自分のことなんて言う?
昼食の後、黒いサングラスの男が司会の長寿番組を見ながら若葉がぽつりと言った。
「引田幸が幼女になってからそれなりに経ちましたよね」
若葉に座卓の下で蹴りを入れながら幸が答える。
「幼女いうな。それがどうしたんだよ」
ぶっきらぼうに言う幸だが、そのちょっと丈あまりのクリーム色のセーターを着こんで厚手の赤い巻きスカートを身に付け、白タイツを穿いた小さな姿は幼女にしか見えない。
「女らしくしてみる気はありませんか」
ちょっと幸には意味が解らなかった。
毎朝髪は梳いているし、服だって女の子らしい物を身につけている、下着も含めてだ。
肌のお手入れなんかは若葉からゴッドパワーでお手入れ不要ですと太鼓判を押されているのでしていないが、なにがいけないというのか。
「口調です。いつまで俺とか言っているんですか引田幸」
若葉の言葉に露骨に顔をしかめる幸。
さらさらの髪を揺らしながらそっぽを向いて言う。
「いいじゃん別に。これも個性だよ個性」
「いけません。もしこの先お子様を産んでからご近所とママ友を作る時になった時にそんな口調ですと孤立しますよ」
「この外見だけでも孤立しそうだよな!?14歳の母とか目じゃねえぞ!」
「ですから口調だけでも整えて孤立しそうな状態を緩和するのです」
言っている事は若葉の方が正しい、圧倒的に理がある。
しかし幸は言い放った。
「お前の趣味だろ」
「……とんでもありません。私は引田幸の社会的な立場を鑑みて必要な助言を……」
「その間はなんだその間は!お前もしかして幼女好きとかに設定されてないだろうな。もしかして初めて俺が女になった日の少女への声掛け事案を発生させたのも……」
「そんな事あるわけ無いじゃないですか。この二週間貴女を入浴させる時の私に邪心がありあしたか?」
「若葉はよくわからん奴だからな……隠しているかもしれない」
「そんな事をして何の意味が?お言葉ですが私には引田幸を良い様に弄んで調教する機会がいくらでもあったんですよ」
「お前何言ってるの。お袋の前で何言ってるの」
幸は母の存在を主張するが、当の本人の母は知らぬ存ぜぬと茶を啜っている。
だが、ことりと湯飲みを置くと鶴の一声を発した。
「まぁ普通の女の子ならどうかと思うけど、幸成ならそのままでいいんじゃないの」
その言葉に若葉がたじろぐ。
「な、何を仰るんですか引田恵。こんなに可愛い幼女が俺とか言ってるなんてもったいな……はっ」
「おい。も一回言ってみろ若葉」
「いえ、私は何も言っていません」
「ざけんな!もったいないとか言おうとしたろうが!」
げしげしと何度も座卓の下に寝そべってもぐりこみ対面の若葉を足蹴にする幸。
「あっ、やめなさい引田幸。気持ちよくなる……のは結構ですが貴女の攻撃的な嗜好を満たしてもなんにもなりませんよ」
「お前もう一緒に風呂はいんな。もう洗い方解ったし」
「ダメですよ引田幸。私は護衛なのですから一番無防備な時にはお傍にいます」
「俺はさっきのお前のリアクションに危険を感じたよ」
「引田幸、貴女の感じた危険は空想上のもので現実にはなりえません。安心してください」
そう言いつつ若葉は自分を足蹴にしていた足を掴み、一気に自分の側に引き寄せる。
「おわぁ!」
引きずられて服とスカートはめくれ上がり、オレンジ色の毛糸パンツが丸見えの状態で若葉に足を掴まれた状態で幸が暴れる。
「離せバカ!女らしくとか言ってた奴が女として恥ずかしい状態に持っていくな!」
「ふふ、思っていたより引田幸も女らしさというものを身に着けていたと安心しましたよ。パンツが見られて恥ずかしいとは」
「ちげーよ!女物パンツだから恥ずかしいんだよ!」
「む。男物なら恥ずかしくないとでもいうつもりですか。それは見過ごせませんね」
「うるせぇ!いいから離せよ!」
じたばたと動かされる足と、愉しげな若葉についに母が動いた。
黙って立ち上がり思い切り若葉の頭に拳骨を落とすと低い声で言った。
「あんまり遊ばないの。とっとと離しな」
「……解りました引田恵。少々はしゃぎすぎたようですね」
解ったんならいい、と言って母は今度は座卓の下から這い出て身だしなみを整える幸にも拳骨を落としました。
「いてぇ!」
「あんたもやってることが小学生。身体に引っ張られて幼くなってんじゃないの?」
「え、あ、う……ごめん。ちょっと気が若くなってたかも」
「まぁあんたもまだまだ若いうちだから、仕方ないのかもしれないけどねぇ」
そうして場を鎮めてから母は元の位置に戻り、テレビの中の紹介されて出演した芸能人が知り合いの芸能人を呼ぶコーナーを見始める。
そんな母に、ちょっと居住まいをただしてから幸は質問をした。
「そういえばさ、ちょっとお袋に聞きたいことがあるんだよね」
「なんだい?」
「俺ってまだ目立たないけど子供がお腹の中に居るわけだろ?そんな時食べた方がいいものって何があるのかな」
「んー、私があんたを中に入れてた頃は特にこれって言われる食べ物は無かったねぇ。とりあえず、二人分食べるのが妊婦の仕事みたいな感じはあったけど」
「食いすぎとかないの?」
「体重が一気に増えすぎるのは良くないって聞いたね。だから二人分は言い過ぎにしても、ちょっと多めに、バランスよく食べるのがいいんじゃないかね。野菜もちゃんと食べんだよ」
「野菜、野菜なぁ。調理法によって食えたり食えなかったり結構あるからなぁ俺」
渋い顔をする幸に、母は言いました。
「何言ってんだい。あんただけの身体じゃないんだから。根性で食うの」
母のこの言葉に幸は背後に手をつき身体を後ろに逸らしながら声を上げた。
「お母さんになるって気合いるんだなー!」
「当たり前だよ。子育ても苦労するからね。覚悟しな」
「……苦労かけてごめん」
こうして幸が小さい身体をさらに小さくするように縮こまらせたりしながら昼の時間は過ぎていったのだった。