しッ!!」
ッッ轟!
音を置き去りにした光剣の振り降ろしが龍の顔面へと直撃し、直後発生した衝撃波が周囲へとほとばしる。
完全に初手を取ったはずの深夜だが。その表情に、余裕はない。
「やっぱり、対神用の加護も当然施されてるか……っ」
彼の振り下ろした大剣は、龍の眉間で止まっていたのだから。地にめり込んだ両足がその威力を物語っている一方で、彼の龍の額は砕かれてこそ両断されてはいなかった。
そして、特筆すべきは龍の体表。いつの間にかその巨体を包み込むのは、鈍色の揺らぎ……、男神が施した――――対神用加護。
『グガアアァァァ!!!』
額を砕かれた龍がその顎門をもって深夜へと迫るが、彼は宙をものともせずに、後方へ"一歩"を繰り出した。
――!!
直後閉じた顎門が虚しく宙を喰らい、周囲に木霊す。
だがその瞬間にはもう……、深夜は元いた場所。――――級友達の眼前に。
「【魔導消滅】と【神触崩解】、お前に施されているのはその二つとみたよ」
少年がそう口にすると同時、彼の手にあった大剣を形取った神気は、解けるように霧散した。
【神触崩解】――――それは他の神の神気を打ち消す、神同士の争いに置いて定石とも言える"御業"。ただ定石だけに、その対処法も至って簡素なものだ。
再び神気を束ね、しかし今度は実体を持った大剣へと変化させる。次いで、深夜はその刀身に神気を纏わせた。
準備は、整った。
「やるか……っ」
特に気負った様子もなしに、少年は龍の下へと疾駆した。だが数歩ほど駆け抜けたところで、再び掻き消えた深夜の姿。
―――轟!
そして再度爆音が弾けた。音源は龍の真上。
一柱の神と黒龍は、互いの力をぶつけあう。言葉の通り"一歩で龍との距離を殺した"少年は思いがけない驚きに目を見張り、次いでくちびるを小さく吊り上げた。
「体感では殆ど一瞬だった筈だけど、見えるのか……ッ!」
先ほどの再現の如く同位置へと振り降ろされた大剣は、黒龍が突き出した尻尾によって弾かれていた。
得物に引かれる様に宙へと舞った少年は、体を捻りながら大剣を横薙ぎに切りつける。狙いを定めた龍の尾はしかし、うねるようにその身を翻し再び剣とかち合った。
数秒の膠着が続き、終いにはお互いを弾き合い距離を取る。
そこからは十数合にも及ぶ撃ち合いが続いた。
弾かれるたびに距離を殺し、再び剣を叩きつける深夜。それを龍は尻尾で、腕で受け止めては、その全てを弾き飛ばす。黒龍が攻撃に転じてこないのは、深夜が使う【視界戦域】――――己の踏み出す"一歩"の距離を自由に伸縮できる、天界にて深夜が生み出した御業――――によって無効化されると知っているからか。
だが。未だ一撃も与えられないこの状況に反して、深夜の表情に曇りはなかった。
なぜならばこれこそが、この撃ち合いこそが彼の狙っていたことなのだから。
「ッ!!」
『グラァッ…!!』
再び力がぶつかり合い、衝撃が金色の境界を揺らした。
そしてその度に……もう何度となく周囲へと散らばる、まるで火花の様な――――黄金と鈍色の、光の残滓。
そう、【神触崩解】への対処法とはすなわち。
「自身も同質な力をぶつけてやればいい、そうすればいずれ……」
――――いずれどちらかの神気が、空になる
そしてこの場合。
一定量の神気を付与されている龍と、曲がりなりにも神の一柱である深夜。
勝敗は明白だ。
故にその刻は、訪れる。
「あァァッ!!」
下から切り上げるように放たれた大剣が、黒龍の尾を弾き飛ばした。
『――――グルァ…』
そして空く、刹那の空白。
憎悪を込めて見下す龍の眼に確かな意思が灯ったのを、深夜は見た。それと同時に悟る。その眼に宿った光に、恐らく次で最後だと。
大剣を握る手に、力を込めた。彼の龍に残った神気は、あと一度の激突ができるかどうかだろう。それは次の一撃が、文字通り命懸けの反撃であることを示し。
……なればこそ、己も全力をもって向かい討たねばならないと。
深夜は再び距離を殺す。だがその転移は地へと足を着けるためのもの。そして、
「……終わりにしよう」
――――終幕の為だ。
大剣を、下段にかまえた。
嵐の前の静寂。上を見上げた深夜の瞳と龍の眼が、交錯する。
瞬間に、大地を蹴り疾走した。遅れて後方の地が爆砕するがその余波など最早届かない。
頭上には同時に、龍の放った剛脚が迫っていた。その勢いたるや、先ほどまでの比ではなく。
剣を振り上げた。
直後、邂逅。
両者が放った一撃が、真正面からかち合った。
刹那広がる衝撃は大地を剥がし、波打つ空気は結界へと波紋を打った。
そして霧散してゆく金色と鈍色。互いの神気が煌めく、その中心で。
「グ、アァァッッ――――!!!」
『グルゥゥゥッッ!!!』
鈍色の神気は遂にその放出を終え、同時に黒き巨腕が宙へと舞っていた。
腕を断ち斬った深夜はそのまま懐へと疾駆、最早加護の恩恵を無くした龍の巨躯へと剣を突き込む。
『ガアァァァァァ!?』
黒龍の絶叫が響き渡った。
だが、まだだ。まだ彼の龍を屠るには到っていない。その灼眼の闘志はまだ、失われてはいない。
両の腕を失って、残る二本の後脚にて立ち上がった龍。その背後に大きく撓った黒尾が、深夜へ向け放たれていた。つまりは自身の胸と共に、己が敵を貫かんとする捨て身の一矢。
気づけば、彼の口元は綻んでいた。
戦闘の経緯などは既に半ば関係なく、ただ互いの命を燃やしての死闘。その終着点が、今ここにある。
その最期に、我が身すら犠牲にして己を打ち倒そうという、強き意思。
「その心意気に、敬意を表そう」
深夜は神気を解放する。
――――彼には一つ、決めていることがあった。この戦闘の幕引きは、彼の御業で降ろそうと。
神の御業を模倣したのが神級魔法なら、その根源が存在する。
神の加護により阻まれた双雷にも存在する、その御業の名は――――
「【降り祓し裁雷】――――ッ!!」
刹那。天より降り注いだ裁雷は、轟音と共に龍の全てを無に帰した。
次話で一章が終わるかなーっと
※長らくなんの連絡も無しに申し訳ありません!
鹿米夕ヰ、ただいま高3生につき受験勉強に専念しておりますm(_ _)m____5/29