変容する世界の片隅で
福与が瞬く間に成人し、世界改変の希望の声を天に届けるようになってから若葉に新しい仕事が増えた。
幸の部屋に最新のPCとサーバーを揃え、アクセスポイントを何箇所も経由、偽装し、入念にアップロード者が解らなくなる様にしてから、サイト「世界の改変事項」を立ち上げ世界に神が汲み上げた世界の法則の改変点を発信し始めたのだ。
そのサイトは当初閲覧者も少なく、何の話題にもならなかった。
見たものは新しい誇大妄想の類か、一次創作の設定が書き連ねてあるだけのサイトかと思ってすぐブラウザバックするなり、タブを閉じるなりするサイトだった。
だが世界で新たな事実として情報が流れる以前からそれに一致する情報を発信していた「世界の改変事項」は一躍注目を集める事になる。
たとえば、魚類などの水棲生物に自らの生息域の環境を自然に調整する機能が備わるようになったこと。
当初は、世界の水質が向上したのは汚水浄化装置などの性能の向上によるものかと思われていた。
しかし環境学者などがそれらの機器の性能だけでここまで環境が浄化されるのは不自然だという事実を突き止める。
調査の結果、水の中に生きる者全てが生きる浄化装置のような働きを持っていた事が確認された。
それを事前に世界の改変された事項としてサイトに記していた「世界の改変事項」は一躍予言のサイトと一般に言われるようになった。
当たったのがこれ一つなら、当然人々の大半はまぐれとかそんな言葉でそのサイトを無視していられる事もできた。
だが世界の法則が変わり、種の垣根が曖昧になることまでを言い当てた時から世界はそのサイトを無視できなくなっていた。
世界のいくつかの農場で明らかに異種交配を行った為と思われる豚人や牛人、鶏人が生まれ、個人の家でも大型犬を飼い主が孕ませたりするようになると、その事実は隠しきれなくなった。
そうして人々は畏怖と憤りと、ほんの少しの希望を持ってそのサイトを注視するようになったのだった。
そして現在、PCの三次元投影ディスプレイ……これも世界の法則が変わり、電子機器の数値は現実にも影響を与える事になった事により開発された……をいくつも並べ、それぞれのディスプレイに付属する仮想キーボードに素早く打ち込みを行う若葉。
その背中を見ながら、幸は世界と交信する福与の腕の中で抱きしめられるがままになっている。
若葉は世界中からのウェブサイトの発信源を探ろうとするアクセスを防壁を張り、アクセス経路の偽装をし、その全てをいなし続ける。
通常の人間には一人ではまず出来ない仕事だ。
だがそれも近い内に終わるだろう、福与は機が熟したら自分自身の情報を発信し、人類に神は生物の願いによって世界の法則を改変する用意がある事を知らしめるつもりだからだ。
そうなれば世界は祈る者と呪う者に別れるだろう。
そんな未来がくるとしても、それは未来の話、若葉の作業の合間に幸が時計を確認すると、そろそろ11時で、母も昼食を作り始める時間になっていた。
「福与、俺ご飯作ってくるから離してくれな。ご飯できたら呼ぶから、そこで昼の仕事は一旦中断。大丈夫か?」
幸の言葉に、きりの良い所まで神への言葉を捧げた福与は答える。
「はい母さん。美味しいお昼ご飯を期待しています」
幸の顔を自らに向けさせ、にこりと柔らかく微笑んだ福与は母である幸の身体を放す。
そして再び世界と神の仲介を再開すると、目は半眼になりどこを見ているのか解らなくなる。
口からもれ出る言葉は祝詞か呪言のようで、見慣れなければ不気味なものに写るだろう。
事実、福与はその行動から祖父と祖母から一定の距離を取られていた。
彼らは幸に孫も愛するとは言ったものの、かたくなに幸以外からの愛情は受け取らないといわんばかりの福与の超然とした態度に、無理に愛情を押し付けるよりは……と身を引いた。
今この家の中で心の底から福与を愛していると言って受け取ってもらえるのは母である幸一人。
若葉はそもそも改変者である福与を尊崇する事はあれども、愛する事はない。
そんな状況の、狭い家の中から、世界はゆっくりとその姿を変えていったのだった。
こうして、変わり行く世界の中で福与は幸に囁く。
「お母さん。お母さんは私の事を愛してくれますか」
幸は福与の囁きに、子供とはもう言えないその身体を抱きしめて答える。
目の前で急に大人になった時には驚いたが、それでもお母さんお母さんと、全ての執着を母への愛に転化させられたかのような福与の有り様は、幸にとって嬉しく、悲しい。
もしこの子を残して自分が死んだらどうなるのかと考えると、身を切られるような思いに駆られる。
それについてだけは若葉も教えてくれなかったのだ。
だから、今与えられる精一杯の愛情を篭めて、幸は福与に優しい言葉を向ける。
「世界がどんな風に変わっても、他の誰かがお前をどう思っても、俺はお前を愛するよ。福与」
こうして男だった彼は母へ成るに至った。
ただ、世界のために自らのほぼ全てを捧げる子供を受け入れる、ただ一人の母に。
彼女は今日も、眠っている間も頭の中に響く世界の声に浅い眠りをかき乱される愛し子を抱いて眠る。




