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ベミエラ編:8


 ベミエラの南側にひろがる、収穫を終えた麦畑。時刻は昼過ぎである。

 デンタナからやってきたラヘル軍は、兵士以外の見物人などを含めれば2000人に届く大所帯だった。40まで上昇した魔境率のせいで、快晴でありながら曇天よりも暗い空を、彼らは物珍しそうに見上げている。

 薄黄色の太陽が浮かぶ、北の果てにあるような空。すべてのものに、黒のヴェールが掛かったかのように、暗い。


 やがて使者がベミエラに入り、クロードと共に門から出てくると、麦畑のやや浮ついていた雰囲気が引き締まる。ラヘルにかかる期待と不安の大きさが、静寂となって現れていた。

 痩せ細ってはいるが、敵は史上最強とまで謳われた戦士である。


「ラヘルだ。ただのラヘル」

「クロード・カイツ」


 十分な距離を保っているため、名乗りは大声を張り上げるものとなった。

 群衆を背にするラヘルに対し、クロードは拘束されていた強硬派、それとヘラを引き連れるのみである。まず両陣営の間で、人質の交換が行われた。ラヘルからバルガが、クロードから強硬派の人々がそれぞれ相手方へ引き渡される。


「……」


 バルガはラヘルの傍を通り過ぎるとき、その横顔にちらと視線を送ったが、彼女は一瞥も返さずにクロードを見つめていた。その横顔に気負いや、いつもの薄笑いはなかった。

 自分の腕では、彼女の底を割れなかったな、とバルガは思った。しかしそれが不安に繋がることはない。

 クロード・カイツは勝利するだろう。

 その時、ラヘルが生きていることを願った。


「……」


 ラヘルの視界の隅で、ヘラがバルガにすがり付いている。泣きながら、胸を拳で殴りつけながら。そのヘラの頭や肩で、ウルザがぴょんぴょんと跳ねている。

 罪悪感がラヘルの心を揺らしかけたが、意志の力で凪ぎを保った。勝って謝ればいい、そうすれば、自分の言葉が嘘だったと証明できる。

 大剣を抜き放ち、ローブを脱ぎ捨てて歩を進める。それに呼応して、先ほどからずっと睨み合っていた相手が、無骨なハルバードを担いでこちらに向かってくる。

 伝説の男、クロード・カイツがやってくる。


「そもそも、アンタ何で帝国と戦ったんだ」


 5歩ほどの距離で向かい合う。

 小柄なラヘルは傲然と胸を張り、長身のクロードを見下ろすように見た。クロードは両腕をだらりと下げた自然体で応える。


「侵略に立ち向かい、諸国を圧政から救うため」

「へえ、奇遇だな。実はオレもそうなんだよ。いやーオレたちって仲良くできそうじゃねえか? 戦う理由なんてなさそうだぜ?」

「どうかな。少なくとも、私にはある」

「どんな理由?」

「貴様は再び、帝国と戦争を起こそうとしている」


 ラヘルはゆっくりと目を細めた。透徹していた瞳に微量の怒りが灯る。


「つまりアンタは……圧政を受け入れ、独立を諦めろってんだな。世界中の、虐げられてるヤツらに、さ」

「……」

「根っこから、腐っちまったんだ。アイツ等が言う通り、負け犬になっちまった」

「……」

「もういいよ」


 怒りはしぼんで、悲哀にすりかわった。


「宙ぶらりんになってるアンタの武名、オレがもらう。……まいったは早めにしなよ」


 逆立った虎の尾が、大剣を振りかぶった上半身に触れる。

 轟音と激震。身をかわしたクロードとの間に、貝殻状の穴が開く。小さな集落なら飲み込めそうなほど、大きな。


 ――――――。


 ラヘルの力を目の当たりにした人々が歓声をあげる。それを合図に戦いが始まった。



 数分後。麦畑はまた静かになっていた。

 もちろん戦いが行われているので、完全な無音ではない。武器を打ちつけ合う甲高い音と、ラヘルの悲鳴が入り交じって聞こえる。だがそれは、先ほどの歓声に比べれば静かすぎた。


