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前編

 夢物語というのは、まさに空想の産物なのである。

 王子様と結婚できたらいいなとか、毎日おいしいお菓子が食べられたらいいなとか、美人になりたいスタイルが良くなりたい頭がいいといいな自分だけの能力があればいいな…etc,etc。

 思い描いたパラダイスでうきうきランランしている間は、弊害など想像もしない。まさにいいとこばかりを都合よく夢見ていることだろう。

 わたしにだって、そんな純真無垢な時代が…あった?ん?あったか?いや、あっただろう。ちょっとくらいなかったらやってられないじゃない、世知辛すぎて。

 眼下に入寮してくる新入生たちを眺めながら、17年の人生を振り返っていたわたしは、涙すらも枯れ果てた痛すぎる現実に長々とため息を吐くのだった。


 思い返せば『キャット』として生を受けたのは、色町近くの小さな集落だった。

 娼婦相手の髪結いや医者なんかが住み、衣服や小物も派手な物ばかりが並ぶ、そんな場所柄、痴情の縺れやら男女の駆け引きやらをお腹いっぱいになるまで見て育ち、物心つくころには生意気で可愛げのない擦れた子供に立派に育ちあがっていた。

 因みに、母は元高級娼婦でその頃は娼婦相手に服を売っていたような気がする。今は没交渉でわからないけど。


 そんな将来が危ぶまれる娘に転機が訪れたのが8つの年。


 1人で遊んでいたところを、役人に捕まったのだ。

 こう聞くと悪さでもしていたようだが、違う。魔力で火をつけていただけなのだが、この行為がすでに問題だった。

 魔力持ちは基本、血統に現れる。魔術師とか医者の家系は、先祖代々そういった子供が生まれる血を持っている。これは逆を返せばそういった家以外には魔力持ちの子供はほとんど生まれないということで、血統と魔力維持のため決まった範囲内で子孫を残し続けた結果、その数が著しく減少するという当然の結果を生んだ。


 そこで横行するのが国王公認の誘拐である。表向きは『才能ある子どもの保護育成』とか偉そうに語っているが、拒否権なく親元から引き離し『魔力開発学校』に放り込んで、競りにでもかけるよう魔力持ちの貴族たちに生徒を選んで引き取らせる制度に平民に対する配慮はない。偉い連中だけが得をするようになっている、それだけだ。


 ともあれ、望みもしない学校に放り込まれ一般教養だマナーだと厳しく教え込まれたわたしだが、他の子供と違って喜ばしいこともあった。

 面倒を見てくれない母親のもとより、衣食住が保証され、生きていくための読み書きを教わることのできる学校にいたほうが、将来の展望が明るいことである。何しろ『15になったら客をとれ』と真顔で諭され続け、あの年で働くというのは娼婦になることだと信じ込まされたわたしにとって他の生き方があるというのは大きな驚きであったのだ。


 だが学校で学んだのはそれだけではなかった。

 他人が自分より優れたものに抱く妬みだとか、目立つことで攻撃される理不尽、貴族社会のドロドロなど覗いた人間の裏側を挙げたら一カ月でも語れる自信がある。

 こうして悉く夢を叩き潰されて育ったわたしは『秘匿』という最強にして最良の武器を身に着けた娘に育ったのだった。

 なればこそ、新たな環境、同年代の子女が集まる学び舎に夢を膨らませる若人に思わず零れたのは。


「現実、きびしいよ…?」


 同情たっぷりの忠告だった。



 

 わたしが在籍する『魔力開発学校』は、通称である。否も応もなく在籍せざる得ない者はこう呼ぶが、良家の子女は『王立学園』と普通に呼んでいる。

 それは学校とは”社交の場における常識”を身に着ける場であると彼等が認識しているが為なのだが、設置されている学科を見ればそうとばかり言えないことは一目瞭然だった。


 文官科、騎士科に在籍すれば将来国の中枢で働けることが必至で、教養科は学ぶのではなく人脈作りのために学校に通っている貴族が溜まっている。

 そして魔術科こそ、いらぬ力を持ったばかりに不幸な人生を強いられた子供ちが集められている魔の巣窟であった。


「お退きなさい。ここはお前たちのようなものがいる場所ではないわよ」

「なっ!」

「はい、申し訳ありません。すぐに」


 顔を上げて、居並ぶ顔が子爵家だか男爵家だかの娘達だと気づいたわたしは、憤る同級生を力任せに引きずってすぐさま東屋を出た。

 ほっとくと叫びそうな娘の口を押えながら素早く異動するのはちょっとばかり難しいけど、これを放置した日にはわたしの年単位の努力が水の泡になりそうなんで仕方ない。死ぬ気で頑張ろうじゃないの。

