二十九話
廃ビルの一室。そこに数人の男たちがいる。『阿魏斗』の幹部たちだ。
「結局のところどうすんすか?」
そのなかの一人、茶髪の男が主語もなく言う。
「どうとは?」
案の定伝わっておらず聞き返したのは、細身で髪の長い、遠目で見れば女性にも見える男だった。
「だからぁ、いつ『あいつら』潰しにいくのかってことっすよ」
何を今さらといった風に言う茶髪の男。
茶髪の男が言う『あいつら』とは、現在『阿魏斗』と敵対――もとい、一方的に攻めている――『JOKER』のことである。
彼らが今日ここに集まっているのは、その『JOKER』を潰すにあたっての話し合いをするためだ。
「そうだな、こんな話し合いなんかしてる暇あったらとっとと仕掛けちまえばいいんじゃねぇか」
「お、さすが龍さん! 話が早いっすね」
龍と呼ばれた男――短目の金髪を逆立て、日焼けサロンて焼いたのか黒い肌をしている――がそう言うと、茶髪の男待ってましたとばかりに同意する。
それを聞いていた長髪の男が頭を抱えながらため息をつき「何も分かっていない」とばかりに首を横に降っていた。
「はぁ……ことはお前たちみたいにそう単純ではない」
「あぁ? 喧嘩売ってんのかテメェ……」
長髪の言葉に黒肌が突っかかるが、長髪はそれを流して話を続ける。
「いいから聞け――確かに普通の状況ならお前たちの言う通りにしても問題はなかった 」
「普通の状況なら?つーことは今は普通じゃねぇってことかよ」
「そうだ。ここに来てイレギュラーな事態が発生した……」
「なんなんだよそのイレギュラーな事態ってのは。勿体ぶってねぇで早く言えや」
なかなか本題に入らないことにイラつき始めていた黒肌。
それをわかってか、長髪は端的に現在の状況を伝える。
「……学生警察が動き出した」
「……は?」
よく分かっていないのか、黒肌は疑問の声をあげる。
「それって何がヤバいんすか?」
同じく分かっていない茶髪が質問する。
「はぁ……頭の悪いお前たちにも分かるように説明すると――」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
黒肌の文句を長髪は無視して続ける。
「――要するにだ……我々が『JOKER』に仕掛けるのを学生警察が邪魔してくると言うことだ」
長髪はこれ以上ないというくらい簡単にいまの状況を説明する。
そのかいあって二人も現状を理解した。
「えーっ!! それマジっすか!?」
「チッ! 相変わらずうざい連中だな」
二人それぞれの反応をみせる。
「てか何で学生警察が動いてんすか!?」
茶髪の至極もっともな疑問に長髪も頷き答える。
「数日前に下の連中が数人捕まったのはしっているか?」
「あぁ、あれっすよね。指示してもないのになんか勝手なことした奴らっすよね」
「そうだ。そいつらが少々派手に動きすぎた。そこから学生警察が我々の存在を嗅ぎ付けたのだ」
「まるで犬みたいな奴らっすね」
そんな感想を漏らしたあと、茶髪は「あ……」と思いついたかのように言う。
「そんじゃこれからどうするんすか?」
茶髪のその言葉に長髪はまたも頭を抱えそうになる。
「はぁ……それを話し合うために今日は集まったんだろうが」
「あ、そうか」
「まったく……そろそろ本格的に話し合いを始めるぞ。……暁人さんお願いします」
やっとのこと二人への説明を終えた長髪は、自分の正面奥にいる人物へと話かけた。
いままで黙って三人のやり取りを聞いていた彼らのリーダー、周防暁人である。
「ったくやっとか……」
周防暁人は呆れた声で言いつつその場にいる全員を見回す。
話し合いのために皆大机の前に座っている。が、しかし一人だけソファーの上で寝転んでいる男がいた。
男は横になってはいるが、別段眠っているわけではなく、目は開いている。
その上なにやらぶつぶつと独り言を呟いているようだ。
「結局あいつは飛んだままか……」
それを見て周防暁人は更に呆れた様子をみせる。
どうやら彼らにとってはいつもの光景のようだ。
「すいません……何とか起こそうとしたんですが……」
そう言って謝ってきたのは、先程まで周防暁人と同じく黙して待っていた男だ。大柄で、とても屈強そうな体つきをしている。
「まぁいい、話し合いはあいつ抜きでやる」
大柄な男の謝罪を聞いた周防暁人はそう結論して、改めてその場の全員を見て言う。
「そんじゃあ……現状を踏まえた上で俺達がこれからどう動くかってことだが……何か意見はあるか?」
周防暁人の言葉に、たった今現状を理解したばかりの茶髪と黒肌は首をひねるばかりだ。
「んー……」
「意見、ねぇ……」
そんな二人を余所に、大柄な男が手を挙げた。
「……いいですか?」
「優雅か。いいぞ」
許可をもらい大柄な男が意見を出す。
「学生警察が動いているというのなら今は動かない方がいいと自分は思うのですが」
大柄な男のその意見に、皆それぞれ思案し始める。
「ふむ、確かにそうかもしれないな」