(まさか……これほどとは、な)


 眼前にひろがる異様な光景に、バルガも驚きを隠せない。

 地面に大穴を穿った一撃。その際に舞い上がった土塊が、今になって戦場へぽつぽつと降り注いでいた。それほどの力を見せつけたラヘルが、目を覆うほどの劣勢に立たされている。嬲られている、とさえ形容できるだろう。戦いはただ一方的なだけではない。


 ラヘルが大振りの一撃を繰り出そうとすれば、クロードは必ず妨げる。

 必ず、である。ラヘルはそれを逆手に取り、大振りと見せかけた素早い連撃を何セットも繰り出している。全てのフェイクに引っかかっているクロードだが、問題にしていない。急所狙いの無駄のない攻撃を、無駄だらけの動作ですべて弾き返す。


(畑を、守っているんだ)


 地面に大穴が開けば、後に農家が苦労をする。クロードにはそれを気にする余裕があった。さらに攻撃はラヘルの腹部や四肢狙い、しかも刃を当てておらず、殺意の不在は誰の目にも明らかだ。

 当然、ラヘルも気付いている。それだけに彼女の動顛は激しさを増していた。

 自分の力が通用しないこともショックだが、手を抜かれていること、またそのさまを人々に見られていることが辛かった。


「いっそ、殺せ!」


 ……そう叫べたらどんなに楽か。負けを認めて勝負を投げられたら。

 しかしそうはいかない。弱き民――願いを孕んだ彼らの視線が、彼女の背に集まっているのだから。

 彼女は、ロードなのだから。


 ラヘルの体が木っ端のように舞う。

 初めのうちは即座に跳ね起きていたが、ダメージの蓄積からか、次第に動作が緩慢になっていき、ついに膝をついたまま立ち上がれなくなった。そこへおもむろにクロードが間合いをつめ、ふらついているラヘルの頭を蹴り上げた。迸る悲鳴がはじめて恐怖の色を帯びる。


「拾え」


 頭を庇ったために、ラヘルは大剣を取り落としていた。クロードが催促するように顎をしゃくる。


「言われ、なくとも……」


 ひび割れた意識の器に怒りをかき集め、寝返りを打つようにして背後を振り返った。

 数歩先の地面に大剣が突き刺さっている。

 その向こう側に、ラヘルを支える人々が居た。


「……」


 弱き民。ラヘルの師は人々をそう形容した。願うことしかできない人々と。

 そうした人々のために、師は大きな街で小さな道場を開き、剣と書を教えていた。門人たちは師の教えに忠実で、だからこそ帝国との戦いに身を投じ、殆どが帰らなかった。

 師の我慢が限界に達したのは8年前、ヴィルヘイム本土侵攻が始まった年。彼は若い門人たちに道場を任せ、戦場へ赴いたままやはり戻らなかった。

 

 長引く帝国との戦いに疲れた人々は、しだいにその心を乱していく。陥落した都市から逃れ、師の街へやって来た人々は、ラヘルを獣人だと指さした。

 図体ばかり大きくなって中身は子供以下、そのくせ知恵は獣よりもある――ヴィルヘイムの昔話には、そうした獣人が憎まれ役としてよく登場する。悪化する治安のため、誰もが犯罪者の気配を探していた。ラヘルを蔑むことにそれ以上の理由は必要なかった。


 物心つく前から師に育てられ、人として生きてきたつもりのラヘル。彼女はこの時期に、自分は獣人だという認識を明確にした。あえて物語のように振舞うラヘルを、残り少なくなっていた門人たちに止めることはできなかった。

