チートな若葉さん
朝食を摂り終わった父を、母と見送った後、幸は居間で洗濯はできるのかと聞かれていた。
その問いに辛うじて学生時代に習った簡単、この場合の簡単とは洗濯機に洗剤を適量放り込んで水を足しまわす事、ならできるという話になった。
「あんたこれまで手洗いの必要なもんとかはどうやって洗ってたんだい」
「いや、近所にクリーニング店があったからそこに……」
「ああ、あっちでは近所にあったんだ」
「そういばこっちはクリーニング屋ってどうだったっけ?制服の洗濯にお袋が出しに言ってからあるんだなーとは思ってけど場所知らないや」
「ちょっと遠いから面倒なんだよねぇ。自転車使う距離だよ」
母のその言葉に幸は、自転車かー、と座卓に顎を乗せて考える。
「自転車……そういえば俺の自転車処分したんじゃなかったっけ」
「そりゃしたわよ。あんた高校卒業した後はあっちいっちゃったし、里帰りも全然なんだから」
「学生時代は金がさー。就職した後はお盆とか帰っただろ」
「そりゃ来たけど、そんな長い事居ない人の自転車おいとかないよ。新しいの買う?」
「んー。そうだね。買っといたほうがいいかも。お袋が病気した時とかスーパーに買いに行くのも徒歩じゃ一苦労だし」
こてんと机の上に頬を当てた幸に母はそういえばという風に言った。
「あんた車の免許は持ってるんだっけ?」
「持ってる。でもこの身体で普通の車運転しようとするのは危ないと思う」
「だわねー。ほんとにお父さんと私に何かあったときどうしようかしら」
「そういう時のために若葉がいるんじゃねーの?戸籍取るついでに免許も取れー免許も取れー」
「なんだい、そんなので伝わるのかい?」
「俺の状況が解るって言うなら通じるんじゃないかな。一方通行の糸電話みたいな感じで」
「幸成、あんたもうちょっと若葉さんと話し合わなきゃいけないよ」
「うん、まぁ若葉が帰ってきたら話してみる」
そこで話が途切れると、母は立ち上がった。
「さてと、洗濯物干してこないとね。幸成もきな」
「おう」
そうして二階のベランダへ洗濯物を干しに行こうとした時、インターフォンがなった。
「おっと……」
「ああ、幸成。私がでとくからあんたは洗濯物よろしく」
「解った。じゃあ行って来るよ」
洗濯籠を両手で持っておっちらえっちら階段を昇っていく幸を尻目に、母はインターフォンを取る。
「はい、どちら様ですか」
「若葉です。ただいま戻りました」
「ああ、若葉さん。入って入って、鍵開いてるから」
「解りました」
母がインターフォンを置くと同時に、入り口の磨りガラスの引き戸を開けて若葉が入って来る。
「ただいま帰りまし、引田恵」
「お帰りなさい若葉さん。一晩帰らず何してたの」
「少々お話を。現在法則の確認中だと思われます。もし確認出来れば後は私の示す条件を政府側が飲むだけだと思われます」
「昨日も幸成が言ってたけど、そんなに巧くいくもんかね」
「行かないようなら若干の心理操作を行います。複数人に対して行う事になるでしょうが、まぁどうにかなるでしょう」
「……あんまり人の心を操るような事はしてほしくないねぇ」
「善処いたします」
渋い顔の恵に涼しい顔で応じた若葉。
彼女は迷わずに階段を昇り始める。
「私、引田幸に現状を報告しますので失礼します」
「そうかい。じゃあついでに洗濯物干すの手伝ってやってくれないかい。私ゃ茶でも飲んでるよ」
「はい。それでは」
こうして二人はそれぞれ居間とベランダに向かう者に分かれていった。
「んーと、よくわかんないんだけど。政府のエネルギーを管理する省庁の人に若葉が新エネルギー源の発見者という印象を刷り込みつつ、確認の為の実験をさせる段取りまでが出来たってこと?随分早くね?」
「早急な案件である事を関係者全員に刻み込みましたから。準備にそう時間のかかる案件でもありませんし。検証実験は一月もすれば結果はでるでしょう」
「一月かー。役所で色々手続きしようとするともっと時間掛かる事を考えると超速いよな」
結局、幸では洗濯物を掛けるところまで手が届かないと言う事に気づいて母を呼ぼうとしていた彼女が、後から来た若葉に洗濯物を渡しながら話した。
「でもなー、精神的にコントロールして出来レースみたいな知識を売り物にするって、悪役じゃね?」
「いいではありませんか。多少、税金の吸い上げという形で国民に負担を掛けますが、きちんと交渉してもらえるのであればこの国の人々は水晶式エネルギー革命によってエネルギーに困る事は無くなるのですから」
この二週間で諦めと共に慣れた自分の穿く水色のお子様ぱんつを若葉に渡しながら幸は聞く。
「それなんだけどさ、エネルギー作っても貯蔵したり取り出したりの知識がないよな?」
その問いに若葉は微笑みながら答える。
「当然です。その部分を本格的な交渉の時のカードにするのですから」
「えげつねーなー。そのせいで世界に狙われるとか勘弁してくれよ」
幸のそんな言葉に、若葉はジャージが張り裂けそうなほど腕の筋肉をパンプアップさせながら言う。
「こちらに頼って一方的に要求を飲ませないだけマシだと思っていただきませんと」
「お、おう……なんだその筋肉、お前漫画じゃないんだから」
「まだ0.1%も出していませんよ」
「何それ、本気の中の本気とかだしたらどうなっちゃうの」
「銀河級になります」
「それもう筋肉とか関係ねーよ!なんだよ銀河級って!」
突っ込む幸を見て笑みを深めながら若葉は言う。
「なんならお見せしましょうか?その日が人類の未知との邂逅の日になると思いますが」
「いや、まじやめてくれ」
そんな話をしながら洗濯物を干し終わると幸は満足げな声を出す。
「よーし、終わったな。さっさと下いってお袋にお茶でも入れてもらおうぜ」
「私がいなければ仕事は終わりませんでしたよね。引田幸」
「な、なんだよ……これからは踏み台用意してもらえば……」
「引田幸には踏み台より高性能な召使がいるではないですか。私という」
「お前はお前でなんか居ない時があるからだめだ」
「そんな。私はこんなに真摯に引田幸におつかえしているというのに」
心外だと言う風に幸を抱き上げて運ぶ若葉。
身長差のせいで幸の足は完全に床から離れてぶらりと揺れている。
「ほんとか、ほんとに真摯につかえてるのか」
「お風呂ではあんな所まで洗ってさしあげているというのにこの扱い……」
「……あれは慣れないと恥ずかしいぞ。慣れたらなんつーか、ゴージャスな気分になるけど」
「慣れられた、つまり私に邪な気持ちはないということです。ただ清潔になる爽快感があるだけでしょう」
「そーんなんだけどさぁ。つかここの風呂でも一緒に入るつもり?」
「いけませんか?」
「風呂場の広さがなー。二人は辛いよ」
「まぁまぁ、引田幸は小さいですから」
「うっせ」
こんな会話をしながら幸は抱えられて階下の居間に行き、二人は母の入れたお茶で一服するのだが。
幸は母に、しょうがないけど今のあんたほんと子供ね、と言われてしまうのだった。