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誕生

 幸は父、母、若葉に囲まれ陣痛室内のベッドに寝かされていた。

だがその場に居る人間の顔に悲壮感はない、これは予定内の入院。

幸の出産予定日になり、規則的な胎内が突っ張るような感覚の陣痛もあり破水したという状態のためだった。

子宮が開くまで時間が掛かる為、父母と若葉で連れ立って幸を見守っていた。


 そんな中、幸は態度を決めかねて父と母、そして若葉の見守る中で悩んでいた。

そんな中、幸が声を上げた。


「ふー……うー……なぁ若葉……いや、やっぱいい」


 息を整えながら何かを逡巡する幸に若葉は柔らかい口調で語りかけた。


「どうしました引田幸。私に何か話したい事があるなら遠慮なさらずにどうぞ」


 だが若葉のそんな声に断りを入れて母の方を向く。


「いや、やっぱお前よりお袋に聞きたい。お袋、俺産んだ時どんなだったか憶えてる?」


「また聞きたいのかい?もう三回目だよ」


「うん……でも聞きたいんだ」


「じゃあ話すけど……」


 幸に促されて語り始める母。

幸のように定期的な陣痛がきてから半日、痛みに苛まれながら子宮が開く苦しみに耐えたこと。

そしてそれまでの最大の痛みの中でいきみ、頭が出ましたと看護士……当時は看護婦と呼ばれていた……に言われて安心したものの、それでも気張るのは止められなかった事。

満身に残る痛みの中、聞こえた産声と手渡された小さな温もりに、心底からの嬉しさを感じた事。

そんな事を、幸に恥ずかしがらずに伝えてくれる母。

それを聞いた幸は何度も自分に言い聞かせるように言った。


「痛いけど産めば嬉しい。痛いけど産めば嬉しい。お袋がやったんだ、俺だって出来る……」


 幸の不安げな様子に、母はぽんと幸の頭を叩いて言う。


「案ずるより産むが易し。あれこれ考えるとお腹の子にも悪いよ」


「でもお袋……」


 母に声を掛けられても消えない震えをあらわす手を父が握る。


「幸成。どうしても怖いなら若葉さんに恐れを消してもらってもいいんだぞ」


 父の勧めに、幸は首を振った。


「怖い、怖いけどこれを乗り越えなきゃ俺、福与の本当のお母さんになれない気がする。だからいい」


 幸の言葉に腕を組んだ威圧感のある仁王立ちで若葉が言う。


「引田幸。貴女の気持ちは尊重します。ですが私は貴女が望むならいつでも引田巌の言うような処理を行う用意があります。それは面会時間外であってもそうです。貴女が望めば必ず来ます。必ずです」


「……ありがとな若葉。でも大丈夫だ。お、俺だってもう女だ。女は度胸!だよな……お袋?」


 途中までは空元気で声を大きくしていたものの、最後の方の母への問いかけは消え入るような頼りない小声になっていた幸のおでこを母が撫でる。


「そうだよ幸成。男も女も、度胸が要る時が必ずある。産むっていうのはそういう時だ。だから今はその時の為に気を大きくしていきな」


「……うん……」


「ほら、そのちっちゃい女の子の顔で泣きそうになるんじゃないよ。私が意地悪してるみたいじゃないかい」


 軽い調子でからかいながらも、幸の髪を梳く母の手は優しい。

ソレを感じて幸はあふれ出しそうになるものを抑える為に目を瞑った。


「うん。うん」


 何度も頷いて、後は母のするがままになる幸。

父はただ静かに幸の手を握り締め続け、若葉は幸を見守り続ける。

そんな状態が15時間ほど続き、医師が診て胎児と母体に異常が無いものの、産む為の準備にあまりにも時間が掛かる為、帝王切開を提案されたが、幸は出来るなら待って欲しいと言って引き伸ばした。


