二十八話
来たときと同じように気配消しつつビルを抜け出す。
伊織は先にビルを抜け出し、今はどこかに身を潜めてる筈だ。俺はというと、捕まえた男を移動させていたため出るのが少し遅れたのだ。
「くはぁー! 久々のシャバの空気だぜっ! やっぱ外は違うなぁ!!」
刑務所から数年ぶりに釈放されたやーさんのような叫びを上げみた。これといって特に意味はない。
「先輩っ!」
戻ってきた俺にいち早く気づいた逢が声を出しながらこちらに近づいてきた。
「よう、待たせたな」
軽く手を上げながら答える。
あーなんかスゲェ久々にこいつに会ったような気がする。さっきまでの体験が濃すぎたせいかね……。
なんて軽く感慨に浸っていたのだが――
「先輩、大丈夫なんですか!?」
俺のもとまで来た逢は何故か焦って、というか慌ててというか――まぁそんな感じの勢いで俺に詰め寄ってきた。
「なんだよ藪から棒に……。いやまぁ俺は見ての通りいたって健康だが……」
まぁ一歩間違えたら大怪我じゃ済まないような状況には陥ったが……。
「よかった……」
それを知るはずもないのだが、返答を聞いた一言そう呟いて心底ホッとしたように胸をなでおろしていた。
だがそれも一瞬のこと――すぐに気を取り直していつも通りの逢に戻ると、これまたいつも通りに叱られた……。
「まったく、心配かけないでください! 誰かがビルに入っていくのが見えたので急いで連絡したのに何度掛けてもつながらないし……」
そういえば何度も電話が掛かってきてたな……全然忘れていたわ……。
「悪かったな……けどこっちもいろいろあったんだよ」
本当にいろいろな……。
「いったい、中で何があったんですか?」
「あー……まぁ話すと長くなるんだが――」
俺はビルの中での出来事を大まかに説明した。
「――ということで忍者の主になった」
「「……は?」」
五分後、説明を終えた後の逢と馬場の反応はまったく同じものだった。
「だから忍者の主になったんだよ」
「あの先輩、まったく意味が分からないんですが……」
「俺もだ。途中までは理解していたつもりなんだが最後の最後で分からなくなった」
「そんなこと言われても事実なんだからしょうがないだろ」
確かに突拍子もないことだから信じられないのは分かるが。俺も自分のことじゃなかったら一笑にふしてるだろうし。
しかしどうすれば信じてもらえるか……。
「ふむ…………あぁ!」
そうだよ、本人を連れてくればいいんじゃねぇか。それで万事解決だ。
そうと決まれば――
「伊織」
「……御側に」
俺にしか聞こえないように絶妙に調整された声量で伊織から返事があった。
「ちょっと出て来い」
「――え?」
「お前が出てくればこの問題は解決する」
「ししし、しかしですね! 私は忍なのであ、あまり人前に姿を晒すのは――」
陰で伊織の動揺している気配が伝わってくる。
「別にずっと出てろってわけじゃない。少し顔を見せるだけでいい」
「でで、でもでも――」
面倒なやつだなぁ。この恥ずかしがりは治していかないといけないかもしれない。
仕方ない……
「伊織、命令だ――出て来い」
「……はい」
命令ということで諦めて返事をする伊織。なんかこれはこれでちょっと悪い気もする。
しかしこれも必要なことだ。主に俺のためにだが……。
「先輩、さっきから一人で何を喋ってるんですか?」
「失礼なことを言うな馬鹿者。まるで俺が現実逃避の上架空の存在を創りだしてそいつに語りかけてる寂しいやつだと思われるだろうが」
「いえ、そこまでは言ってませんが……」
俺の言葉に逢が困ったような顔をしていた。
まぁそんなことはどうでもいい。それよりも、だ。
「伊織、出て来い」
俺の呼ぶ声とともに、音もなく伊織が逢たちの前に姿を現した。
「きゃっ」
