変わっちゃった事でつけなきゃいけないけじめ
纏めるとこうだ。
現実のいつもバカ話をする友達の姿をした何者かに好みの女性像を聞かれて色々答えた。
その後、世界のルールを変えたいけど、実際に生活してる生き物の希望も聞いてあげようと思うから、ルールの改変者を君が生んでほしいと彼は言われた。
そんな事を言われてからその改革者とやらを紹介されて、きちんと育ててね母さんと言われてから、はっと目が覚めたのが彼の状況だった。
というのが若葉に買い物に言ってもらう前までの流れだった。
なぜ彼なのかとか説明は無かった、ただそこに俺が居たからとかそんな理由だろう。
神様はえてしてこういう理不尽な試練を人に与えたりするものだ。
そこで彼女……幸がどうしたかというと、まぁそこらへんはどうでも良いことだろうと幸はぶん投げることにした。
良くないけど置いとく、そんなの気にしていたらやってられないからというのがいまや彼女な元彼の考えだ。
それより当座の問題は両親と会社だと考える幸。
両親は幸に一人息子として家を継ぐことを非常に期待していた。
まだ23で、結婚資金がたまるどころか彼女も居ない彼に孫はまだかとせっつく程度に。
あの二人をどう説得すべきか。
それから会社、勤め始めて一年のちょっと育った雑用レベルの扱いの幸成でもいきなり居なくなったら迷惑をかける。
きちんと説明し、自主退職という形にしてもらわなければならないだろう。
神様はお告げ的なモノを両親と会社の上司にはしてくれたと言っていたのだが、声も顔も、全てが面影の無い幸の事を幸成と認めてくれるのか不安になる。
もしかしたら若干の心理操作を加えて、姿形は変わっても幸が幸成だと解る、なんていう具合に調整してくれたりしてるかもしれないが、なんて幸は思う。
でもまぁ、悩んでばかりいても仕方ないのでまずは両親の方から片付ける事にした。
そんなわけで携帯のアドレスから実家の番号にコールすると、2コールで電話が取られた。
『もしもし、引田ですが』
「あ、お袋?俺だよ、幸成。お告げ見た?」
『幸成?本当に幸成なの?』
「ほんとだよ。高校の頃弁当箱二つ用意してもらってた幸成」
『この馬鹿!なんであんな話受けるの!あんた跡取り息子なのよ!?』
「跡取り息子て、うちの家は単なるサラリーマンじゃないか」
大げさな言い方にちょっと笑う。
昔は彼は家の先祖は武士かなにかかと聞いたら、別に普通の農民だったって言われて、じゃあなんでそんなこだわるの?ってなったものだった。
『それでもよ!それに父親のわからない子供だなんて……ご近所になんて説明するの!』
「あ、やべぇ。そこらへんのこと神様にどうにかしてもらうの忘れてたなぁ。でも神様、今のお前らの世界世界を改変するような子供が生まれるって解ってたら絶対騒ぎになるから告知はしません!って言ってたなぁ」
『そんなのどうでもいいって、それよりご近所への説明よ』
「どうでもいいって、よくねぇよ。下手すると世界的宗教の狂信者が誘拐監禁テロ暗殺かましてくるかもしれないねって言われた俺の恐怖はどうしてくれるんだ」
『じゃあ引き受けなきゃ良かったじゃない』
「そこ言われると弱いんだけどさぁ。拒否権とかなかったの。仕方なかったんだよ」
『だらしないねぇ。あんたそんなんだから彼女もできなかったんだよ』
「それとコレとは関係ねー。……ところでさ、お願いがあるんだけど」
『何?聞くだけ聞くよ』
言葉とは裏腹に、用件を聞いたら受け入れてくれそうな安心感が母にはある。
あまり出来の良くない息子を何年も育ててくれた、優しい母だからだ。
「俺さぁ、こんな事になったから会社辞めて実家に帰ろうと思うんだ。それも女連れで」
『勤め続けるわけには行かないの?』
「無理。上司とか同僚に俺が俺だって言って解ってもらえても、ちっちゃい女の子みたいに変わっちゃったって事実、会社の外の人には納得してもらえないだろ。今までの免許とかも使えなくなるんだし」
『……はぁ、仕方ないね。いつ帰ってくるの』
「引越しの準備とかアパート引き払う手続きとか、退職の手続きとかあるから、二週間くらい後」
『解った。ちゃんと帰って来るんだよ。お父さんには私から言っとくから。安心して帰っておいで』
「……ありがとうお袋……!」
『いいんだよ。本当に大変なのはあんたでしょ。男だったのが産まなきゃならないんだから、母さん色々教えてあげるから速く帰っておいで。ご近所への説明もひとまずおいといていいよ』
母の優しい言葉に思わず涙が出る幸。
その後はお互いまた今度、と言葉を交わして携帯を閉じる。
ちょっとだけくしゃくしゃになった顔を台所で洗って、さっぱりしてから、今度は上司の携帯に電話をかける幸。
『もしもし、引田か』
「はい。始業前から申し訳ありません植松さん。ですがどうしてもお話したい事がありまして」
思わず幸は頭が下がる、ちょっとした癖みたいなものだ。
『……夢の中身は本当なのか?』
「間違いありません。今の俺は小学校低学年くらいの女の子です」
『はー……声違うもんな。でもお前だって解っちまう。まぁアレだな。都合つくなら今日会社に顔出せ。そこで退職届の書き方とか教えてやるから筋通せ』
「はい。解りました。お手数掛けて申し訳ありません」
再度電話越しに頭を下げる。
上司の植松さんには世話になっている。ちょっと浮いてた幸成を飲みに誘ってくれたり、ちょっとしたミスをネチネチ言わず失敗した業務を得意にしている先輩に面倒見とくように言ってくれたり。
できればこれから先もその下で働かせてもらいたかった人なのだ。
『お前は、使ってて物になる部下だと思ってたんだがなぁ。それが戸籍の無い人間になって使えなくなるなんてな……残念だ』
辞めていく自分に、そんな嬉しい事も言ってくれる。
本当に頭が上がらないと思う幸だった。
「すいません。後ほど顔を出させていただきますのでまた後ほど……失礼します」
案ずるより生むが易し、そんなこんなで目の前の問題は片付いたがそれが終わると、次の問題も浮かんでくる。
若葉は会社に顔を出すにも問題ない服を買ってくるか。
ついにっきゅうっぱでいいなんていったが、こうなればもっとまともな値段の物を頼むべきだったかもしれない。
そんな事を考えていると、玄関のドアの扉が開く音がした、
若葉が帰ってきたのかと出迎えてみたら、なんか黒い制服の青年が若葉の後ろにぴったりと張り付いていた。
「不審人物の声掛け事案でこのお姉さんの言ってる事に間違いないか確認したいけどいいかな?お嬢ちゃん」
この後、店が開いてなくてそこらへんの小学生に服売ってくれないかと声掛けしていたという若葉の潔白を何とか証明して、お巡りさんに帰ってもらった頃には時計は十時を周っていた。
幸は、今度は会社に出ても変な目で見られない様な服……子供だから多少奇異の目で見られるかもしれないが……お父さんの会社見学に来た少女に見える程度の服を買ってくるように若葉にお願いして、再び彼女を送りだしたのだった。