変わった日
ある日起きたら男から女になっていた。
そして1LDKの寝室には自分以外に見知らぬ女が一人。
元青年は頭を抱えた。
心当たりはあるのだ、だけどそれを認めたくない。
だってあんな適当な『夢』が原因で、コレまでの人生の全てを突き崩すような事態になるなんて信じたくない。
人間として当然の心理だが、残念ながら元青年には現実を突きつける存在が居た。
綺麗に正座をして背筋を伸ばしているだけで、立ったらさぞかし背が高いだろうなと思わせる、結びどころが高く、腰まで流れるポニーテールの、まるでアスリートのように引き締まった身体をしつつも臍だし丈のTシャツとスパッツがはち切れんばかりのグラマーさを包んだ、野性味のある釣り目で薄い唇の浅黒い肌の女に言われたのだ。
「引田幸成、いえ神の決定で今後は引田幸でしたね。おはようございます。やる事は色々ありますよ」
と、それ聞いて元青年こと幸成は頭を抱える。
一見すればその女は幸成にとって好みのど真ん中だ、何せ夢の中で『神』とやらと夢の中だと言う事もありどんな女性が好みか友人とのバカ話のノリで話して、イメージした理想の姿そのものだったのだから。
ただ言っていることがいただけない。
もしこの女が本当に幸成の想像した理想の女性、若葉だったとすると、自分にもある変化が起きているはずなのだ。
「若葉さん、鏡ってだせる?」
「さんは不要です引田幸。鏡ならすぐにお出しします」
幸成の言葉に女性、若葉は虚空に手で自分の上半身を覆い隠す四角を描きその左右を掴む仕草をする。
するとそこにはいつのまにか鏡が現れていて、幸の姿を映し出していた。
元は色素の薄い茶色がかった色だった髪が薄紫色になって、瞳はも濃茶から翡翠色に、肌なんかも黄色人種から北欧系の白い肌に変わってしまっている。
そして何より変わっているのはその身長。
185cmあった身長は見事に縮んで、少女と言うより幼女と言われるた方が説得力のある体型に。
そして顔、元の男臭さを感じさせる厳つい顔から、ふっくらした頬がばら色に染まるたれ目の癒し系少女のそれに変わっていた。
「見事理想どおりの身体になっていますよ。引田幸」
「いや、これ俺の理想じゃないし。なるなら若葉さんみたいな女が良かったし」
鏡を乗せる若葉の引き締まった太ももを見ながら幸はため息をついた。
なぜならこの身体は自分の理想ではなく。
「あの『夢』が本当だったら、これって子供の好みなんだよね……」
そう呟く幸に、若葉は答える。
「そうです。一年後生まれる予定の貴女の息子。世界の改変者の理想の母親像です」
「生まれる前からどんな性癖だ!ロリババァ、俺ババァって年じゃないけど、それから産まれたいってどんだけ性癖歪んでるんだよ!」
「何分あの方は可愛い物好きで……」
手を振り鏡を消した若葉は神妙な顔で救世主と呼ばれる何者かの嗜好を肯定する。
「いや、いくら好みだからって母親になる人間をこんな幼女にするか。引くわ。ていうか産めるの?この身体」
ぺたぺたと小さな手でふっくら柔らかな下腹あたりを触る幸。
言わずもがな、上半身もぺったぺたんだ。
「産めますよ。そこは神様のゴッド的な力で安産間違い無しです」
「本当かよ……帝王切開で問題なしとかいうオチじゃないよな」
「大丈夫ですよ。きっと元気に出てきます」
「……自分で引き受けておいてなんだけど、男だった自分が子供を産むのかと思うとなんてゆーかあれだなー。へこむなー」
ため息をつきながらまだ足が入っていた布団から抜け出し立ち上がる幸。
そしてぶかぶかのTシャツとハーフパンツがずれ落ちるのをはしっと手で止める。
「俺の着れる服ないな……どうしよう」
「一時的になら私が用意しますが」
若葉がはらりと何も無い所から、幼児サイズのシャツを取り出す。
「一時的にってのはどういうことか教えて欲しいな」
「時間が経つと消えます」
「ダメジャンッッッ!白昼突然幼女が路上で全裸に変化とか文明国家では許されないっての!」
だぼだぼの服装で手を振り回す幸成に若葉はそっと手を差し出し提案する。
「では私が見繕ってきますので軍資金を」
その言葉にすぅっと目を細める幸。
そして短い足で若葉に近寄ると、その薄着の身体をぺちぺちと叩き始める。
「どの格好でそれをいうか!!ほとんど下着だろーがそれは!」
「私は人間ではないので問題ありません」
「大有りだ!若葉さんコレから先ずっと俺の護衛になるんでしょ!?身近に居る人がそんな無防備だと困るっつーの!」
「仕方ありません。少々小さいですが引田幸、貴女の以前の服をお借りして買い物に行くと言う事で」
そういってごそごそと部屋を漁り出す若葉。
そんな彼女の身体を見て、幸はあの乳・尻・太腿が入る服なんてあっただろうかと考えていた。
だが若葉は見事にそれを箪笥から引き出した。
なんだか着る時にミチミチと不穏な音を発していたが、それでも一応掘り出されたジャージは服としての役目を全うする。
「服はこれでいいですね。後は軍資金を」
ずいっと手を出す若葉。
そんな彼女にため息混じりに財布を持ち出し手渡す幸。
「一着でいい。とりあえず一着。にーきゅっぱでいいから。後は実家帰って親父とお袋説得して……それからだ」
「解りました。行って来ます。鍵はきちんと閉めておくんですよ。それと誰が声を掛けても中に入れてはいけません」
「若葉さんが入る時はどうするの」
「私の前に鍵など無意味です」
「あっそう……なんか微妙に不安になる事いうね」
こうして幸は若葉を送り出した後、ゆっくりと一人で回想に入るのであった。
そう、アレは昨日眠って目が覚めたと思った時の事だった……。