大柄な男の意見に長髪も同意する。
しかしそこで黒肌が言葉を挟んだ。
「おいおい、何学生警察なんかにビビってんだよ」
黒肌が身を乗り出して言う。
「ここまで準備を進めおいて今更止めるなんてできるかよ」
「しかし、そうは言うが――」
長髪の言葉を遮り、黒肌は更に言葉を続ける。
「それによう、下の奴らだってそろそろ焦れ始めて来てるだろうぜ」
その言葉に茶髪が言葉を重ねた。
「あ~確かにそうかもっすね。なんか最近イライラしてる奴ら増えてきてるし」
茶髪の言葉を聞き、長髪も改めて思案する。
「言われてみれば確かにそのような雰囲気が多くなってきているな……」
「だろ?だからさっさと動いちまおうぜ」
「いや、だからと言って何の策もなく動くのは早計過ぎる」
黒肌の性急な意見に、しかし長髪は待ったをかける。
確かに下についている者たちの精神状況等も考慮すると、あまり時間を置きすぎると今度はグループ内での内部争いということも起こりうる。
かといって学生警察が動き出しているこの状況で、何の策もなく動くのは危険が伴う。
ここに来て学生警察という第三者の存在が大きく出てきていた。
「暁人さんはどう思いますか?」
話が平行線のなか、大柄な男が周防暁人に問いかける。
「そうっすよ! 暁人さんはどうなんすか? やっぱ今は動かない方が良いと思うんすか?」
「そうだな。俺もリーダーの意見ってのが気になるな」
大柄な男の問いに、黒肌と茶髪も追随する。
「俺か? そうだな……俺は――」
全員の視線が集中する中、周防暁人が意見を述べようとしたその時――
コンコン――
突然部屋の入り口――その扉からノックの音が聞こえてきた。
全員の視線が周防暁人から扉へと移る。
その扉から更にノックの音が響く。
「ったく誰だよこんなときに」
一番最初に反応したのは黒肌の男だった。
「あ! もしかして買い出しにいかせてたやつじゃないっすか?」
茶髪が思い出したという風に言う。
この話し合いが始まる前――雑用変わりに呼んでいた下っ端の一人に、この場にいる全員分の飲食の買い出しをさせていた。その事をいままで忘れていたのだ。
「だったら普通に入ってくるだろ」
「あれじゃないっすか、荷物が両手で塞がってるからドア開けられないとか」
「そうかも知れんな」
そんなどうでもいい考察をしている間も扉をノックする音は続いている。
その音にいい加減苛立ちを覚え始めていた周防暁人が命令する。
「おい、さっさと開けろ」
誰とは言わなかったが、扉から一番近くにいたのが茶髪だったので、茶髪は文句を垂れながら億劫そうに立ち上がって、いまだ音を立てる扉へと向かう。
「解りましたよ……ったく、一旦荷物置けばいいのに……ハイハイいま開けるよー」
そう言いながら茶髪がドアノブを回したときだった――
バゴンッ! という音と共に扉が物凄い勢いで開かれた。
「ぶぇッ!!」
当たり前のように扉の前に立っていた茶髪は勢いよく開かれた扉にぶつかり吹っ飛んだ。
他の者たちも突然のことに驚き、声を出すのも忘れていた。
そんな部屋の中、どこか気だるそうな感じの声が聞こえた。
「邪魔するぜー」
時間は少し前に遡る――
「本当にこのまま行くんですか?」
俺の後ろにいる逢が不安そうに聞いてくる。
あの後、すぐに俺たちはビルの中へと入ったわけだが、何にも策なんか考えてなく、正直考えるのも面倒だったので「もう正面からいくか」と言う俺の発言で勢いのまま動いていたのだが……。
「やっぱりここは所長に言って無理にでも増援をもらった方が……」
「それができたら最初っからこんなことしてねぇよ」
何が悲しくてこんな少人数で敵の幹部が集まるところにいかなきゃいけないんだよ……。
そもそも俺と逢は本来なら街の警備のはずだってのに……。
「まぁ今更文句言ってもしょうがねぇだろ。それに他の二人は素直に付いてきてるぞ」
そう言って俺は馬場の方に振り向き話をふる。
「俺はもともと一人で行くつもりだったからな」
実に男らしい答えが返ってきた。
さすが一つの集団をまとめているリーダーなだけはあるな。
因みにもう一人は――
「あれ? そう言えば鵜飼さんは……」
逢がきょろきょろと辺りを見回しているが伊織の姿は何処にもない。
「中に入るときはいたはずなんですが……」
「あぁ、あいつなら入った直後に気配消して隠れたぞ。まぁその辺にいんだろ」
「は、はぁ……」
困惑しつつも納得する逢。いまだあいつの行動、というか性格に対応しきれていないらしい。
いやまぁあいつに関しては誰でもそうか……。
「一応近くにはいるはずだしほっといて平気だろう」
どうせ呼べば出てくるだろうし、なんかあったら向こうから出てくるだろ。
「それにしても本当にいいのか?」
「あ? 何がだよ」
質問の意味が分からず聞き返す。
主語を付けろ主語を。そんなんだから今時の若者は、とか言われるんだよ。
などと思っても口にしない俺は人ができてると言えるんじゃないか?
