二十七話
「さ、先程は申し訳ありませんでした! と、突然の無礼、どうかお許し下さい!!」
「……とりあえず顔を上げてくれ。そんな格好で謝られるとどうにも変な感じになる」
同年代の女子に土下座させせて謝らせるなんてどんな鬼畜な奴なんだよ俺は……。
「それで? お前はどこの誰で、さっきのはどういう訳なんだ?」
顔を上げた女に、俺は改めて質問した。
「こ、これは失礼しました! 私は学生警察調査班所属のう、鵜飼伊織といいます。皇所長の命であなた方を補佐する役目を言い渡されました」
「彗華の? あいつ……人は貸せないんじゃなかったのかよ」
まぁ人手が増えたわけだし文句をいう筋合いはないんだが。しかし――
「その補佐する為に来たお前がなんで俺に攻撃してくんだ?」
「あ、あの……先程のはあ、あなたの力を試させて頂きました」
「試す? 一体何を……」
「あなたが私の仕える主に相応しいかを」
「……………………はい?」
こいつは何を言ってるんだ?
「私がこの街に来た目的は見聞を広めるため、人の役に立つことをするため、そして……自分が仕えるに相応しい主を見つけるためなんです」
唐突に自分の目的を語り出した忍コス――もとい鵜飼。
これは聞かなきゃいけないのか? こっちはそんなに時間的余裕はないんだが。それにさっきからずっと携帯が振動してるし。多分逢からだろうが……。
「私の家は代々忍の家系として生きてきました。時代時代でその形は違いましたが父や祖父、先代たちも各々自分に相応しい主を見つけその側に仕えてきました。その今代の当主である父から、先程の命を受けこの街にきたんです」
「その主に相応しい奴を見極める為の方法があんなに手荒なやり方でいいのかよ……」
ヘタしたら大怪我じゃ済まないだろあんなの……。
「えと……見極め方は個人に任されていて、その、私もどうすればいいか分からなくて……私なりに考えたのがあの方法で……」
後半になるにつれ段々と声が小さくなっていく鵜飼。一応申し訳なさは感じているのだろう。
「考えた方法があれってアグレッシブ過ぎるだろ」
「あの、一応使用した苦無は先を丸めて刃はゴムでコーティングした物を使ったので当たっても刺さったり切れたりといった心配はないはずです……」
「ほう」
俺は最初に投げられ苦無を見た。
思いっきり壁に刺さっていた……。
壁まで行きその苦無を抜いてみる。
ザシュッという音と共に抜けた苦無を見てみる――普通に先端は尖っていた。それに刃もコーティングなどされていなかった。
「どう見ても本物じゃねぇか!」
「ええーっ!!」
鵜飼が慌てて苦無を確認しに来る。
「はわわ!? 本当です、実戦用の物です~!!」
そう言ってから自分の懐を弄り始めた鵜飼は「あっ」という声を上げ懐から新たな苦無を取り出した。
「こ、こっちでした……」
申し訳なさそう――というより最早泣きそうな顔で苦無を見せてきた鵜飼。
「か、重ね重ね、本当に申し訳ありませんっ!!」
再び土下座をする鵜飼を見て、俺は思わずため息を吐いた。
「……とりあえずこの件はもういい。お前に悪意がないのは分かった」
「はい……」
なんか一気に疲れた。ただ偵察に来ただけだっつーのに……。
そんなふうに考えていると鵜飼が控えめに口を開いた。
「あの……」
「あぁ?」
「さ、先ほどのお話の続きなのですが……」
さっきの話? なんかあったか……?