 そしてソレは幸の心が静まるのを待っていたかのように起こった。

日々落ち着きを得ていった幸の心の準備が出来たと父と母にもわかるようになった時、子宮が全開大と呼ばれる産む為の状態になったのだ。

即座に看護士に付き添われて分娩室に移動する幸。

彼女には夫が居ないために母に付き添ってもらいたがったので、母が付き添う事になった。

扉の向こうに消える幸と妻を見送ってから、父は若葉に問いかけた。


「……子宮が開くのを遅らせたのは君か?」


「いえ、私ではありません。あるいは改変者が……ですが改変者の影響力の行使は発声を伴わなければならないはず。と言う事は、万全の出産になるという祝福が、引田幸の心理状態を出産に適した状態ではないと判じ、心の準備が済むまで状態を固定していた可能性があります」


「そうか。幸成の覚悟の問題だったか」


「ご不満が?」


「いや。無い。むしろソコまで福与を待たせてしまった幸成を、出産に耐えた事を褒めた後で叱らなければならん」


「そうですか」


「しかしお互い分娩室には入れず、待つばかりだな。少し話をしないか」


「ご随意に。私からお話しすることはありませんので相槌を打つだけになると思いますが」


「それでいい。アレは幸成が幸になるというお告げを受け取った日の事だ……」


 こうして幸が分娩室の中で生む苦しみに耐える間、若葉に対して幸が実家に帰ってくるまでに起こった夫婦間での葛藤を吐き出す父だった。




 下腹部の内側から、事前の説明では30秒から1分だというが、感覚的にはもっと長い苦痛に見舞われながら分娩台に乗る幸。

分娩台に据えつけられたバーに掴まり全力で彼女はいきむ。

母はそんな幸を励ますようにバーを掴む幸の手に自らの手を重ねて、励ましの声を送る。


 幸は、ただひたすら念じていた。

福与の顔を見せて。

もう既に痛みに対する恐れは消え、ただその一念だった。


 そして、医師達の懸念……母体の体格の小ささから難産になり、やはり帝王切開しかなくなるかと思われていた……を覆すように、自らが納まっていたことで膨れ上がっていた母の身体から頭を見せ始める赤子。

頭が出れば後は驚くほどするりと産まれた、場合によってはメスを入れ、子供が生まれやすくするはずの会陰やいきみすぎて避ける事も多い肛門に裂傷も無い。

へその緒が絡む事もなく、逆子になる事も無く福与は産まれた、あまりにも順調に生まれすぎて生まれてくる胎児を取り落とさないように気をつける必要があったほどだ。

出産に要した時間は実にきっかり20分、これは通常の安産に比べてもかなり早い出産だ。

幸は、覚悟していた痛みも、想像の中で肥大化した痛みよりはるかに小さい、しかし小さい穴ゴムの穴に無理やり穴より大きな固体を通すような膨満感と、拡張の痛みが過ぎ去ったのを感じて力を抜く。


 元気な産声を上げる福与が産湯をつかわされ、へその緒を切除してからガーゼをあてがわれてから清潔な布に包まれ、疲れきった幸の胸に抱かれる。

その身体は確かに人と違っていた、性器にあたる器官は存在せず、つるりとした股間には尿道口と肛門が有るばかり、だが事前にこの事が超音波診断で解っていた医師達はそれでも産むと言った幸の意思を尊重して余計な事は何も言わない。

そんな特異な身体を持つ福与のいつか世界を変えるその声も、今この瞬間はただ母である幸の心を万感の思い出満たすものでしかない。

先ほどまで痛みで汗をにじませていた顔を、くしゃくしゃに歪ませて涙を流しながら福与を抱く幸。

母はその頭を撫でながら幸の声を確かに聞いた。


「うまれた、うまれたよぉ……ふくよ、ふくよ……おれの、おれのあかちゃん……うぐぅぅぅ……」


 その後、福与を抱きながらはらはらと泣く幸の身体の様子を見ながら二時間ほど経つの待ってから、幸と福与を看護士達が病室へと運ぶ。

その途中で外で待っていた父と若葉も福与の顔を見て喜びを露にした。

父はでかした、と一言低い声で言って叱らなければと言っていたの忘れていたが、若葉はただ口元を僅かに緩めただけだったが。

ともあれこうして改変者はおおよそ神の望んだとおりに産まれたのだった。

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