 そうして庭園の端の端、紛れ込んだ野鼠くらいしか見かけない場所まで来てようやく、暴れる娘を解放してやった。


「何で黙ってるの?!学園内のどこに学生がいても、文句言われる謂れはないじゃない!!」


 たまった不満を大音量で吐き出したエリーに、痛む耳を押さえながらそうねぇと適当な相槌を打っておく。


「どうしてキャットはそうなのよ!腹が立たないの?!」


 適当すぎたのが火に油を注いだようで、今度は胸倉を掴んでぐらぐらと揺さぶられる羽目になってしまった。やめてもらえないかな、穴という穴からよくないものが出そうだよ。


「何か言えば状況は悪くなるんだよ。素直に言うこと聞いていれば害はないんだから、落ち着いて」


 ほらほら可愛い顔が台無しじゃないと、本当に人形の如く整った容貌を歪めるエリーの頭を撫でてやったら…落ち着かなかった。手を振り払われてさらに揺さぶられた。なんでだ。


「だからってあんなのに屈するなんて納得いかないわ!断固抗議する!」

「あ、そう?それじゃあ、今すぐあんたと縁を切ることにする」


 握り拳を固める姿に、何の感慨もなく頷いて本気で回れ右しようとしたら。


「え、ちょ、嘘でしょ?!この場合必死に止めるとか同調するとか、どっちかじゃないの?!」


 物理的下心理的にも縋られた。美少女に抱きつかれてるとか悪い気はしないけど、むちゃくちゃなことしよとしてるなら話は別だ。


「じゃないよ。なんであんたの自殺に付き合わなきゃなんないのさ。わたしは事なかれ主義なんだから、むしろそっちこそ厄介ごとに巻き込もうとするな」


 無理やり腕を引っぺがして草の上に転がしてやったら、大人しくしてるから捨てないでと泣かれてしまった。おかしいな、拾った覚えのないものは捨てられないんだが、根本が間違っちゃいないかね、このお嬢さん。


 実に9年の月日をかけて、わたしが処世術として必須に位置付けたのは、お貴族様にはかかわらないである。彼等よりいい成績をとっても、悪すぎる成績でも、可愛く装っても、笑っても、怒っても、口を利いても、果ては息を吸っても、機嫌が悪ければ罵倒されるし小突かれる。

 それでもただ只管従順に、できる限り距離を取り、言うことに反抗しない空気のような存在を目指せば、三日に一度遭遇していた命の危機イベントが月に数回に抑えられる。ならばこれを実行しない手はないと、潜伏すること8年半。わたしの毎日は平和だった。本当に平和だった。

 だというのに。


「その年で途中入学は可哀そうだと思うけど、いい加減理解しなよ。貴族社会に庶民が受け入れてもらうなんて一生涯無理。個々の友情や愛情ならいざ知らず、彼等の中にだって越えられない身分の壁があるのに、そもそも身分のないわたしたちが同じ扱いをしてもらえると考えること自体がおかしいの」

「だって、だってっ」

「だってもでもない。わからないなら2度とわたしに関わらないで。絶対一生エリーとは相いれないから」


 三月ほど前に発見捕獲されたとして編入してきた魔力持ちは、勘違いした美少女だったのだ。

 金髪碧眼、小柄でスタイルのいいエリーは、妖精のような見かけに反して反骨精神あふれるバイタリティの人だった。…こういうと聞こえが良すぎるね。ただ単に猪突猛進バカだから。どこの常識だか知らないが、人間は平等だとか、クラスメイトなのに貴賤があるのは変だとか、寧ろお前の頭が変だと忠告してやりたくなるくらいおめでたい娘だが、それでも50人クラスでたった2人の平民女子だ。懐かれれば無碍にもできず付き合ってきた。来たがもう限界。わたしは自分の命を危険にさらしてまで友人とまでいえない女の子を守るような善意の塊では決してない。