 師に見られたら、叱られるようなことも山ほどやった。

 これからも、必要ならやっていくだろう。


「とっつぁんが言ってたよ。クロード・カイツは最高の騎士だって。……オレにはそう思えないけどな」

「……」


 ラヘルは既に立ち上がっている。しっかりと、2本の足で直立している。

 大剣の柄を握り、今まさに引き抜こうという態。隙だらけの背を向けられているクロードだが、そこに斬りかかることはなかった。

 ラヘルはいま、最後の力を振り絞っている。クロードはそれを受けてやるつもりでいた。


「1つ聞かせてくれ」

「うん?」

「どうして帝国と戦うのを止めたんだ。負けたからか? 負けたから、相手が強いから……許せない連中だとしても、戦っちゃいけないってのか?」


 弱き民。

 彼らの本当の受難は、帝国に征服されてから始まった。帝国の商人たちは魔物のような存在だった。階級制に組み込まれ、上へ昇るために下から搾り取る人々。彼ら自身、下級市民として虐げられてきたために、その体験が搾取の免罪符となっていた。搾取はやがて競争となった。

 ラヘルは純粋に驚いた。こんな連中が実在するのかと思った。例えば物を盗むとき、ラヘルは裕福な人間だけを狙ったが、帝国人は相手を選ばないどころか、貧乏人そのものを売り買いの対象にした。彼等は人を人と思っていなかった。

 最も許せなかったのは、そんなことをする連中が大手を振って道の真ん中を歩き、それを誰も咎められないことだった。帝国人が来るまでは、人でなしのヤクザでさえ自らを日陰者と弁えていたのに。


 ラヘルは自分の街から帝国人を叩き出すことにした。1人で始めた喧嘩だったが、すぐに門人たちが加勢に来てくれた。そして勝つたびに仲間が増えていった。昨日の敵も、かつてラヘルを蔑んだ人々でさえも、彼女に続く列へと加わってきた。

 今になって自分を持ち上げる人々を、勝手だと思うこともある。

 しかしそれ以上に、いや圧倒的に嬉しさのほうが勝った。ラヘルの中で、帝国との戦いが衝動から目的へと変わり、人々のためなら、どんなことをしても帝国を倒してやろうと思うようになった。


 ――弱き民!


(アンタにも、見えるだろう……)


 黙っているクロードに心中で語りかけながら、ラヘルは静かになった人々を見た。

 かつてのような絶望に再び染まってしまった彼らの顔。ラヘルに向けられる眼差しからも、希望の光は失われてしまった。


 そのことが辛い。彼らの眼差しに、希望を取り戻せないことが辛い。


「答えろ!!」


 クロードが伏せていた目を上げた。

 例えばバルガなら、もう少し上手な物言いを心がけたかもしれない。帝国も人の集まりだから、内側から変えることも出来る、というような。

 しかしクロードには、自らの折れた志をそのまま晒すことしか出来なかった。


「そうだ」


 と、クロードは言った。ラヘルの中で何かが切れた。

 裂帛の気合と共に横薙ぎの一撃。巻き起こった突風が、見守る人々の服をはためかせる。


「――――――」


 バルガは大口を開けながらやや仰け反り、固まっている。驚きのあまり呼吸さえ忘れて。

 クロードの左手が、正確には親指と人差し指が、大剣を挟んで、止めていた。


「……これでは、ウォレスを足止めすることもできん」


 呆然とクロードの指を見ているラヘル。頭上から降ってくる言葉が、彼女の心を蝕んでいく。


「明日にでも帝国を倒せるなら、貴様と剣を並べるだろう。しかし実際には、そうしたところで世が荒れるだけだ。ならば剣をおさめるほかない。それが私の結論だ」


 語るクロードの表情も、暗い空より暗かった。そこには帝国に対する彼の本音が表れていたかもしれない。

 ラヘルに注がれる、彼の視線の色――落胆の色。


「……」


 もういい、とクロードは思った。

 しかしそれでも、戦いをやめる訳にはいかない。ラヘルに敗北を認めさせなければ、カスケイドの用意した「次の段階」に移れないからだ。

 ラヘルの顔を伺う。べっとりと絶望に塗れた、哀れな少女の顔。それでも傷だらけの腕に力をこめ、大剣をクロードの指から引きはがそうとする。が、叶わない。


 ハルバードが、初めてラヘルの頭を打ち据える。彼女の体が4度、5度と麦畑の上を跳ね、転がっていった。クロードは大剣を敵の前に放り、つかつかと間合いを詰めていく。

 そこでようやく、待ちわびていた時が来た。


「もういい、ラヘル」


 群衆の中から数人の男が進み出てくる。ラヘルの兄弟子たちだった。

 

