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両親の心配

「なぁお袋、ちょっと相談があるんだけど」


 昼食の後買い物に行ったり洗濯物を取り込んだり夕食の準備をしたりした後、父も帰宅して10時も周ったかと言う時に、幸が母に声を掛ける。

その声は少し緊張しているかのようだった。

だが母は会えて何事もないかのように答える。


「なんだい改まって」


「それが、さ。俺がこんなになってもう二週間以上経つんだけど、まだ一回も病院いってないんだ。でも行くタイミングとかわかんなくて……どうしていいのか教えてくれよ」


「なんだ、そんな事」


 軽く流す母に、恨みがましい視線を飛ばしながら幸は言った。


「なんだよ、そんな事って。俺ずっと悩んでたんだぞ。産婦人科なんて男の行く場所じゃねーし……」


 そんな幸の言葉も母の前には儚いもので、ずばりと一刀両断にされる。


「行くんなら明日の午前中からでも行くよ。その時には若葉さんにも付いて来てもらいたいんだけどいいかね?」


「私は構いませんが、すべては引田幸の意思次第ですね」


 そういわれると、幸は少し萎縮してしまったのか背を縮こまらせます。


「んと、じゃあ明日行く……保険証ないけど見てくれるのかな」


「まぁ見てくれるんじゃないの?保険効かないから診察料は高くつくだろうけど」


「そっか。なんかお袋に話すと急に気楽になるんだよなぁ。助かるよ」


「あんたもいい歳なんだから親離れしなさい」


 突き放すようなそっけない言葉も、どこか優しいものが含まれている母。

それを感じたのか、笑顔を取り戻して気楽な様子で喋る幸。


「いや、親離れしてても俺みたいな異常事態になれば親とか頼りたくなると思うよ。ほんと」


 そんな幸の様子を見て、父が少しわざとらしく咳をする。


「ん、んんっ。何か俺に言いたい事はないか幸成」


 そういわれても幸には特に思い当たる事はない。

なので必然答えは気の抜けた物になる。


「いや、別にないけどさ。どうかしたの親父」


「そうか。ないならいいんだ……」


 どこか気落ちした様子の父にはてな、となりながら幸成は立ち上がる。


「ふー。それじゃ話したいことも話したしそろそろ風呂入ってくる」


「かしこまりました。お供します」


 実に自然な風を装って後に続こうとする若葉、だが幸は足を止め彼女を大きな瞳でじろりと睨む。


「俺は昼間、お前の性癖が信用できないっつったろ」


「何故信用しないのですか引田幸。私は貴女の忠実なしもべですよ」


「とにかく、入ってくんなよ」


「いえ、万が一にも転倒などしたら危険ですので是が非でもご一緒しますよ引田幸」


「そういう事言うなら昼間みたいな不穏な発言はやめろよな……」


 しぶしぶと若葉と連れ立って風呂場へと向かう幸。

そんな彼女の後姿を見送ってから、父はぼそりと呟いた。


「母さん。俺は頼りにならんだろうか」


 どこか寂しそうにちびりちびりと小さな猪口に清酒を入れて飲む父に、母は呆れたような顔で言う。


「まだその時じゃないってだけでしょ。それに産婦人科の事なんて相談されてお父さん答えられるの?」


「……無理だ」


「でしょ。自分の出番が来るまでお待ちなさいな」


「むぅ……」


 自分を納得させるかのようにぐいっと残った酒を飲み込む父に、母は言った。


「まぁそんな考えすぎなくていいでしょ、私にも一杯頂戴なお父さん」


「ああ」


 父は自分の定位置の背後にある棚から猪口をもう一つ取り出し、酒を注ぐ。


「はいありがとう。しかしねぇ……あの子本当に大丈夫かしら」


「大丈夫だと信じてやらなきゃならんだろう」


「でもねぇ、あの年恰好で母親は……周囲の目に潰されちゃわないか不安だわ」


「そうだな。俺にそういう目から守ってやれる力があればいいんだが」


 表情に影をさす父を見ながら、くっと一口酒を飲み、母は言う。


「周囲からの好奇の目は消せないだろうから、励ましてあげないとねぇ」


「本当なら俺も一日中ついてやれればいいんだが」


「お父さんは仕事があるでしょ。うちでのことは任せときなさい」


「たのんだぞ母さん」


「そ、じゃあもう一杯」


「ああ」


 その後幸と若葉風呂から上がってから、しばらく団欒を楽しんだのだが。

若葉があまり話題に入ってこないという話になり、若葉の私は従者ですから、でしゃばらないのですという宣言を聞いてから、それぞれ父と母も風呂に入り、その日は皆眠りに就いたのだった。

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