「あ、改めてお願いします――わ、私の主になってください!!」
「…………」
そう言えばそんな話だったな。余りにも突拍子がなさすぎて完全に記憶からとんでいた。
「あのなぁ……そんなこと急に言われてもこっちも困るっつーか。そもそもなんで俺なんだよ」
「さ、最初からあなたを見ていました。あなたの気配の消し方、私でもその存在を察知できないほどでした。逆に私に気づいた察知能力。そして極めつけはその対人格闘力――どれをとっても素晴らしいものでした。あなたこそ私の仕える主に相応しい方です」
「……はぁ」
なんと言ったものか……
「そんな今日会ったばかりの人間に決めるようなもんじゃねぇだろ。俺が超極悪な奴だったらどうすんだ? お前の目的である人の役に立つっていうのと全く反対のことをされるかもしれないんだぞ?」
「あなたはそんなことをするような人には見えません」
「だからそんな会ったばかりの人間のことなんかすぐに分かるわけ――」
「そ、それに、私の直感はよく当たるんです!」
「――――」
直感て……。もう論理性の欠片もないな。
しかしどうするか……
う~ん……
…………。
……………………。
………………………………。
…………………………………………。
……………………………………………………あ~もう考えんのも面倒くせぇ。
「あーはいはいわかったよ。もう主人でもなんでも勝手にしてくれ……」
もうどうとでもなれ。
「あ、ありがとうございます! この鵜飼伊織、あなたの手足となりて精神誠意御側に仕えさせて頂きますっ!!」
鵜飼伊織が仲間になった。ティロリロリン♪
はぁ……
「とりあえず鵜飼――」
「あ、主、私のことはい、伊織と呼んでくださって結構です」
「あーじゃあ伊織――てかその主って呼び方は決まりなのか……?」
「? あ、主を主と呼んではいけませんか?」
「……いや、もう好きに呼んでくれ」
これも軽率に返事をした俺への罰だろう。
「それで、だ伊織。お前なんか縛れるもん持ってないか? さっき運んできたこいつを縛っておきたいんだ」
「そ、それでしたらこちらに――」
間を置かずにロープが手渡される。どこに持ってたんだよ……
まぁこの際何でもいいか。
そう結論した俺は受け取ったロープで男を縛っていく。念のため目覚めた時に声を出されないよう口はタオルで塞いでおく。因みにこのタオルも伊織が出したものだ。
「よし……そんじゃ一回逢たちのとこに戻るか」
「それでは私はまた身を潜めます」
「は? 一緒に来ないのか?」
「いえ、御側にはいます。御用の際は及び下さい」
「逢たちに会わなくていいのか?」
「いえ、その……」
何故かそこで口ごもる伊織。何か深い理由があるのだろうか……。
などと考えていたのだが――
「じ、実は私、人前に出るのが苦手で……」
物凄く個人的な理由だった。
確かに最初に出てきた時からどこか落ち着かない感じではあったが……。
「だ、だから普段は気配を消してなるべく人目につかないようにしているんです……」
それはまぁ、なんというか……。
「けどそれにしては俺と対してる時は色々とアグレッシブだった気がするが」
「あ、あの、その……あ、主に相応しい人かもと思って私も色々混乱していたので……じ、実際、いまもこうして主の前に姿を晒しているのもは、恥ずかしいです……」
面倒な性格してんなコイツ……
「こ、こんな性格なので、いままで同年代の親しい友人などもいなかったので、その……も、もちろん男性の友達もいなかったわけでして……さ、先ほどのようにお、男の人にあんなふうにだ、抱きしめられたのはあ、主が初めてでした……」
「抱きしめ――あぁ」
さっきの攻撃を止めた時のあれか。確かに抱きしめているといえば抱きしめてるような格好だったが……。
言いながら思い出したのか伊織は顔を紅くして伏せていた。
「あー。そりゃ悪かったな。あん時はこっちもいきなりのことだったんでな」
「い、いえ……その、主なら別に嫌ではなかったので……」
「なんだって? 悪い、最後のほう聞こえなかった」
「いいい、いえっ! 何でもないです!!」
まぁ何でもないならこれ以上聞かないが……。
「まぁいいや。んじゃ戻っか」
「御意」