なんて思ってると、馬場がさっきの質問の続きをしてきた。
「このまま乗り込むのが、だ。これは言わば『JOKER』と『阿魏斗』――もっと言えば俺と暁人の問題だ。それにお前たちが付き合う義理はない」
暗に今ならまだ引き返せるぞ、という意の込められた言葉だ。多分関係のない人間を巻き込むことに気が引けたのだろう。
本当ならすぐにでもその言葉に甘えて帰らせて頂きたいところだ。
けどな――
「俺らだって好きでこんな所まで来てるわけじゃねぇよ、仕事だ仕事」
――そうだよ、仕事だよ。じゃなきゃこんな面倒なこと誰がするかっての。
まぁ仮に俺一人だったら仕事だろうが何だろうが帰るという選択肢もあったんだが……。
それが出来ない理由が横にある……というかいる。
俺は振り返ってその理由ってやつを見た。
「? 何ですか……?」
突然振り返った俺を、逢が不思議そうな顔で見てきた。
はぁ……こいつがいるんじゃそれも無理、か……。
流石に女――しかも後輩女子を置いて帰るなんて真似はさしもの俺もやりづらい。
俺が究極の外道ならそんなことすら気にせず帰ったかもしれないが……生憎と言っていいのか、俺の性根はそこまで腐っていなかったようだ。
けど仮に、俺がいなかったとしても、こいつは一人でも行くんだろうな……。
「まぁなんだ……つーわけでこっちは仕事だからお前が気にすることはねぇってことだ」
「そうか……」
そう言いつつも馬場のその顔は、まだ若干気にしてるような雰囲気だ。
まぁ気にするなと言われて本当に気にしない奴はあまりいないか……。
そう思い俺はひとつ付け加える。
「あと、これは個人的にだが――俺は不良みたいな集まって悪ぶってるやつらが好きじゃねぇんだよ」
俺はそれだけ言って先に足を進める。
「あ、待ってください先輩!」
先に進み始めた俺を、逢が慌てて追いかけてくる。
納得したのかは分からないが、馬場もなにも言わずに付いてきていた。
俺たちはそのまま足を進め、遂に目的の場所までたどり着いた。
「さて、この扉を開ければようやく敵さんと御対面出来るわけだが」
「あぁ……」
馬場はじっと扉を見つめながら答える。色々と思うところがあるんだろう。
「いよいよ、ですね……」
そう言う逢の体は、緊張してかとても強張っていた。
まぁ無理もない、か……。こんな状況そうそうあるわけでもないしな。
「逢、お前はここに残ってもいいんだぞ」
ここから先は女子供にはキツい展開になるかもしれない。そう思って逢に告げたんだが――
「馬鹿にしないでください。私だって学生警察です、こんな時に一人待ってるなんて出来ません!」
真っ直ぐに俺を見て言ってくる逢。その目はとても澄んだ力強いものだった。
そういやそうか……こいつは最初に会ったときから物事に真っ直ぐ向かって行くような奴だったな。
あれから数日とはいえ、それなりに一緒に行動していたのにその事をすっかり忘れていた。
「そうだな、今のは俺が悪かった」
俺はそう言いながら逢の頭をポンポンと軽く撫でた。
自分の娘が立派になったときってこんな気分何だろうか? なんてな。
「ちょっ! 何するんですかもう!」
顔を紅くした逢に思いっきり手を払いのけられてしまった。
この年頃の娘に父の愛が届かないのもまた世の真理か……。
世の中の父親たちよ、頑張れ。
「まったく先輩は……」
普通に怒られてしまった……。
んだよ頭撫でたくらいで。前だって同じようなことあったじゃねぇか。
「おい、もういいか?」
いつの間にか馬場が俺たちのやり取りを見ていた。
こんなときだってのに俺たちの会話が一段落するのを待ってたのか。律儀なやつだ。
「あぁ、悪いな」
「なら行くぞ。俺はその為にここに来たんだ」
そう言って扉を開けようとした馬場を俺は止める。
「何すんだよ」
「まぁまて。そう馬鹿正直に行くなって」
「なに……? ならどうするんだ」
「……こうするんだよ」
俺は扉に近づき、腕を振り上げる。
そして躊躇なく俺は――
コンコンッ
――ノックした。それはもう普通に。
「お、おい夕霧……」
「先輩、なにやってるんですかっ!?」
俺のいきなりの行動に驚く――というか慌てる二人。
それはそうか……敵がいると分かっている部屋の扉をノックしてわざわざ自分達が来たのを知らせるなんて普通はしないだろう。
けど俺には一つ考えがあった。
「まぁ見てろって」
そのままノックを続ける俺を、逢と馬場が困惑した顔で見てくる。
俺はその視線を受けながらもノックを続けた。
すると扉の向こうから人の気配が近づいてきた。
来たか……。
俺はノックを続けながらもタイミングを見計らう……。
カチャリ
扉の向こうの誰かがドアノブを回した。
その瞬間――俺は渾身の力を込めて扉を蹴り抜いた。
バゴンッ!