「貴方の勝ちです、クロード様」

「――遅い」


 人の願いを纏う者に、自分から戦いを止めることなんて出来はしない。クロードにはその気持ちが痛いほど良くわかった。この場の誰よりも深く安堵しているのは、彼だった。

 男たちはラヘルを介抱しはじめた。大剣の柄から彼女の手を外してやり、ローブの埃をはらって頭に被せてやると、すぐにラヘルの肩が震え始めた。しくしくとすすり泣く声とともに。


「クロード」

「うむ。おかえり、バルガ」


 再会の挨拶もそこそこに、すぐバルガはラヘルの傷を確かめる。その間にクロードは人々へと歩み寄り、声を張り上げた。


「代わりに立つものはいるか!?」


 いない。


「よろしい、では諸君! 魔将討伐を手伝ってはくれまいか!?」


 ざわつきがゆっくりと広がっていく。


「何も剣をとって戦えというのではない! 機械を造る手伝いをしてほしいのだ! その機械さえ完成すれば、魔将を倒せる!」


 人々は従うしかなかった。

 こうなってしまった以上、帝国と戦い続けるのは不可能だ。降伏すれば罪に問われないとはいえ、拘束していた商人達からどのような報復があるか知れたものではない。奇病患者や魔境へ近づいてゆくのも恐ろしいが、本当に魔将が倒せるなら、むしろ商人達が居ないベミエラのほうがマシだろう。


「手伝ってくれる者は街へ入ってくれ。寝床だけは余るほどある!」


 クロードに促され、群衆が動き始める。

 ラヘルの兄弟子たちはデンタナへ戻り、本隊に事情を伝えた上で食料を運んでくることになった。軍の実務は彼らが担っていたらしく、大きな混乱もなく事が運ばれていく。


「ラヘルの具合はどうだ」

「ああ……数日は動けないだろうが、深刻な怪我はないよ……ええと」


 ラヘルの傍にしゃがみこんでいたバルガが、クロードの指を見ながら言った。


「君、手は大丈夫かい?」

「うん?」


 クロードは両手をまじまじと見た。


「なんともないが」

「そ――そうか」


 でたらめな強さ。だからこそ、彼が屈服せざるをえなかった帝国軍がどれほど強大か、見る人々にも伝わったはずだった。


「ところで、機械っていうのは」

「うん、投石器だ。本体はほぼ出来上がっているのだが、弾丸を作る人手が欲しくてな。……いや、すごいものだ、発明というのは。君も見たら驚くぞ?」


 得意気にクロードが笑った。 


 その後、群集と共に街へ入ったバルガは、北側の外壁が改造されているのを見た。

 石壁と一体化するように、約10歩間隔で円塔が建っている。塗装していない木の外装は色がまちまちで、いかにも急拵えらしいものが2本あり、それぞれ天辺から煙突が1本ずつ伸びている。高さは3階建てくらい、太さは手をつないだ大人10人で囲える程度である。


「これが投石機? どうやって石を飛ばすんだい」

「おいバルガ、前に回るな。危ないぞ」


 職人の経験がある者を集め、試運転を披露することになっていた。

 開発者であるアベルが挨拶をし、塔の中に入っていく。やがて勢い良く歯車が回る音と、なにやら鉄がぶつかり合うような音が、轟音と呼べる音量で聞こえてきた。煙突からは湯気が噴出していて、見守る人々は異様な雰囲気につつまれる。