「うおっ!」
突然現れた伊織に驚く逢と馬場。
確かにあんな登場のされかたしたら普通驚くな。
そんな中、伊織は気にする様子もなく――いや、気にする余裕もないほど緊張しているのか――挨拶した。
「あの、えっと……ど、どうも」
実にたどたどしい挨拶だった。
もう少し他に言うことあるだろ……。
だが伊織はそれだけ言うと、とても素早い動きで俺の後ろへと回り服を握り締めて隠れてしまった。
主の背に隠れる忍というのはどうなんだろうか……。
「あーってことでこいつがさっき話した忍者の鵜飼伊織だ」
仕方なく俺が補足をしておいた。これじゃどっちが主人か分からん。
その様子を見ていた逢が一歩近づいてきた。
「あの鵜飼さん、お久しぶりです」
「あ? なんだ知り合いか?」
「あ、はい。四月の最初に先輩と同じように新入所員として紹介されましたので」
なんだ、意外に入ったのは最近だったのか。
そう思っていると、俺の後ろに隠れていた伊織が恐る恐るといった感じで顔を出した。
「あ、あの……石動さん、ですよね? お、おひ、お久しぶりです……」
それだけ言うと、伊織は再び俺の後ろへと隠れてしまった。しかもさっきより俺の服を握る力が強くなっている……余程恥ずかしかったのだろう。
いい加減しわになるからやめてほしいのだが……。
「む……」
それを見た逢が不機嫌そうな顔をしていた。
「随分懐かれてるんですね……」
「あ? 別にそんなこたねーよ」
これは懐かれてるんじゃなくてただ壁として使われているだけだと思うのだが。
「そうですかね」
どこか不満そうにして言う逢。
ったくなに怒ってんだか……。
「はぁ……。伊織、お前もいつまでも人の後ろに隠れてんじゃねーよ」
そう言って隠れている伊織を前へと押し出す。
「あわわわ――!?」
途端テンパりだす伊織。何とかして俺の後ろへと戻ろうとしていたがそれを阻止する。
結局伊織は諦めてその場に留まることになった。
「あ、ぅ……」
伊織は何か言葉を発しようとしていたが結局何も言えずに縮こまってしまった。
それを見かねてか逢の方から伊織に話しかけていた。
「あの、鵜飼さん」
「ひゃ! ひゃい――!」
いきなり話しかけられ焦りながらも返事をする伊織。
それをあえて気にしないようにしながら逢が話しかける。
「私たちを手伝いに来てくれたんですよね? ありがとうございます」
「いいい、いえいえいえ――! ここ、こちらこそおや、お役に立てるか分かりませんが……」
「そんなことないですよ。人手が多くなって助かります」
にっこりと笑って言う逢を見て伊織が真っ赤になって伏せていた。嬉し恥ずかしというやつだろうか。……違うか。
「そういえば鵜飼さん、なんで今日はそんな格好をしているんですか?」
「こ、これはその、所長が無理やり……」
自分の趣味じゃなかったのか……。
話を聞いてみれば、伊織の服は彗華の独断と偏見によって用意されたものらしい。彗華いわく「忍者といえばこれだろう」とのこと。伊織もあの正確なので断るに断れず、結局言われるがままに着せられてしまったというわけだ。
「まったく、所長にも困ったものです……」
話を聞いていた逢も半ば呆れていた。
と、それまで傍観していた馬場が近づいてきた。
「おい夕霧、あんまゆっくりしいてる時間は……」
言われ時間を見る。確かに少しのんびりし過ぎていたようだ。いい加減行動しないとな。
俺は話を続けている逢と伊織に向かって言う。
「逢、伊織、そろそろ雑談は終わりだ。いい加減このクソ面倒な仕事を終わらせにいくぞ」
久々更新です!
前回からだいぶ間が開いてしまいました……。
二月の頭から少々忙しくなってしまいなかなか更新することができませんでした。
お待ちくださった皆様大変申し訳ありませんでした。