二十四話
俺たちは馬場の案内のもと、『阿魏斗』の幹部たちが集まっているという雑居ビルの向かい側に来ていた。
「このビルは今はもう使われていない。それにこの辺は人通りも少ないから俺たちみたいな奴らが溜まるのには丁度いい場所なんだ」
確かに、いま俺たちがここに来てからも回りに人の姿は確認できない。
普段の学生警察の巡回ルートからも外れている場所だ。よくもまぁこんな場所を見つけるものだ。
「それで? これからどうするんだ?」
「そうだな……」
俺は少し考えた末に……
「……どうする、逢?」
「なんで私に聞くんですか!?」
「いや、だって何も思い浮かばないし」
「思い浮かばないって……何も考えずにここに来たんですか?」
「あぁ。ここに来ればとりあえず何か思い付くかなと思って」
「…………はぁ」
盛大に溜め息をつかれた。
「まったく……先輩はもう少し考えて行動するようにしてください」
「へいへい」
こんな状況にも関わらず後輩に説教されてしまった。これはこれですごい恥ずかしい状況じゃないだろうか。
「……なんか大変そうだな」
「はい……」
逢は会ったばかりの馬場に同情されていた。
「はぁ……。とりあえず――そうですね、まずは偵察に行きましょう」
暫しの時間をおき、気を取り直した逢がそう提案した。
「偵察?」
「はい。ここからじゃ見えませんが、入ってすぐのところに敵がいるかもしれません。もしあそこにいるとなると、万が一逃がしたときに入口が近いあの場所だと、外に出られて追うのが困難になります。なのでもしいる場合は慎重に行動しないといけないので」
確かにな。しかもこっちは人数も三人と少ない。逃げられる可能性も大きいだろう。
「よし、なら俺がいこう。俺なら中の地理もある程度把握してるしな」
「そうですね。ではここは馬場さんに――」
「駄目だ」
馬場が名乗りをあげ、それに逢が賛同しようとしたところで、俺は待ったをかけた。
「どうしてだ? ここはどう考えても俺が適任だろう」
「そうですよ先輩。中に詳しくないわたしたちがいくよりもここは馬場さんに行ってもらった方が――」
「いや、それだとリスクが大きすぎる」
「リスク?」
俺の言っている意味が理解できないのか、二人は顔を見合わせて困惑していた。
「確かに偵察する場合、中に詳しい奴の方が断然いいだろう。けど今回の場合だとそれはまずい」
「どうしてですか?」
「馬場は顔知られているだろ」
「あ――!」
そこまで言ったところで、察しの良い逢は俺の言いたいことに気づいたようだった。
「どういうことだ? 顔を知られているとまずいのか?」
「あぁ。万が一見つかったとき、顔の知られているお前だと言い訳がきかなくなる。その点、俺か逢なら例え見つかってもまだ言い訳の余地がある」
もし見つかっても「たまたま」で通すことができる。
といっても言い訳が通用するかどうかは別問題だが……可能性は高い方がいいだろう。
「なるほどな……。確かにそっちの方がリスクは少ないか」
馬場も俺の説明に納得がいったようだ。
となれば後は偵察にいく人間だが……
「では、偵察にはわたしが――」
「俺がいく」
逢の言葉を遮るように俺は言葉を続けた。
てか俺さっきから逢の発言遮り過ぎじゃね? ほら、いまもなんかまた不満そうな顔してるし……
「……夕霧先輩が、ですか?」
「あぁ」
「その、大丈夫ですか……?」
「いまの大丈夫はどっちの意味だ? 俺の心配か、それとも作戦的にか?」
「えっ!? えっと……」
その反応だけで十分どっちかわかるがな!