 ここまで言ってやっても納得できないと唇を尖らせたエリーは、すねた子供のように俯きながらどうしてあれほど奇怪な平等論を唱えるのか、理由を小声で吐き出し始める。


「神の御許では身分などないと、神父さまはおっしゃったわ。父さんだって母さんだって、貴族も農民も同じ人間だって言ってた。それなのにこの学校ときたら、何処に行っても身分身分。先生まで一緒になって生徒を家柄で差別するなんて変よっ」

「親と宗教…最悪の取り合わせだね」


 思わず天を仰いでしまったじゃないの。子供に”正しすぎること”なんか教えて育てちゃダメでしょう。

 わたしの呟きの意味が分からずキョトンとするエリーが、とっても憐れに思えて困る。彼女の偏り過ぎた思想が幼児教育の賜物なら、責任は周囲の大人にあるからだ。

 うちの母親みたいに”身分があれば金もある”くらいに開き直って、とれるところからがっぽりとろう精神で頭を下げてるのも困るが、日々の不満を宗教で昇華して正論で子供を育てるのはもっと危険だ。

 もしもエリーが今と同じことをクラスメイトに向かって言ったら、下手すれば投獄される。国家の転覆を狙う思想家とかこじつけられて処刑されたっておかしくない。


 なぜなら神父が説く綺麗事は、貴族しか・・・・口にしてはならないからだ。彼等が下々の者を憐れんで『わたくしたちは同じ人間なのですよ』と言うのは構わないが、平民が『同じ人間じゃないかと』声を大にしたらば『何を、無礼なっ』と、とっ捕まるのである。

 この世間の常識を知らないから、エリーは突飛もない言動をとっていたのか。

 理解できたのでそれではいけないと諭してやったのだが…結論は無駄だった。子供というのは盲目的に親を信じる生き物だと再確認させられただけだった。

 なんてこったい。


 その後、どうなったかと言えば。


「わからない娘ね。お退きなさいと言っているのよ」

「嫌です、どきません!」


 今日も元気に反骨精神全開です。つーか、日に日にひどくなってくし。どうするよ、この子。

 奇しくもあの衝撃の事実を知ったのと同じ中庭で、きっかけを作った東屋を譲る譲らないで揉めているエリーとお嬢様の顔ぶれも一緒ってどういうこと。変化の少ない学園だな。

 面倒になりながらもこのままではもっと面倒になるとため息を吐いて、わたしは同情から結局まだ友人らしき関係を続けているエリーの口をがっつりふさ…げない。なんで避ける、娘よっ。


「へへーんだ。そういつもいつも同じ手は食わないんだから」


 人の腕をかいくぐり偉そうにふんぞり返った彼女は気づいているだろうか。”いつもいつも”あんたは懲りもせずに貴族に喧嘩を売っているんだよ。おかげで、


「キャサリン・ブラック。お前はまだこの娘に、学園の規則を教育できていないの?!」


 目を吊り上げたお嬢様に名前と顔を覚えられちゃったじゃないか。敵認定だよ。せっかっく長きに渡って空気になり続けたというのに!


「もうしわ…」

「何の騒ぎだ」


 怒りを押し隠しながら頭を下げようとしたところで、なにやら聞き覚えのある声が謝罪を途切れさせる。さて、何処で耳にしたんだったかと、記憶を辿る暇もなかった。


「ローガン様っ!」

「オーウェン様っ!」


 お嬢様方がさっさと正体をばらしたので。

 そうか、騎士科のトップと文官科のトップが目の前にいらっしゃるわけね。確かどっちも侯爵家の息子で、顔も良くて頭も良くて身分も申し分ないとか嫌味極まりない連中だったな。この前も進級試験と称して闘技場で行われた模擬試合で無双したうえ騎士の心得を演説してたっけ。あんなもの生徒全員強制参加で無きゃ絶対行かなかったのに。長々と喋ってたから声覚えちゃったじゃない。

 闖入者が大物だとわかった時点で、わたしは顔を上げなかった。ここで”うっかり”やらかすのは、得策じゃない。顔を覚えられたり、興味持たれたりしたら、命に危険が…


「うわぁ…かっこいい…」


 だああぁぁ!言ってる端からこの女はっ!だから嫌だったんだって、アホの子と関わるのは!!


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