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険しい山々の間を流れる河川。その水の美しさから水の都、水路の国と称されたのは、川縁の小さな集落で、今や昔の話。都と呼ばれたからには交易も盛んだった様だが、陸路が整備された今となっては旅人も避けて通る。好んで訪れる者など居ないだろう。
そんな辺境の国に、不可思議な薬屋が存在する。
『貴方に合わせて処方します』
ドアプレートには店名のかわりに、そんな言葉が飾ってある。薬屋なのだから、お客の症状に合わせるのは当たり前なのだが、そういう意味合いではない。
カランカラン
店先に下がるカウベルが、小気味好い音を発てて来客を告げる。百聞は一見に如かず。どうやら、お客が来た様だ。
「いらっしゃい」
抑揚の無い声が、お客を迎える。
「リオネル、もうちょっと歓迎してくれても良いと思うんだけど?」
「しているが? お客様在りきの商売だ」
店主の名はリオネル。 訥々と感情を見せずに話す。
「してないっ! そんな平坦な話し方してたら、誰も来なくなるよ?」
「ハンナ、薬屋なんかに用は無い方が良い」
お客はハンナと言うらしい。赤毛をお下げに結った、可愛らしい少女だ。
「ああ言えばこう言う〜っ! リオネルの事だよっ偏屈って!」
地団駄踏みつつ力説する。
「私は偏屈か? まあ良い、ほらハンナ1500リル」
リオネルは気にした風も無く、薬袋をハンナへ差し出す。
「ああそうだった。いつも有難う! また、来るね」
1500リルをリオネルに渡し、引き換えに薬袋を受け取ると、ハンナは手を振って店を後にする。
カランカラン
「あんまり来るな」
リオネルの囁きはカウベルに掻き消されてハンナまでは届かない。
こんなやりとりが此処『蜘蛛の糸』の日常だ。お客が症状を告げる事も、必要な薬を頼む事も無い。店主の判断で的確な薬剤を処方する。『蜘蛛の糸』はそんな薬屋だ。