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実家へ

 あれから二週間、戸惑う大家さんにアパートの契約を解除してもらい、郵送で送れる物は全部実家に送ってから、幸は都会から田舎の実家に帰っていた。

はじめにインターホンを鳴らして顔を見せた母は呆然としていたけれど、幸の事を抱きしめると力強い声で迎えてくれた。


「よく帰ってきたね幸成。まぁこんなにちっちゃくなっちゃってまぁ。図体のでかさだけが自慢だったのにね」


 そういって身をかがめ幸の肩を抱きしめる母。

さすがに幸が小学生サイズでも抱き上げる体力は無いようだ。


「ただいまお袋。この人は俺の付き人とか護衛みたいな若葉さん」


「よろしくお願いします引田恵さん。引田幸の護衛役、若葉です」


「ああ、あなたが。幸のことよろしくしてくれてたみたいね」


 見上げるような長身美女の若葉に、母は気負い無く握手を求める手を差し伸べる。


「これから先も末永くよろしくしていく所存です」


 母の手をしっかりと握り、ニッと笑ってみせる若葉。

それを見て母は幸の背中をトントン叩きながら言う。


「なんだか頼もしそうな護衛役じゃないか。さ、今日はお父さん休みとって幸成を待ってるよ」


「解った。じゃ、ただいまお袋」


「ん。お帰り幸成。それとも幸って呼んだ方が良いかね?」


 ちょっとおどけた様子の母の言葉に苦笑しながら幸は言う。


「お袋達からは幸成でいいよ。幸なんていわれたら、他人になったみたいだ」


「そうかい。なら幸成でいこうかね」


 そういうと、母は幸達に背を向けて家に入っていく。

家は古い一軒家で、瓦屋根の二階建て、部屋は一階に居間と仏間に台所とトイレ、洗面所の脇に風呂があり、二階は物置と小部屋、大きな六畳間という造りになっている。

当面、幸と若葉は仏間で寝起きする事になっている。


 それはさておき、靴を脱ぎ玄関にあがり幸は久しぶりの実家の中を歩いていく。

そして居間のふすまの前でさっと長袖のコートを脱ぐと若葉に渡す。

中からはグレーのセーターに、赤いチェックのスカートを穿き、黒い厚手のタイツで固めた姿だった。

おかしな所はないかちらりと見回した後、ふすまに手を掛けて開きながら言う。


「ただいま親父。ひさしぶり」


 ふすまをあけた幸を父はちらりと見ると、すぐに視線を外し茶のみの中のお茶を啜った。

父のそんな態度もあまり気にせず……元から父はそう饒舌な方ではないのだ……座卓の対面に座る幸、とその後方に控える若葉。


「産むつもりなんだってな」


 唐突な父の言葉も、幸には慣れたもので。


「うん。産むよ。正直神様も俺をこんな姿に指定した改変者とやらもダメな奴らだと思うけどさぁ。本当に、人間なんか簡単に干渉できちゃう奴らが俺を標的にしたのもなんだか受け入れちゃってる自分が居るんだ」


「お前、仕事楽しんでただろ」


「それはさ、仕方ないよ。出来なくなっちゃった事考えても仕方ないんだ。前向きに……」


「辛くないか」


 父の言葉に、明るく装っていた幸の表情が曇る。


「辛いか辛くないかで言えば辛いよ。せっかく良い職場に就職できて、上司も良い人で、ちょっと仕事も覚えてこれからって時だったから辛い。でもさ、ないわーって思ってたけど、なんか……受け入れちゃってる自分が居る。はは、なんでだかほんとにわかんないんだ。でも、大丈夫だから」


「そうか。辛くなったらすぐに俺か母さんに言うんだぞ」


「うん。ありがとな親父」


 そうして、良い雰囲気で沈黙が訪れそうになったその時。


「引田幸。貴女の受け入れる感情には神からの若干の心理干渉が認められます。微妙に操られていますよ」


「おい!どーゆーことだ!」


 若葉の衝撃の一言に幸が声を荒げる。

当然だろう、理由がわからないなりに自分で受け入れていたものが他人の干渉によるものだったとしたら、普通思うところがある。

だが幸以上に激怒したのが父だ、湯飲みは一瞬で砕かれ、周囲にどす黒い瘴気のような雰囲気を撒き散らす。


「ご説明しましょう。引田幸、貴女は本来ありえない、父親無き生殖という未知を受け入れる素養がありました。ですがそれはあくまで素養であり、表に出ているものでは有りません。そこで神は貴女自身が異常な妊娠を受け入れられるようになるまで緩やかな緩衝材として、未知の現象を受け入れる心を大きくしたのです。これは貴女を思っての行為でしょうが、これも操られているといえばそうでしょう?」


