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お腹を膨らませて公園に行くと

 小学生低学年のような背格好の幸がえっちらおっちらと、若葉に付き添われながら家の近所の公園を歩く。

その姿に公園に子供を遊ばせに来ている母親達の視線が集まり、挨拶が交わされる。


「こんにちは幸さん。今日も散歩?」


 ママさん集団の中でも特に目立つ美人の奥さんが幸に声を掛ける。

ソレをきっかけに他の三人のママさんも次々と幸に挨拶をした。

幸はその挨拶の波が引くのを待ってから答えた。


「皆さんこんにちは。はい竹原さん、今日も散歩です。赤ちゃんの為ですからね。毎日やる気にもなりますよ」


 元気良く発された答えに、赤ちゃんをベビーカーに乗せたり、胸に抱いたりしたり、公園内で子供を遊ばせたりしているママさんは皆微笑む。


「幸ちゃんは小さいのに頑張るわね」


 自分もそう大きいわけでもないのだが、幸に比べれば確かに大きいという、胸に赤ちゃんを抱いた女性が幸を労わる。


「幸ちゃん、なんていっちゃダメよ。引田さんは23なんだから」


 ぱっと見美人ママさんと同じように子供を連れて来ているようには見えないが、ちらちらと砂場で遊ぶ男の子と女の子の様子を見ている少し年嵩のママさんが幸の歳に触れる。


「そうそう。つい忘れちゃいそうになるけどね」


 最後を取るのは赤ん坊を軽々と片手で抱いている恰幅のいいママさん。

彼女達の言葉に幸は笑顔になりながら答える。


「まぁ私が小さいのは溝口さんの言うとおりですし。康城さん、最初に私がパスポートで年齢見せた時一番驚いてましたよね。あの時は公園中に響く声で……あと忘れるのは酷いですよ、柊さん」


 幸の言葉に、三人はあははと笑う。


「そうよね、私間違った事いってないわよね幸ちゃん」


「私の次に小さいのは変わりませんけどねー」


「やだもう意地悪ね!これでも頑張ってるんだから」


 溝口さんが頑張っていると主張するのは、具体的に言えば靴である。

小さな靴に中々お高いヒールを履いて嵩増ししている。

赤ちゃんを抱えた身には少し危ないのではないかという細いヒールだが、彼女には譲れない一線らしい。


「ふふ、引田さんに歳を聞いたら23だなんて誰も信じないわよ」


「そりゃ私も自分がこうじゃそう思われるのも解ってますけどね。あれは驚きすぎですよ」


「んー、歳を取ると変わった出来事があると受け入れる準備的なものが、ね?」


「変わった出来事って、ひどいなー」


「あはは、ごめんなさいねぇ。でもやっぱり、私幸ちゃんみたいなちっちゃな大人の女性ってはじめて見たから」


 笑って誤魔化す康城さんを、柊さんがつつく。


「誰だってきっと初めてよぉ。それこみで康城さんは驚きすぎ」


「あら、でも柊さんみたいに忘れちゃうよりはいいんじゃない?」


「まぁそれはそうかもしれないけどぉ……」


 少し場の空気が怪しくなったのを感じて、竹原さんが話題を逸らそうと試みる。


「ま、そのあたりは肝心の引田さんがあんまり気にしてないからいいんじゃないかしら。それより今朝広告見たんですけどね、近くのエーオンの特売が……」


 その話に他のママさん達も乗ってくる。


「ああ、お野菜安くなるんですっけ?」


「そうよぉ、私今日沢山野菜買って、子供達に野菜を使ったお菓子作ってあげるつもりなのぉ」


「沢山野菜が入る冷蔵庫羨ましいわー。うちの冷蔵庫古くて野菜室が狭くて……」


「幸さんと若葉さんは行くの?特売」


「あ、うちはお母さんがそういうの任せなさいって……売り場に連れて行かれるのは行かれるんですけど、まだ物の選び方を脇で勉強してなさいって」


「そうなの?お母様の方針だと思うけど、やっぱり自分で手にとって見たほうがいいわよ」


「ええ、母も良いのと悪いの、手にとって見るように言ってくれるんですけどまだ私はまだまだ……」


「そうなんだ、お母さんとしては幸ちゃんもこれからねー」


 この間、若葉は話に上る事はあっても自ら話の輪に入っていく事はない。

当初から無口な人として扱われるよう努めているのが若葉だ。

いつも幸の後に着いているが寡黙で、その声は時折幸が話の水を向けるときにしか発されない。

その女性にしては低い声と高い身長、そして野性味のある顔つきから近所の奥様方には寡黙な麗人として扱われている節がある。

と、まあそんな若葉がしばらく幸が井戸端会議に参加しているのを見つめていると、話もそこそこにといった感じで幸が話の輪から外れて散歩に戻る。


「どうですか引田幸。井戸端会議は」


「ふー、疲れた。女らしくするのってめんどいのな」


「それは貴女が元男だからですよ」


「そうなんかね。俺なんかいつも違和感が出ないかびくびくしてるのに」


 肩が凝ったというようにその細い肩を回す幸に、若葉は言った。


「引田幸は中々巧くやっていると思いますよ。可能ならあの口調を常時するようにすることです」


 若葉の主張に幸は手を払うように動かしながら言いかえした。


「親父達とお前しか聞いてないところでくらい楽にさせてくれ」


 その言葉尻を捕まえて若葉は幸に並んで囁く。


「それは私がご両親並に特別、と取ってよろしいですか?」


「ち、ちげーよ。お前は俺の護衛だし……そういう奴にも素の自分を見せられないせまっ苦しい生活は嫌だなーって」


「ふふ、そういうことにしておきましょうか」


 そんなやり取りをしてしばらくしてから、幸が小石を踏む。

さほど大きい石ではなかったが、振り下ろされた力を傾け足首を曲げ、幸を転ばそうとするのには充分な石だった。


「うわっ!」


 声を上げる幸、しかしその身体は若葉がしっかりと支えて、気がつけばお姫様抱っこ状態。


「あ、ありがとな。でももう大丈夫だからおろしてくれ」


「いいですよ。他の皆さんも見ていますし」


「げっ」


 そっと幸を足の方から降ろした若葉に、公園内で一連の動きを見ていた人々は若葉に視線を集める。

その姿は小さな妹を助ける麗しい姉のように写るようで、周囲から羨望のため息が漏れる。

まぁ、もし幸がソレを知ったら、こんな変態な姉がいるか!と……は世間体のために言えないだろうが、苦笑いすること必死だったろう。

こんな事を繰り返しながらも、幸は順調に福与を育んでいくのだった。

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