「お、おいおいおい! 一体何が起きてるんだい!?」

「ほら、バルガ。塔の天辺あたりをよく見ておけ。見逃してしまうぞ」


 クロードが指さしたその時、風の悲鳴が連なって聞こえた。

 間隔が短すぎて、いくつ連なっていたかは解らない。同時に塔の天辺から円盤めいたものが射出され、ほぼ一直線の軌道を描きながら魔界のカーテンを突き破っていった。


「……ううん?」


 街の北側は魔境率が50を超えており、太陽もやや黒く欠けている。多くの人はうす暗さのため、何が起きたのか解っていない。それを察したクロードが大声で叫ぶ。


「アベル! あの高い木を狙え!」


 クロードが指し示す広葉の大木に注目が集まった。そしてまた、風の悲鳴。


「……」


 発射された円盤のうち、1つが木に命中した。真っ二つになった木の上半分が縦回転しながら高く舞い上がり、たっぷり5秒は滞空したのち、土煙を上げながら地面に墜落した。

 大木を襲った一連の出来事は、街に音が届かないほど遠くで起きていた。


 沈黙の後に、驚きの絶叫。


「中を見せてくれ!」


 職人達の好奇心にも無理はない。しかしクロードはそれを許さなかった。


「言ったはずだ! この叡智は真っ先に、帝国へと伝えられる! それが諸君らのためでもあるのだ!」


 帝国の掟、信賞必罰。しかし手柄の所有者が不明なら、褒賞を受け取る者もいない。

 開発者は間違いなく、アベル・オーリンズでなければならなかった。



「そして褒賞は貴女のために、ですか」


 ベミエラに来てから2度目の満月。バルガは今夜もカスケイドを訊ねていた。

 ベミエラの人々はアベルによる救済を期待しているが、呪いを掛けられている彼にそれは不可能だ。試運転を披露したあと、無邪気に喜んでいたクロードの顔を思い出して、バルガは胸が痛んだ。そんな彼の言葉には答えず、カスケイドは微笑みながらこう言った。


「アベル・オーリンズの名前が、この世に知れ渡ることは間違いないでしょうね」

「名前と共に、彼の叡智も広まることを願いますよ」

「ええ、そうなると良いわね」

「……」

「まぁそれもおまえ次第。この街が救われるかどうかは、誰も知らないおまえの働き次第」


 バルガは頷いて、ウルザを呼んだ。

 羽虫の来襲以降、魔境周辺が不気味な静けさを保っているのは、街の真下までトンネルが開通しつつあるからだ、とカスケイドは考えていた。偵察のゴーレムを通して、谷に魔物が集まっていることも確かめている。

 トンネル開通を阻止するため、バルガは魔境へ攻め入ることになった。しかしクロードならともかく、バルガ単独で虫たちと魔将を同時に倒すことはできない。

 バルガの狙いは虫たちである。上空から火の雨を降らせ、尖兵たる虫の数を減らしていけば、魔将も暢気にトンネルを掘ってはいられないはずだ。


「魔将に追われたら、いったん魔境の外まで退くこと。おまえの役目は、あくまで魔将を引きずり出すことよ」

「解ってますよ」


 尖兵の数を減らされ、痺れを切らした魔将が矛先を街に向けるまで、バルガの遊撃は続く。終わることなく。

 誰にも知られてはならない、最も過酷な役割だった。

 バルガの血を吸って、白い本が半ばまで赤くなる。彼に身を寄せていくウルザもろとも、すべてが文字列の繭に包まれていった。


「退く時は、警邏の居ない場所を私が指定する。……他に何かある?」

【ありません】

「では行きなさい」



 昼は紫、夜は灰。それが魔境の空である。

 そこから降り注ぐ炎の下で、燃える虫の亡骸を、カスケイドのゴーレムが踏み越えていく。昼夜を問わず、絶え間なく。

 その光景は魔界のカーテンに隠され、外から見られることはなかった。

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