「まぁ任せとけって。俺はこういう隠れてこそこそするのは得意だから」
「まるで自慢にならないですね……」
冷めた目で呆れられてしまった……。
別に良いじゃねぇかよ得意いなことなんだから、なぁ? 注:自分でも誰に問うてるのか分かっていません。
だが逢を見ると、やはりいまのではまだ納得できていないようだった。
仕方無く俺はもうひとつあった理由を話すことにした。
「それに――さっきはああ言ったが、実際……もし見つかって捕まったりした場合、男の俺はまだしも女のお前は危険かもしれない――」
万が一捕まったとき、すぐに助けにいければいいが、それができなかった場合――相手にもよるが、脅迫されたり暴行を加えられたり、下手をすると辱しめられたりといった可能性だってある。
そうなれば身体だけでなく心にも深い傷を負うことになるかもしれない。
「――そういった意味でのリスクも考えると、ここは俺がいった方がいいだろう」
男の俺なら脅迫や殴られはすれど、それ意外のことは滅多にない筈だ。
俺がそう説明すると……
「…………」
なぜか逢が俺をじっと見つめていた。
「……なんだよ」
「いえ、あの……」
俺が聞くと、逢は初めハッキリしない態度で言葉を濁した。が、すぐにどこか控えめな感じで聞いてきた。のだが――
「あの……もしかして先輩、私のこと心配してくれてます?」
――なんてことを聞いてきた。
なにを言ってるんだかこいつは……
「そんなの当たり前だろうが」
俺はいつになく真面目な顔でそう言った。言いきった。
「あ、えっと、その……ありがとうございます……」
返答が予想外だったのか、逢は若干戸惑いながらもそう返してきた。
俺はそんな逢に、しっかりと理由も話した。
「お前にもしものことがあったら……」
「……あったら?」
「俺が困るだろうが」
「はい……え?」
そこで逢は疑問の声をあげた。
「あの、それはどういう……」
「お前がいなくなったら朝飯作ってくれるやつがいなくなるからな」
俺は堂々とそう言いきった。
自分で言っててなんだが果てしなく図々しい奴だな。もし俺が言われてたら即座にぶん殴ってるわ。
「…………」
俺の言葉を聞いた逢も、表情が今まで見たなかで一番冷めたものになっていた。
「それに朝起こす……はまぁいいとして、学生警察への面倒な報告とか俺がしたミスのカバーとか他色々……。それを誰がやるっていうんだ」
「自分でやってください」
間髪いれない返しだった。
「はぁ……分かってないな。俺にそんなことできるわけないだろ」
「せめて少しくらいやるという姿勢を見せてください!」
難しいことを言う。そもそもやる気なんか端から無いからな。
「まったくあなたという人は……。素直に感謝したわたしが馬鹿みたいじゃないですか……」
逢は呆れとも落胆ともつかない様子でぶつぶつと文句を言っていた。最後の方は声が小さくよく聞き取れなかったが。
「あとついでに……」
「……はぁ」
更になにか言おうとする俺に、逢はまだあるのかと言いたげな感じで溜め息をついていたが、俺は構わず続けた。
「一緒に探すってのもあるしな」
「……え?」
俺の言葉に、逢は疑問の声をあげた。
たぶん俺の言葉の意味が分からなかったのだろう。
「ったく……お前が言ったんだぞ、一緒に探そうって」
「ぁ……!」
そこでようやく逢は俺がなんのことを言ってるのか分かったようだ。
そう、あのちょっと前に話した目標を一緒に探すっていうあれだ。
「なんせお前が引っ張っていってくれるんだろ?」
「――っ! そ、それはもういいじゃないですかっ!」
俺がそう言うと、逢はあの時のことを思い出してか顔を紅くして怒った。
だがここは俺も譲れないところだった。
「いやいや、大事なとこだろ。お前に引っ張ってもらわないと俺やらなそうだしな。というよりはむしろやらないな。うん、やらない」
「だからなんでそんな後ろ向きなことをいつも自信満々に言うんですか……」
いい加減こんな感じのやり取りにも慣れたのか、逢は怒るでもなくただただ肩を落として呆れていた。
「つーことでお前になんかあったら俺が困るからここは俺がいく」
「はぁ……分かりました、ここは先輩にお任せします」
俺の説得? に根負けしてか、逢はどこか疲れた表情で俺が行くことを了承した。――後ろで「……お前らホントに付き合ってないのかよ」という馬場の疑問が聞こえたが風に流しておいた……
「……でも本当に大丈夫ですか?」
任すと言ったわりに、逢はいまだに不安そうに言ってきた。
「大丈夫だっつーの。さっきも言ったろ、こういうのは得意だって」
どんだけ俺を信用してないんだよこいつ……。まぁ信用されるようなことはしてないんだが……
だからそろそろ真面目にやらないと不味いと思い、俺は自分の中のスイッチを切り替えた――
「――――」
呼吸整え、精神を落ち着かせる。
そしてゆっくりと、自分の気配を消していく――ライオンが獲物を狩るために近づく時のように。存在感を消し、人の意識に入らぬように……
「え……」
横で、逢が驚いたように小さく声をあげた。
それは俺が突然真面目になったからなのか、それとも気配が薄れていったからなのか――たぶん両方だろう。三:七くらいで……
「――行ってくる」
気配を消し去ったのを確認し、いまだ驚いた様子の逢にそう告げ、返事を待たずにビルへと向かった。
俺がその場を離れると後ろから逢たちの声が聞こえてきた。
「……あいつ、今此処にいたよな?」
「は、はい……」
「……何故だろう、あいつはその場にいるのに、まるでいないように感じた……。いったい何者なんだあいつ……」
「わたしにもわかりません……。普段はだらしない人なんですが……」
……最後の一言いらなくね?
活動報告にも書きましたが、今回、加筆・修正に伴い十一話を大きく改編させていただきました。
他の話も少なからず修正しているので、お時間のある方は是非もう一度最初から読んで頂ければと思います。