勢いよく開かれた扉はその前に立っていた者にぶち当たる。
「ぶぇっ!!」
扉の前にいた奴はそんな声と共に撥ね飛ばされて崩れ落ちる。
おお、俺が思ってた以上に吹っ飛んだな。
一瞬の出来事に、逢と馬場、それに部屋の中にいた奴らも反応できず、ただ唖然としていた。
それを気にせず、俺は部屋の中へと踏み込んだ。
「邪魔するぜー」
その言葉が引きがねになったかのように場が動き出す。
「先輩っ!?」
慌てて駆け寄ってくる逢。
俺のもとにたどり着くとそのまま逢が捲し立てる。
「な、なにやってるんですかっ!?」
「なにってお前、扉蹴り抜いて敵一人減らしたんじゃねぇか」
その場の思い付きだったが我ながら上手くいったんじゃね? いやー自分で自分を褒めてやりてぇわ。
「そう言う問題じゃありませんっ!! まったく、なんて無茶なことするんですか……」
まさかの褒められるどころか逆に叱られてしまった……。
クソ……やっぱり自分で自分を褒めるしかねぇな。俺よ、お前はよくやったよ……。
なんてくだらないことしてる間に敵さんも現状を把握し始めたようだ。
「な、何者だテメェら!?」
いかにも「不良です」って感じの金髪ゴリラみたいな奴が立ち上がって言ってくる。
それに俺が何か言うよりも早く逢が答える。
「わたし達は学生警察です!」
逢のその言葉に、『阿魏斗』の面々に動揺が走った。
なんだ……?
「なに、学生警察だと? もうここまで動いていたのか……!」
「おいおい、さっきの話と違げーじゃねぇか!?」
なんか分からないが、向こうからすると俺たちがここに来たのが予想外だったらしい。
「どうやってこの場所が分かった……!」
ロン毛の男が聞いてくる。男……? だよな。なんかぱっと見女に見えるな。
「……俺だよ」
それに答えたのは、今まで黙って俺と逢の後ろにいた馬場だ。
馬場が俺の横に並ぶ形で立つ。
その馬場の姿を見て、『阿魏斗』の奴らが今まで以上に動揺する。
「なっ……!? き、恭さん!!」
「まさか貴方の差し金だとは……!」
そういや今は敵対してるが、コイツらは馬場の昔の仲間か。
「久しぶりだな龍、遥、優雅」
最後に馬場は、部屋の一番奥で、これまでのやり取りを傍観していた男に視線を向けた。
「……暁人」
あれが周防暁人か。確かにこの中では一番威圧感があるな。
「恭二か……ここには二度と来るなと言った筈だが?」
「暁人、もうやめにしないか? 俺は、こんな争いなんて望んでない。それにお前の狙いは俺だろ? だからもう俺の仲間に手を出すのは――」
しかし周防暁人はそんな馬場の言葉に耳を貸そうともしない。
「おいお前ら……こいつらに丁重にお帰り頂け」
「暁人ッ……!」
それだけで言って、周防暁人は立ち上がり部屋の奥へと引っ込んでしまった。
聞く耳持たないってか……。やっぱ話し合いで終わらすってわけにはいかねぇか。
毎回言ってると思うのですが……
更新が遅くなってしまい、本ッッッッッッッッッ当に申し訳ありません!!
実際、筆者失踪か? と思っている方もいたんじゃないでしょうか。
大丈夫です、私はここにいます!
この小説を未完のまま終わらせるなんてことはしないので安心して下さい。
それでは皆様、次の更新まで暫しお待ち下さい。
追記:誤字脱字等ありましたらご指摘ください。