 若葉の操られている発言に湯飲みを砕き黒いモノを発していた父の雰囲気が元に戻る。

幸も安堵したのか、がっくりと背中を丸めて座卓に顎を乗せながらふにゃっとした表情で言う。


「言い方がわりーよ……まるで俺が神様に玩具にされたみたいじゃん」


「事実ですので」


 しれっという若葉を呆れたように見やった後、幸は父に声を掛けられる。


「しかし幸成、お前戸籍上存在しない人間なんだぞ。保険も効かないし出産費用だせるのか?」


 この父の言葉に幸は情けない表情を両親に晒す。


「貯金80万くらいしかない……こうなった日に速攻全額下ろしたけど保険なしじゃ足りないよな」


「どうだったかな母さん、幸成を産んだ時は」


 いつのまにか横に並んで座っていた母に問いかける父。


「保険が利くような妊娠状態ならまぁ余裕があるほうね。あ、でも今の幸成じゃ男の頃の保険証は使えないのよね、どうしたものかしら。診察自体は受けられると思うけど…あと養育費なんかはとてもじゃないけど足りなけどさ」


「だよなぁ……育てろってならその費用もどうにかしてくれよ神様って感じなんだけど」


「大丈夫だ幸成。最悪俺達の貯金から出してやる。父親不在とはいえ、お前にはどうしようもない事情での子供だしな。それくらいはしてやる」


「え、でも親父……」


「遠慮しないの幸成。お父さんもお母さんもちょっと頑張ればいいだけだから。今の姿のあんたを外で働かせるわけにも行かないし、まかせなさい」


「お袋……」


 なんだか良い雰囲気になっている引田家の面々を無視する女が一人、若葉である。


「養育費も保険も、それどころか戸籍すら政府に差し出させる方法があります」


「へーそうなんだ……って誰が出すんだよ!いきなり神様の子供産むので養育費ください♪って言ったって電波扱いがいい所、下手すりゃ捕まるわ!」


「そんな要求の仕方はしませんよ引田幸。実は私は神様に超未来的な知識、のように見える改変された法則を埋め込まれているのです」


「たとえば……どんな?」


 ぐるりと身体をひねりながらうつぶせになって若葉の方を見る幸。

そんな彼女の頭をぽんぽんと撫でながら若葉は説明する。


「たとえば直径が2cm以上の水晶に特定のカッティングを施すと、それに日光を当てる事で一枚で原発一基分のエネルギーを産出し貯蔵する上に、万が一破壊されても生み出されたエネルギーは緩やかに自然に還る超エネルギー源になる法則です。この法則の情報を売ります。」


「え、そんなの情報の真偽を確かめるのにデータを取られたらそのまま自分の物にされて終わりなんじゃないか?特許とるような時間もないし……」


「当然私に埋め込まれた情報はコレ一つではありません。コレを餌に取引を持ちかけ目的を達します」


「そんな巧くいくもんかね」


 頬杖をついて言う幸に、若葉は獣が牙を剥くような笑顔で言い放つ。


「巧く行かせます。私はこの件に関して全力を持って当たります。数日の時間は掛かるでしょうが、必ず引田幸とそのご家族の手元に新しい戸籍等の書類を届けて見せます」


「それは、頼もしいなー」


 美しい野獣のような笑みにちょっと心惹かれたのを誤魔化すように視線をずらしながら、幸は母に聞く。


「そういえばお袋、今日の晩飯何?」


「ああ、それなんだけどね。おちついたらあんたに料理しこむから」


「え!?なんで!?」


 うつ伏せだった身体をひねって父の傍に居る母の方を見ながら叫ぶ幸に、母は宣告する。


「男だから料理仕込む必要はないと思ってたけどね。女の子になったらね。それにあんた子供産むじゃない。将来子供に手料理食べさせて上げられなくてどうするの」


「で、でも俺……」


「男だったからなんていわないで、子供のために頑張る」


「うへぇ、マジかよー。親父なんとかいってくれ」


 幸は父に助けを求めるも。


「俺も幸成が作る飯食ってみたいな。息子じゃなくて娘になったんだから」


 という一言に望みは絶たれた。

こうして若干の不安を含みながら、幸の実家での生活が始まったのだった。

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