第一話 始まり
彼は強さが好きだった。
彼は強くなるために体を鍛えた、それこそ毎日寝る間を惜しんで修行に明け暮れた。
だが彼の望んだ強さは物語の中の強さだった。
彼は物語だからこそ実現可能な強さを求めていたのだ。
圧倒的な力、災害にも匹敵するような魔法。
おそらくそれは小さな子供が考えるような強さだったのだろう。
体を鍛え、強くなり世界一の強さを得ようとも結局それは常識の範囲内の強さであり彼の求める強さではなかった。
しかしそれでも彼はありえない強さを求めた。
鍛え続ければいつかは得られるはずだと信じ、漫画の中の体を鍛えるどころか壊してしまう修行さえも実行した。
いかにも胡散臭い魔法に関する本も片っ端から読んだ。
それでも非常識な強さを得ることはできなかった。
彼は絶望した。
どうしたら憧れの強さを得られるのか。
どうやってもあの強さを得ることはできないのかと。
だが彼は絶望しても諦めることだけはできなかった。
ただただ強さに憧れた、その思いだけでずっと修行を続けた。
彼は強さが好きだった。それは死んでも変わらぬ思いだった。
◇
「っん……」
目を覚ます。まだ寝ぼけているのか頭が働かない……。
「ここは……どこだ……?」
と声に出そうとして気づく、自分の声が出ないのだ。
どうやら自分は寝転がっているようだが立ち上がることさえできない。
なにが起こっているのか全くわからないのでなぜここで寝ているのか冷静になって考えてみることにした。
たしか強さを求めていたはずだ。
それだけは確実だ。
その強さをどうやって得るのか考え、実行し、失敗し、また考えを繰り返していた。
そのうち年老い体がうまく動かなくなり特訓中に怪我をし動けなくなってそのまま死ん……
……おかしいぞ?今、自分は生きている。
なぜか起き上がれないし話すこともできないがそれでも生きている。
もしかしたら誰かが病院にでも運んで死ぬ寸前だった所を助けてくれたのかもしれない。
しかしそれは現実的ではない、自分が特訓していた場所は人が入り込むことはない森の中だ。
たまたま人が入ってきてたまたま自分を見つけ助けてくれたのだろうか……?
そのように考えていると誰かが談笑していることに気がついた。
おそらく助けてくれた人だろう。
ちょうどいい、助けてくれた礼と今自分の体がどうなっているのか聞いて……
……ダメだやはり声が出ない、いや、出ないというより言葉にできない?
「お、起きちゃったかな? 」
「今日は暑いからねぇ、寝苦しいのかもしれないわね」
話しかけてきたのは若い男と女だった。
髪は二人とも鮮やかな赤色……すごいな、ここまで綺麗な髪は見たことがない。
染めたようなわざとらしい感じではなくまさに天然! と言えるような綺麗な髪だ。
瞳の色も髪と同じく綺麗な赤色、さらにモデルでもやってるのではないかと思える程のスタイルである。
自分は体を鍛えることを一番に考えていたのでどこを見ても筋肉、といった体だったので羨ましく思える。
また体だけでは魔法は使えない、と考え知識も叩き込みあらゆる呪文や儀式もマスターした。
これでもし魔法が使えるようになれば、格闘も魔法もどちらも使えるまさに理想の強さを得られると努力し続けた。
そのせいで他人はおろか家族にさえ気味悪く思われてしまい家にいずらくなってしまった。
その結果、孤独に森の中に住み修行をすることになったのだ。
確かに一人は寂しかったが、強くなるためならがんばれた。
まぁ、結局今まで修行してきて自分の求める強さは得られなかった訳だが……。
と、思考が脱線しているうちに男性が自分を抱き上げた。
抱き上げた……? いやいや、そんな馬鹿な、自分は赤ん坊のように持ち上げられるような体では無い。
「今日も無愛想な顔してんなぁ……だが可愛いからよし! 」
無愛想なのは仕方ないとしても可愛いだと?
そんなことを言われたのは生まれて初め……待て待てなんだこの体?
なぜこんなに小さい? なぜこんな服を着ている? なぜこんな綺麗な赤色の髪をしているんだ?
「元気に育ってくれよー、俺の大事な大事な息子‘ルイ’よ! 」
そして、なぜ自分は……見知らぬ男に息子呼ばわりされているんだ?